コラム
2019年04月26日

ビッグデータと資本主義の未来

櫨(はじ) 浩一

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1――利便性とプライバシー

ジョージ・オーウェルの小説「1984」では、人々の行動が政府によって監視される社会が描かれている。このためには大量の情報を収集・処理する必要があるので、小説が書かれた1948年当時の技術水準では全く非現実的だっただろう。しかし、情報通信技術の進歩で状況は一変した。現在、英国では数百万台もの防犯カメラが設置されていて、犯罪やテロ対策に利用されているという。日本でも、街中の防犯カメラの映像を調べることで犯罪者の特定につながったというニュースがしばしば報道されている。

キャッシュレス取引では、お金を使えば誰がどこで幾ら使ったのかという情報が資金決済をする組織に残るので、こうした情報を分析すれば、不正蓄財などの犯罪行為を把握することが可能になる。中国政府がキャッシュレス化を強力に推し進めている背景をこのように説明する記事も見られる。お金を使うことだけではなく、スマートフォンを持ち歩けば持ち主の詳細な所在地が把握される可能性がある。技術進歩は、我々の生活を非常に便利なものにしたが、一方で日々の行動の全てが筒抜けになる可能性も作り出した。利便性とプライバシー保護をどうバランスさせるのかは、難しい問題だ。

インターネットを通じて大量の情報の収集が可能になり、電子機器の進歩によって瞬時にその処理が可能になったことで、社会には様々な課題も生まれているが、経済についても深く考えるべき変化が起こっている。

2――計画と市場

大きなプロジェクトを実施するときに、参加者が思い思いに行動するよりも、誰かが計画を立てて、全員がそれに従って行動する方が、無駄が少なくて効率的に思える。しかし、国の経済運営はそうではなかった。かつて、ソビエト連邦や中国などの社会主義国では、国が生産計画を作り、各地の工場や農場がそれに従って生産を行うということをしていた。しかし平成を振り返ると、この間に社会主義・計画経済を採用していた国々は、次々と欧米や日本のような市場主義に転換している。

これは、結果の平等を重視する社会主義社会では、努力すれば報われるという効果が小さく、より良いものを作ったり、効率的に生産したりしようという競争が起こらなかったことが大きな原因だが、生産計画を作る際に政府が家計や企業の需要をうまく汲み上げられなかったことも大きかったと考えられる。この結果、実際の生産物と社会が必要とするものの間にズレが生じ、不用品の山を作り出す羽目となった。多数の製品について、何をどれだけ生産して、どこに配送すれば良いかといった細かな計画を作成し実行するには、膨大な情報の収集と処理を行う必要がある。ソ連のゴスプラン(国家計画委員会)は生産計画を策定していたが、短期間の間に、多数の商品について消費者のニーズや企業の生産活動の情報を集めたり、その情報を処理したりするということは夢物語だった。

市場主義経済では、商品やサービスの価格が、こうした問題を解決する機能を果たしてきた。価格には様々な情報が凝縮されていて、企業も家計も価格を見て行動すれば、経済は効率的に動く。石油価格には、世界経済の好不況、産油国の政治情勢や製油所の事故、どれくらいの消費者が休暇に自動車旅行をしたかといったことまで、ありとあらゆる情報が凝縮されている。それをシグナルとして、石油の価格が上昇すれば、産油国では石油を増産しようとし、家計は石油関連製品の使用を節約しようとする。この結果、誰かが計画を作ったわけではないが、人々に必要なものが多く生産されて不要なものは生産されなくなり、足りないものは節約されて余っているものはより多く利用されるようになる。市場主義経済では、市場で企業や消費者が自由に取引することで、様々なモノやサービスの価格が形成され、経済の効率性を実現すると考えられてきた。

3――中国とGAFA

日本のコンビニでは、わずか百数十平方メートルの店舗の中に3000近いアイテムを取扱っているが、その売上情報はPOSシステムで瞬時に本部に伝達される。何時に販売されたか、同時に購入されたものは何かといった、価格だけでは伝わらない情報も入手可能で、情報の伝わるスピードもはるかに速い。コンビニは、大量のデータを分析することで売れ筋商品を把握して対応するという、かつて計画経済がやろうとしてもできなかったことを小さなスケールではあるが実現しているわけだ。

中国はかつてのソ連ができなかった、経済を計画的に運営することを、情報通信技術を使って大きなスケールで実現できると考えているのかもしれない。ひょっとすると、いずれ完全に市場経済に移行するということはなく、ビッグデータを使って経済を管理しようとする可能性もあるだろう。

市場経済諸国の中でも資本主義の見直しが必要になるかも知れない。インターネットを使ったビジネスが拡大するにつれて、GAFA(グーグル、アップル、フェースブック、アマゾンの4社)は提供しているサービスを通じて膨大な情報を集積・分析することで、圧倒的な競争上の優位を築きつつある。このような経済は、価格をシグナルに多くの企業が競争することで社会の効率性が保たれるという市場主義経済が前提としてきた経済の姿とは大きく違ったものである。

1930年代の大恐慌が資本主義に大きな変化をもたらしたように、ビッグデータの普及によって資本主義に対する考え方の変更を求められるようになる可能性もあるのではないだろうか。 
 
 

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(2019年04月26日「エコノミストの眼」)

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