コラム
2019年03月29日

企業不動産(CRE)戦略が本格化しない背景とは?

社会研究部 上席研究員   百嶋 徹

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企業が事業活動に利活用する不動産、いわゆる「CRE:Corporate Real Estate)」を重要な経営資源の1つに位置付け、その活用、管理、取引(取得、売却、賃貸借)に際し、CSR(企業の社会的責任)を踏まえた上で、企業価値最大化の視点から最適な選択を行う経営戦略を「CRE 戦略」と呼ぶ。筆者は、2004年頃からCRE戦略の重要性をいち早く主張し、調査研究活動を通じて微力ながら、その普及啓発に努めてきた1

資本市場や会計制度の変化などを背景に、企業がCRE戦略に組織的に取り組む必要性が高まっており、我が国でも言葉として産業界に広まりつつあるが、残念ながら、適切なマネジメント体制の下で組織的に取り組む企業はまだ少ないと思われる。欧米の先進的なグローバル企業は、既にCRE戦略を実践している一方、我が国では大企業でも、組織的な取り組みが遅れているとみられる2。さらに中堅・中小企業では、CRE戦略の認知度自体がまだ低いのではないかと思われる。

それでは、日本企業がCRE戦略の本格的な実践になかなか至らないのは、どうしてだろうか?今回のコラムでは、その背景について考えてみたい。
 
1 筆者が執筆したCRE 戦略に関わる主要な論考(弊社媒体)については、弊社ホームページの筆者ページ「百嶋 徹のレポート」を参照されたい。
2 米ジョーンズ ラング ラサール(JLL)が2014年12月に実施した世界36か国の大企業に属するCRE業務の担当者(544 名が回答)へのアンケート調査(企業不動産(CRE)のグローバルトレンド 2015 年)が参考になる。同調査結果から、日本の大企業では、海外の大企業に比べCRE戦略の組織的な取り組みが相対的に遅れていることがうかがえる。

CREの経営資源としての重要性の認識

一つには、企業経営におけるCREの経営資源としての重要性の認識の問題があるのではないか、と思われる。バブル崩壊までは、「土地神話」の下で不動産市況が上昇し続けたため、企業では、CREは担保資産、企業によっては財テク資産として長らく位置付けられてきたのではないだろうか。金融機関も、本来の在り方である企業の将来性に対する目利き力を活かしてプロジェクトファイナンスを実施するよりも、土地担保を重視した融資スタンスを取ってきたとみられる。

土地神話の崩壊以降、価格変動リスクを抱えるようになったCREについて、適切なマネジメント体制を構築することが必要になっているが、現在も多くの企業が、CREを戦略的な経営資源というより、担保資産として所有し、その結果有効活用されていないケースもみられるのではないだろうか。CRE戦略の認知度がまだ低い中小企業において、特にこのような傾向が強いとみられる。換金性の高い好立地のCREが企業価値向上に寄与しない状況を放置すると、固定資産税を払い続けなければならないことに加え、買収されるリスクすら高まりかねないことに注意が必要だ。

企業経営の短期志向

第二に、目先の利益追求を優先する企業経営の短期志向(ショートターミズム:short-termism)の問題が大きく影響している、と思われる。多くの日本企業は、外国人投資家の台頭や四半期業績の開示義務付けなど、資本市場での急激なグローバル化の波に翻弄され、2005 年前後を境に経営の短期志向に陥ったと、筆者は考えている3。これにより、企業のCREへの関心も、ファシリティ費用など不動産関連コストの削減や不動産の売却など、目先の利益貢献に専ら向かってしまっているとみられる。このような状況が続くと、経営層は「CRE戦略は目先の利益確保のための道具」と誤解してしまうリスクが高まるだろう。

CRE戦略の本質的な目的は、単にコスト削減や不動産売却だけにとどまらず、従業員の能力や創造性を最大限に引き出しイノベーション創出につなげていくための創造的なオフィス、すなわち「クリエイティブオフィス」4を構築・運用したり、事業の選択と集中に基づく事業ポートフォリオ(資産構造)や資本構成(capitalization)の入れ替え・改善を加速するなど、中期的な経営戦略の遂行を不動産の視点からしっかりとサポートすることにある、と筆者は考えている。筆者は、このような戦略を「経営層の意思決定・戦略遂行に資する」という意味で「マネジメント・レイヤーのCRE戦略」と呼んでいる。
 
