2019年03月29日

韓国における無償保育の現状や日本に与えるインプリケーション

生活研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任   金 明中

アジア・新興国 アジアの社会保障制度 などの記事に関心のあるあなたへ

btn-mag-b.png
基礎研 Report Head Lineではそんなあなたにおすすめのメルマガ配信中!
各種レポート配信をメールでお知らせするので読み逃しを防ぎます!

ご登録はこちら

twitter Facebook このエントリーをはてなブックマークに追加 Pocketで後で読む

文字サイズ

1――はじめに

韓国では2013年3月から0~5歳児の全所得層を対象に無償保育が実施されている。韓国政府が養育手当を拡大するなど無償保育を実施した目的は、子育て世帯の養育費などの経済的負担を減らし、出生率を引き上げるためである。しかしながら韓国政府の努力にもかかわらず、2018年時点の合計特殊出生率は0.98(暫定値)で、過去最低値であった2017年の1.05を下回ることが予想されている。また、最近の分析結果では、無償保育の導入以降、高所得層世帯(所得上位20%)と低所得層世帯(所得下位20%)の間の私的養育費の支出の差が拡大した。高所得層世帯が無償保育の提供を受けて余剰となった資金を私教育費に回し、子どもに英語のプライベートレッスン等追加的な教育をさせた結果である。

韓国における少子化の原因は、子育て世帯の経済的負担の問題だけではなく、未婚化や晩婚化の影響も受けている。しかしながら、韓国政府の少子化対策は、出産奨励金や保育費の支援、そして教育インフラの構築など主に子育て世帯に対する所得支援政策に偏っている傾向が強い。

本稿では、韓国における無償保育の現状や課題を論ずるとともに、今後日本が推進すべき幼児教育・保育の無償化の在り方について考察したい。
 

2――2000年以降の主な保育政策の動向

2――2000年以降の主な保育政策の動向

韓国における保育関連政策は1991年に制定された「嬰幼児保育法」が改正され、幼児教育法が制定された2004年を起点として大きく変化した。その主な政策の概要は次の通りである。
(1) 第1次・第2次育児支援政策とセサック・プラン:2004~2010年
参与政府(盧武鉉政権)1は、より積極的に育児支援政策を推進し、子育て世帯を支援するために、2004年6月には第1次育児支援政策を、そして2005年5月には第2次育児支援政策を発表した。第1次育児支援政策では、未来の人材を育成すると共に女性の経済活動参加を奨励するために、出生率の引き上げ、優秀な児童の育成、育児費用に対する負担緩和、女性の就業率引き上げ、雇用創出等を目標として設定した。第1次育児支援政策の特徴は政策の内容を児童の年齢別に設定したことである。例えば、満0歳の児童を養育している子育て世帯に対しては、家庭で子育てができるように育児環境の整備を支援する政策と養育能力が十分ではない親のための支援システムを構築する政策を主に実施した。一方、満1~5歳の児童を養育している子育て世帯に対しては保育と幼児教育の充実とサービス利用機会の拡大を主な政策目標として設定した。また、小学校の遊休施設を活用し、放課後教室(日本の学童保育に当たる)を拡大するという基本プランを提示した。

第2次育児支援政策では、第1次育児支援政策の内容をより具体化し、育児支援施設の利用機会の拡大、育児費用に対する家計の負担軽減、育児サービスの質向上を目指し、政策を推進した。特に、2004年に初めて実施した全国保育実態調査により、地域別の保育に対する需要と供給の実態が把握されることになったので、その情報に基づき保育施設を追加的に供給する必要がある地域を選定すると共に、民間の保育施設のサービス向上のための支援対策を実施した。その代表的な政策が2006年5月に実施された「セサック2・プラン」である。セサック・プランは韓国政府や女性家族部が実施した保育に対する初めての中長期計画という点で意義がある。
図表1 セサック・プランの主な数値目標
本プランでは、保育の公共性強化と良質の保育サービスの提供を目標として設定し、5つの政策分野にわたる20項目の政策課題を提示した。その内容には「国公立保育施設を2010 年までに現在の2倍水準まで増やし、利用児童の30%が国公立保育施設を利用できるようにする」、「保育料に対する助成を拡大する」、「基本補助金の導入と保育施設運営の透明化を推進する」、「サービスの質を管理するための評価認定システムを拡大する」等の内容が盛り込まれており、多くの項目が低出産高齢社会の基本計画である「セロマジプラン2000」3に反映された。セサック・プランにおける主要項目の数値目標は図表1の通りである。
 
