2019年08月07日

老後資金はいくら必要か-負担抑制に危険のプールが必要

基礎研REPORT(冊子版)8月号

櫨(はじ) 浩一

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1―老後にいくら必要か

老後にどれくらいの資金が必要なのかを巡って、議論が沸騰している。きっかけとなった報告書は、金融機関や政府に判断能力の低下した高齢者への対応の強化を促すことを意図していたのだが、全く違うところが注目されて、騒ぎになってしまったのは残念だ。

さて、老後に必要となる資金を試算する際には、年金生活者夫婦の1ヶ月の貯蓄取り崩し額に老後期間を掛け合わせて求めることが多い。例えば、総務省統計局が発表している家計調査によれば、年金生活をしている夫婦(無職高齢夫婦世帯)は2017年には平均で毎月54,519円を取り崩して生活していた。老後の期間としては、年金支給開始の65歳時点での平均余命( 男性19.57年、女性は24.43年)が基準となっていることが多いようだ。この二つの数字を使うと、毎月5万5千円を20年取り崩すには約1300万円、余裕をみて30年なら約2000万円の資金が必要という計算ができる。

しかし、毎月必要な金額が幾らなのかは、どの程度の生活水準を考えるか、公的年金がどれくらい受給できるのかで違ってくる。例えば、バリバリ働いた人が老後には毎年ゆっくり海外旅行したいと考えるのであれば、相当な金額を用意しなくてはならないし、質素な生活で十分だと考えるのであれば、それほど大きなお金は必要ないだろう。自宅を保有しているかどうかでも大きく違う。老後資金をいくら用意すべきなのかは、それぞれの家計の事情や人生観によって異なってくるのだ。

2―頼りにならない平均値

老後の生活資金として、平均よりも少し多めに資金を用意しておけば一応大丈夫と思うかもしれないが、実は「平均値」は思いのほか頼りにならない。

男性を例にとると、2017年の簡易生命表によれば、65歳で年金生活に入った人のうちで、大体平均余命に相当する85歳ではほぼ半数が生き残っているが、95歳時点でも10.2%の人は存命だ。平均余命程度の約20年分の生活資金を用意しても、ほぼ半数の人達は用意した資金が尽きた後もさらに生活を続けることになる。平均余命を大きく上回る30年分を用意しても、1割の人は人生の途中で用意した資金が尽きてしまう。この数字は現在のものだから、今後さらに長生きになれば、もっと多くの資金が必要になる。
[図表]65歳(男性)の生存率
この一方で、20年分の資金を用意した人達の半数、30年分の生活資金を用意した人達の9割は、これほどの資金を用意する必要はなかったという結果に終わる。もっと若いときに好きなことにお金を使えば良かったと悔やむ人もいるだろう。予想外に長生きするかも知れないという老後資金の問題に個人で対処しようとすると、多くの無駄が発生したり不足が発生したりしてしまう。

3―危険のプールで負担抑制

今後さらに進む高齢化の中で、若い人達の負担を抑えるためには、高齢者が健康な間は働いて生活を支えられる社会を作ることが不可欠であり、自助努力の範囲が大きくなることは避けられない。

しかし、上で見たように平均値を指針に老後の生活費を用意するという方法は、余命だけを考えても、不確実なことが多くてうまくいかない。さらに、病気になったり介護が必要になったりすれば、普段の生活費を大きく上回るお金が必要になる可能性がある。老後の生活資金に対する不安を払しょくするには、多くの人には不可能に近い多額の資金を用意しなくてはならないことになる。

それぞれの人の寿命がいつ尽きるか、いつどのような病気になるか、事故にあうかは、予測できないので、個人で長生きの可能性や病気・事故の危険に対処しようとすると、著しく負担が大きくなってしまう。こうした問題に対しては、大きな集団を作って危険をプールすれば個人も、社会も負担を大きく削減できる。全ての人が、病気で長期入院するわけでも長期の介護が必要になるわけでもないので、集団なら危険を分担して負担を抑制できるのだ。

自助努力が必要になるということと、個人で対処すべきだということとは違う。人生百年の時代にさらに大きな問題となるはずの、長生きの可能性や病気・事故の危険には、単なる自助努力ではなく、民間でも大きな集団を作って危険をプールして対処するように政策的に促進すべきだと考える。
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櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

研究・専門分野

(2019年08月07日「基礎研マンスリー」)

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