3 「我が国の大企業の多くが2005年前後を境に経営の短期志向に陥った」とする筆者の考え方については、拙稿「CSR(企業の社会的責任)再考」『ニッセイ基礎研REPORT』2009 年12月号、同「最近の企業不祥事を考える」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2015年12月28日、同「社会的ミッション起点のCSR経営のすすめ」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2019年3月25日を参照されたい。
4 クリエイティブオフィスの考え方・在り方については、拙稿「クリエイティブオフィスのすすめ」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』Vol.62(2018 年6 月)を参照されたい。

収益貢献の定量把握は売却・賃貸用への転用・コスト削減に限られる

CREの利益や企業価値への貢献を厳密に把握・測定できるケースが、売却や賃貸用への転用といった「出口戦略」を取ったときに限られる点も影響している、と思われる。不動産の売却による売却益やキャッシュフローは勿論把握でき、賃貸不動産に転用する場合でも、賃料収入および不動産の維持管理コストは定量的把握が可能である。しかし、これはもはやCREの出口戦略であって、本質的なCRE戦略と言えるものではない。一方、本質的なCRE戦略の対象は、オフィス、研究開発施設、工場、物流施設、営業店舗、社宅など、現に自らの事業活動に供している、いわゆる「事業用不動産」であり、事業活動と一体化して初めて価値を生み出すため、不動産単体の収益貢献は本来算出し得ない。ただし、賃借料、租税公課、水道光熱費、人件費などのコスト側は、定量的把握が可能であるため、事業用不動産でもコスト削減による利益貢献は、定量化できるわけだ。

従って、CREへの意識は、前述の経営の短期志向の問題と相まって、どうしても利益貢献の定量把握できるコスト削減や売却へ向かってしまう。

自前主義

第三に、自前主義の問題も影響していると思われる。CRE戦略の本格的な実践には、外部の不動産サービスベンダーの戦略的活用が欠かせない5。アウトソーシングの戦略的活用により、戦略の策定・意思決定やベンダーマネジメントといった、コア業務への社内の人的資源の集中を進めることが可能になるからだ。また、CRE 戦略には不動産や建築分野にとどまらず、経営戦略、コーポレートファイナンス、会計、税務、IT、HRM(人的資源管理:Human Resource Management) などを含む高度な横断的専門知識が必要になるため、戦略的パートナーたりうる外部の専門機関の力を借りつつ、それらをコーディネートして、より高度なCRE ソリューションを経営層や事業部門など「社内顧客」に提供することが求められるためだ。

日本企業は、CREに限らず元々自前主義に陥りがちであり、未だCRE戦略に取り組む企業も少ないため、CRE業務でアウトソーシングを戦略的に活用するとの発想がなかなか拡がらない、と考えられる。一方、CRE戦略の海外先進事例では、戦略的なアウトソーシングが必ず行われている、と言っても過言ではない。
 
5 先進的なグローバル企業のCRE戦略には、(1)CREマネジメントの一元化に加え、(2)外部ベンダーの戦略的活用、(3)創造的なワークプレイスおよびワークスタイルの重視、という3つの共通点が見られ、筆者は、これらをCRE 戦略を実践するための「三種の神器」と呼んでいる。

「CRE戦略=不動産売却」という誤解

加えて、CRE戦略の重要性が叫ばれ出した当初には、一部で「CRE戦略=不動産売却」というように不動産売却の側面を強調するあまり、「CRE戦略は、不動産会社や信託銀行が事業会社に専ら土地売却を促し、高採算の仲介手数料を稼ぐための宣伝の道具に過ぎない」と誤解して捉えられた局面があった。このことが、事業会社にCRE戦略に踏み出すのを躊躇させる要因の1つになっていた、と思われる。事業再編の結果遊休化した不動産への対応として、活用とともに売却という選択肢を持つことは勿論妥当だが、単なる不動産売却がCRE戦略の目的ではなく、それを通じて事業・財務構造の再編を加速させることこそが重要であることを改めて認識すべきだ。
 
前述の通り、海外の先進的なグローバル企業は、既にCRE戦略を実践している一方、我が国企業では、大企業ですら組織的な取組が遅れている。我が国企業は、グローバル競争の土俵に立つためにも、本コラムで指摘した問題点を一刻も早く解消し、CRE戦略に着手することが求められる。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、産業立地、地域クラスター、イノベーション、企業不動産(CRE)、環境経営・CSR

(2019年03月29日「研究員の眼」)

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