1 2003年2月25日 ~ 2008年2月24日.
2 セサックとは、日本語で「若葉」という意味である。
3 「セロマジ」とは、「新しさ(セロウム)」と「最後(マジマック)」という韓国語を合成した新造語であり、「新しく希望に満ちる出産から老後生活の最後まで美しく幸せに住む社会」という意味がある。
(2) 第1次中長期保育計画を修正し、アイサラン・プラン(2009~2012年)を実施
第17代大統領選挙の結果、野党であったハンナラ党の李明博候補が2008年2月から新しい大統領になったことにより、既存の民主党政権で実施されたセサック・プランは、アイサラン・プランという名称に変更され、2009年から実施されることになった。アイサラン4・プランでは基本的には保育に対する国の責任を強化すると共に、需要者中心の保育政策を実施することを目標にしており、子どもと親が幸せな国を作るための3大推進戦略と6大課題を挙げた。3大推進戦略としては、嬰幼児保育、国家責任制の拡大、信頼回復を、そして、6大課題としては、親の費用負担軽減、需要者に合わせたサービスの提供、サービスの質向上、保育を担当する人材の専門性向上、指示伝達体系の効率化、保育事業の支援体制確立を設定した。

既存のセサック・プランでは、利用児童の30%が国公立保育施設が利用できるように国公立保育施設を拡大することを政策の主な目標にしたものの、アイサラン・プランではその数値目標を削除し、民間保育施設のサービスの質を国公立保育施設の水準まで引き上げるように目標を修正した。また、需要者中心の保育政策に基づき、保育事業を推進し、政策の対象を施設を利用している児童からすべての児童に拡大した。2008年12月には嬰幼児保育法を改正した結果、2009年からは養育手当制度が導入され、2011年には養育手当制度の対象がすべての子どもに拡大された。さらに、2012年3月からは幼稚園と保育施設を利用する 満5 歳児に対する保育費・教育費を支援する 「5 歳ヌリ課程」が施行された。ヌリとは「世の中」を意味する韓国語で、ヌリ課程の実施により、オリニジップ5と幼稚園に分かれていた保育と教育課程が統合され、満5歳のすべての子供は同じ教育サービスを受けることになった。
 
4 子どもを愛するという意味。
5 オリニジップは韓国語で子どもの家という意味。日本の保育所に近い施設。
(3) 第2次中長期保育計画(2013~2017年)
2013年からは第2次中長期保育計画が実施された。第2次中長期保育計画の実施により、2013年3月から満0~5歳のすべての児童に対して養育手当が支給され無償保育が実現された。また、満5歳の児童を対象に実施していた「ヌリ課程」を、満 3 ~4 歳の児童まで拡大し、その結果満3~5歳の児童には、オリニジップと幼稚園の区別なく同じ教育課程による教育が実施されることになった。3大戦略としては、児童の健康な成長と発達、保育に対する国家責任の実現、信頼できる保育環境の構築が、また、6大推進課題としては、親の保育・養育負担の軽減、需要者に合わせた保育サービスの提供、公共性の拡大とサービス質に対する管理強化、良質で安心できる保育環境の助成、信頼できる保育環境の構築、保育財政及び指導伝達体系の改善が挙げられ、推進された。
 

3――保育料支援の現状

3――保育料支援の現状

韓国では、1991年に「嬰幼児保育法」が制定されてから、保育への関心が高まり、1992~2003年には、満0~5歳の児童を養育する子育て世帯に対して所得を基準とする「差等保育料」が支給された。その後、2004年からは支援対象が都市労働者世帯の平均所得の50%以下の世帯まで、そして、2006年からは都市労働者世帯の平均所得の70%以下の世帯まで拡大された。さらに、2011年からは、満0~5歳の児童を養育する所得下位階層70%の以下まで支給対象が拡大され、ついに2013年からはすべての所得階層に保育料を支給する無償保育が実現されることになった(図表2)。
図表2 施設保育料の支援基準拡大の内容
韓国における嬰幼児支援政策は、雇用労働部、教育部、保健福祉部、女性家族部により実施されており、2017年時点の嬰幼児養育支援政策の予算額は、9兆5,277億ウォンで2010年の2兆7,200億ウォンに比べて約3.5倍も増加した。2007年の予算額の中にオリニジップや幼稚園のような施設に支給された金額の割合は86.2%で、子育て家庭に支援される金額の割合13.8%を大きく上回っている(図表3)。一方、2010年に0.49%であった対GDP比保育財政費は2015年には0.89%まで上昇した(図表4)。
図表3 韓国における嬰幼児支援政策の予算額の推移
図表4 対GDP比保育財政費
子育て世帯に支給される韓国政府の助成金は大きく「保育手当」と「養育手当」に区分することができる(図表5)。保育手当は、オリニジップを利用する満0~5歳の児童がいる子育て世帯に支給される助成金であり、養育手当はオリニジップや幼稚園を利用していない就学前の児童を育てる子育て世帯に支給される助成金である。
図表5 子育て世帯に支給される韓国政府の助成金
twitter Facebook このエントリーをはてなブックマークに追加 Pocketで後で読む

生活研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
労働経済学、社会保障論、日・韓における社会政策や経済の比較分析

アクセスランキング

レポート紹介

【韓国における無償保育の現状や日本に与えるインプリケーション】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

韓国における無償保育の現状や日本に与えるインプリケーションのレポート Topへ