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- 改正相続法の解説(2)-遺言で遺産をどう分けるか―遺留分制度を中心に
2019年07月03日
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4――遺留分侵害請求権への対応
1|寄与分と遺留分
本件ケースで被相続人が長期の介護状態となっていて、長子が自宅介護していたとする。このような場合では心情的に次子が遺留分侵害額の請求ができるのは不平等ではないかとも思われるかもしれない。民法では「被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるときは」相続財産から当該特別の寄与分を控除して相続分を計算し、その後、特別の寄与を行った相続人の相続分に加算するとしている(民法第904条の2第1項)。このことから、長子が被相続人を介護したことによって、介護費用が浮いたことで財産が維持・増加できたということであれば長子は相続分が増加する可能性がある7。しかし、このことは、寄与分が相続人間で遺産分割を行うに当たっての考慮事項となるということにすぎない。
本件ケースで考えなければならないのは、遺言による財産分与により遺留分を侵害されたと主張する相続人に対して、自分(長子)には寄与分があるため次子の遺留分侵害額はもっと少ないと主張できるかという問題である。次子の遺留分侵害額の算定に当たっては、遺留分算定のもととなる財産の算定にかかる条文には寄与分を加減算する規定は置かれていないことから、本件ケースにおける次子の遺留分侵害額請求権の額には影響を及ぼさない(=1000万円のまま)ものと考えられる(民法第1043条)8。
7 なお、改正相続法では相続人の寄与分制度に加え、相続人以外の親族が無償で療養看護を行い特別の寄与をした場合に、親族が特別寄与料を相続人に請求できる制度を新設した(民法第1050条)。
8 ただし、たとえば長子が随分以前から被相続人の事業を引き継いで現在の被相続人の財産のほとんどが長子の寄与によるものであったような場合は、別の判断もありえると思われる。
本件ケースで被相続人が長期の介護状態となっていて、長子が自宅介護していたとする。このような場合では心情的に次子が遺留分侵害額の請求ができるのは不平等ではないかとも思われるかもしれない。民法では「被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるときは」相続財産から当該特別の寄与分を控除して相続分を計算し、その後、特別の寄与を行った相続人の相続分に加算するとしている(民法第904条の2第1項)。このことから、長子が被相続人を介護したことによって、介護費用が浮いたことで財産が維持・増加できたということであれば長子は相続分が増加する可能性がある7。しかし、このことは、寄与分が相続人間で遺産分割を行うに当たっての考慮事項となるということにすぎない。
本件ケースで考えなければならないのは、遺言による財産分与により遺留分を侵害されたと主張する相続人に対して、自分(長子)には寄与分があるため次子の遺留分侵害額はもっと少ないと主張できるかという問題である。次子の遺留分侵害額の算定に当たっては、遺留分算定のもととなる財産の算定にかかる条文には寄与分を加減算する規定は置かれていないことから、本件ケースにおける次子の遺留分侵害額請求権の額には影響を及ぼさない(=1000万円のまま)ものと考えられる(民法第1043条)8。
7 なお、改正相続法では相続人の寄与分制度に加え、相続人以外の親族が無償で療養看護を行い特別の寄与をした場合に、親族が特別寄与料を相続人に請求できる制度を新設した(民法第1050条)。
8 ただし、たとえば長子が随分以前から被相続人の事業を引き継いで現在の被相続人の財産のほとんどが長子の寄与によるものであったような場合は、別の判断もありえると思われる。
2|期限の利益の付与
長子が直ちに遺留分侵害額を支払えない場合に関して、改正相続法が用意している制度としては相当な支払期限の許与の制度がある(民法第1047条第5項)。
改正相続法に関する法制審議会の審議過程においては、遺留分侵害に対して金銭支払とすることで直ちに金銭を支払うことができない場合の対応策について議論された。当初は受遺者等から現物給付も行えるようにするなどの案も出されたが、結局このような規定は見送られ、家庭裁判所が遺留分侵害請求権に対する支払いについて相当の期限を猶予できるとする規定だけが導入された。
この規定では支払が先送りされるだけであり、本件ケースで長子の年間収入が多いなどの場合を除けば、本質的な解決にはならないことになる。
長子が直ちに遺留分侵害額を支払えない場合に関して、改正相続法が用意している制度としては相当な支払期限の許与の制度がある(民法第1047条第5項)。
改正相続法に関する法制審議会の審議過程においては、遺留分侵害に対して金銭支払とすることで直ちに金銭を支払うことができない場合の対応策について議論された。当初は受遺者等から現物給付も行えるようにするなどの案も出されたが、結局このような規定は見送られ、家庭裁判所が遺留分侵害請求権に対する支払いについて相当の期限を猶予できるとする規定だけが導入された。
この規定では支払が先送りされるだけであり、本件ケースで長子の年間収入が多いなどの場合を除けば、本質的な解決にはならないことになる。
3|生命保険への加入
最後に、生命保険の加入により遺留分侵害額請求分の資金を準備することを検討する。すなわち、被相続人が自分自身に1000万円の死亡保険をかけて受取人を長子とし、長子から次子へ遺留分侵害額として支払うこととするものである。この場合に検討しなければならないのは、死亡保険金が相続財産になるかどうかである。死亡保険金は長子が保険会社から直接受け取るものであるが、被相続人が保険料を負担していたものであることから、相続財産に帰属すると解する余地がある(相続人が受けた特別な利益を相続財産に持ち戻すことから、このことを特別受益の持ち戻しという、民法第903条第1項)。
仮にそうだとすると本件ケースでは遺留分算定のもととなる財産が5000万円になって、遺留分侵害額はその4分の1の1250万円となってしまう(死亡保険金1000万円をまるまる遺留分侵害額請求に充当すれば残額は250万円)。
(4000万円+1000万円)×1/2×1/2=1250万円(次子の遺留分侵害額)
⇒長子が受け取った保険金1000万円を次子に支払っても250万円足りない。
