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- 年金を通して夫婦を考える(4)-遺族厚生年金非課税の経緯を探る
コラム
2019年08月07日
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社会政策的配慮(担税力)により、恩給、年金その他これらに準ずる給付のうち、遺族の受ける恩給及び年金や、公務上又は業務上の事由による負傷又は疾病に基因して受ける恩給及び年金は非課税である。国民年金制度の目的は、「老齢、障害、又は死亡によって国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によって防止し、もつて健全な国民生活の維持及び向上に寄与すること」である。国民生活の安定をそこなう原因として障害や死亡だけでなく老齢も掲げられているのに、なぜ老齢基礎年金や老齢厚生年金などは、課税上の取り扱いが異なるのだろうか。
国民年金法及び厚生年金保険法上「租税その他の公課は、(保険)給付として支給を受けた金銭を標準として、課することができない」と定める一方、老齢基礎年金及び付加年金並びに老齢厚生年金のみ限定的に例外扱いする。この例外扱いは、厚生年金保険法の前身である労働者年金保険法(1942年6月施行)から脈々と受け継がれているのだが、1948年に出版された「改正厚生年金保険法解説」(厚生省保険局厚生年金保険課編)に、この例外扱いの理由が記されている。養老年金(現在の老齢厚生年金に相当)は所得税法にいう「隠退料及びこれ等の性質を有する給興」(つまり、退職金に類する給付)に該当するから、非課税扱いにできないということである。さらに言うと、例外扱いは所得税法における恩給の取扱いに起因する。
1887年の所得税法導入時から、年金、恩給は課税対象だったが、傷痍疾病者の恩給金及び孤児寡婦の扶助料は非課税であった。1887年に出版された「所得税法詳解」(今村長善著)によると、傷痍疾病者の恩給金及び孤児寡婦の扶助料が非課税である理由は、元来救恤(きゅうじゅつ:困っている人に見舞いの金品などを与えて救うこと)の趣旨を有し、その趣旨ゆえに金額が少額であることである、とされている。では、どれくらい小額であったのか、退職後の夫が死亡した場合を例に現行制度と比較してみたい。
現行制度において、子1も老齢厚生年金の受給資格もない妻が受給できる遺族厚生年金は、夫の老齢厚生年金受給額の75%であるのに対し、当時の寡婦扶助料は明らかに少ない。文官であった夫の妻が受給する寡婦扶助料は夫が受給していた恩給の33%(正しくは3分の1)で、官階や服役年数によって異なるが、軍人であった夫の妻が受給する寡婦扶助料に至っては、服役年数が長い場合は夫が受給していた恩給の20%を下回ることもあった2。
所得税法導入当初に比べると現在は遺族の受給割合が格段に増し、亡き夫の老齢厚生年金が高かった妻は、多くの老齢厚生年金受給者よりも多額の遺族厚生年金を受給可能である3。このような状況を踏まえると、担税力を理由に、年金種別によって税法上の取り扱いに差を設ける必要があるとは思えない。
遺族厚生年金があるからどうにか生計を維持できているといった妻に課税するのは気の毒だと思うかもしれない。しかし、税額を計算する課程で様々な控除があるため、遺族厚生年金が課税扱いになっても受給額の少ない妻は税負担も生じない(課税所得がない)。収入が公的年金のみの65歳以上の高齢者の場合、公的年金からの年間収入金額が158万円(月額13.2万円)以下なら、非課税である。そして、単身世帯で年間収入金額が158万円という水準は、相対的貧困状態にあると判断されるか否かの分岐点(等価可処分所得が年額122万円)4を大きく上回っているので、遺族厚生年金への課税により遺族の生活が著しく困窮するとは考えにくい。したがって、税の公平性という意味では、年金種別によらず課税扱いとするのが合理的であると思われる。
国民年金法及び厚生年金保険法上「租税その他の公課は、(保険)給付として支給を受けた金銭を標準として、課することができない」と定める一方、老齢基礎年金及び付加年金並びに老齢厚生年金のみ限定的に例外扱いする。この例外扱いは、厚生年金保険法の前身である労働者年金保険法(1942年6月施行)から脈々と受け継がれているのだが、1948年に出版された「改正厚生年金保険法解説」(厚生省保険局厚生年金保険課編)に、この例外扱いの理由が記されている。養老年金(現在の老齢厚生年金に相当)は所得税法にいう「隠退料及びこれ等の性質を有する給興」(つまり、退職金に類する給付)に該当するから、非課税扱いにできないということである。さらに言うと、例外扱いは所得税法における恩給の取扱いに起因する。
1887年の所得税法導入時から、年金、恩給は課税対象だったが、傷痍疾病者の恩給金及び孤児寡婦の扶助料は非課税であった。1887年に出版された「所得税法詳解」(今村長善著)によると、傷痍疾病者の恩給金及び孤児寡婦の扶助料が非課税である理由は、元来救恤(きゅうじゅつ:困っている人に見舞いの金品などを与えて救うこと)の趣旨を有し、その趣旨ゆえに金額が少額であることである、とされている。では、どれくらい小額であったのか、退職後の夫が死亡した場合を例に現行制度と比較してみたい。
現行制度において、子1も老齢厚生年金の受給資格もない妻が受給できる遺族厚生年金は、夫の老齢厚生年金受給額の75%であるのに対し、当時の寡婦扶助料は明らかに少ない。文官であった夫の妻が受給する寡婦扶助料は夫が受給していた恩給の33%(正しくは3分の1)で、官階や服役年数によって異なるが、軍人であった夫の妻が受給する寡婦扶助料に至っては、服役年数が長い場合は夫が受給していた恩給の20%を下回ることもあった2。
所得税法導入当初に比べると現在は遺族の受給割合が格段に増し、亡き夫の老齢厚生年金が高かった妻は、多くの老齢厚生年金受給者よりも多額の遺族厚生年金を受給可能である3。このような状況を踏まえると、担税力を理由に、年金種別によって税法上の取り扱いに差を設ける必要があるとは思えない。
遺族厚生年金があるからどうにか生計を維持できているといった妻に課税するのは気の毒だと思うかもしれない。しかし、税額を計算する課程で様々な控除があるため、遺族厚生年金が課税扱いになっても受給額の少ない妻は税負担も生じない(課税所得がない)。収入が公的年金のみの65歳以上の高齢者の場合、公的年金からの年間収入金額が158万円(月額13.2万円)以下なら、非課税である。そして、単身世帯で年間収入金額が158万円という水準は、相対的貧困状態にあると判断されるか否かの分岐点(等価可処分所得が年額122万円)4を大きく上回っているので、遺族厚生年金への課税により遺族の生活が著しく困窮するとは考えにくい。したがって、税の公平性という意味では、年金種別によらず課税扱いとするのが合理的であると思われる。
1 子とは次の者に限る。
・18歳到達年度の末日(3月31日)を経過していない子
・20歳未満で障害年金の障害等級1級または2級の子
2 「文武官民必携」(1891年、天野久之丞 編)及び、「兵士之学校」(1893年、中利通 編)参照
3 研究員の眼「年金を通して夫婦を考える(3)-やはり健康管理も重要だ」
4 研究員の眼「年金を通して夫婦を考える(1)-パートナーってありがたい」
(2019年08月07日「研究員の眼」)
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経歴
- 【職歴】
1999年 日本生命保険相互会社入社
2006年 ニッセイ基礎研究所へ
2017年4月より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
高岡 和佳子のレポート
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