この点で参考となる最高裁判決は最判平成16年10月29日民集第58巻7号1979頁である。この判決によれば、「死亡保険金は、民法第903条第1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらない」とされた。ただし「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法第903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しい」場合は「当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象」となる。このことは、「保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべき」とされた。原則としては相続財産に持ち戻さないが、事情により著しい不均衡が認められる場合には持ち戻すこともあるとの判決である。
本件最高裁判決の事例で相続人である保険金受取人が受け取った金額は700万円弱であった。本件ケースで、長子が介護等をしており、また次子に遺留分侵害額として支払うこととなるのであれば、死亡保険金1000万円は持ち戻しの対象とならないと解される可能性が高いのではないかと思われる9。
4000万円×1/2×1/2=1000万円(次子の遺留分侵害額)
⇒長子の受け取った保険金1000万円を次子へ支払うことで遺留分侵害額を全額弁済できる。
ただ、最終的には具体的な事情を前提とした弁護士等への確認が必要と思われる。
9 次子を死亡保険金受取人にして、遺留分侵害額を請求させないということも考えられるが、この場合も保険金が相続財産とならない(次子は遺留分侵害額請求ができる)という問題がある。
最後に、生命保険の加入により遺留分侵害額請求分の資金を準備することを検討する。すなわち、被相続人が自分自身に1000万円の死亡保険をかけて受取人を長子とし、長子から次子へ遺留分侵害額として支払うこととするものである。この場合に検討しなければならないのは、死亡保険金が相続財産になるかどうかである。死亡保険金は長子が保険会社から直接受け取るものであるが、被相続人が保険料を負担していたものであることから、相続財産に帰属すると解する余地がある(相続人が受けた特別な利益を相続財産に持ち戻すことから、このことを特別受益の持ち戻しという、民法第903条第1項)。
仮にそうだとすると本件ケースでは遺留分算定のもととなる財産が5000万円になって、遺留分侵害額はその4分の1の1250万円となってしまう(死亡保険金1000万円をまるまる遺留分侵害額請求に充当すれば残額は250万円)。
(4000万円+1000万円)×1/2×1/2=1250万円(次子の遺留分侵害額)
⇒長子が受け取った保険金1000万円を次子に支払っても250万円足りない。
この点で参考となる最高裁判決は最判平成16年10月29日民集第58巻7号1979頁である。この判決によれば、「死亡保険金は、民法第903条第1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらない」とされた。ただし「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法第903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しい」場合は「当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象」となる。このことは、「保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべき」とされた。原則としては相続財産に持ち戻さないが、事情により著しい不均衡が認められる場合には持ち戻すこともあるとの判決である。
本件最高裁判決の事例で相続人である保険金受取人が受け取った金額は700万円弱であった。本件ケースで、長子が介護等をしており、また次子に遺留分侵害額として支払うこととなるのであれば、死亡保険金1000万円は持ち戻しの対象とならないと解される可能性が高いのではないかと思われる9。
4000万円×1/2×1/2=1000万円(次子の遺留分侵害額)
⇒長子の受け取った保険金1000万円を次子へ支払うことで遺留分侵害額を全額弁済できる。
ただ、最終的には具体的な事情を前提とした弁護士等への確認が必要と思われる。
9 次子を死亡保険金受取人にして、遺留分侵害額を請求させないということも考えられるが、この場合も保険金が相続財産とならない(次子は遺留分侵害額請求ができる)という問題がある。
5――おわりに
本稿では遺産の分割について遺留分を侵害するような極端なケースを中心として解説を加えた。遺留分制度は非常にテクニカルでわかりづらい。これは遺留分制度が、法定相続制度という相続人のそれぞれに財産の一定割合の分配を保証する制度と、遺言という被相続人が自己の財産を自由に処分することができるとするいわば真逆の制度との、調整弁として存在するためであると考えられる。
いわゆる「争族」防止のためには、遺留分が問題とならないように財産を分散させておくのが望ましく、遺言を作成するに当たって留意したいポイントである。できれば十分な時間を取った事前の資産準備を行いたい。
次回は、今回の改正相続法の目玉の一つである、配偶者の居住権について解説を行う。
いわゆる「争族」防止のためには、遺留分が問題とならないように財産を分散させておくのが望ましく、遺言を作成するに当たって留意したいポイントである。できれば十分な時間を取った事前の資産準備を行いたい。
次回は、今回の改正相続法の目玉の一つである、配偶者の居住権について解説を行う。
(2019年07月03日「基礎研レター」)
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経歴
- 【職歴】
1985年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
2018年4月 取締役保険研究部研究理事
2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
2025年4月より現職
【加入団体等】
東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等
【著書】
『はじめて学ぶ少額短期保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2024年02月
『Q&Aで読み解く保険業法』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2022年07月
『はじめて学ぶ生命保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2021年05月
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