2019年03月25日

2019年度の年金額改定は、4年ぶりに将来給付の改善に貢献-年金額改定ルールと年金財政や将来の給付への影響の確認

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫

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(2) 特例ルール(2018年度分から変更)
基本的な考え方は上記の通りであるが、年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)にも、特例ルール(いわゆる名目下限ルール)が設けられている。特例ルールは、(a)基本ルールどおりに調整率を適用すると調整後の改定率がマイナスになる場合と、(b)本則の改定率がマイナスの場合、に適用される(図表7中央)。大雑把に言えば、特例(a)は物価や賃金の伸びが小さいとき、特例(b)は物価や賃金が下落しているときに適用される。

特例(a)の場合は、調整後の改定率がマイナスなので名目の年金額が前年度を下回ることになる。これを避けるため、特例(a)の場合には、実際に適用される調整率の大きさ(絶対値)を本則の改定率と同じ大きさ(絶対値)にとどめて、調整後の改定率はゼロ%になる。特例(b)の場合は本則の改定率がマイナスなので、この場合も名目の年金額が前年度を下回ることになる。そこで、年金財政健全化のための調整を行わず、本則の改定率の分だけ年金額が改定される。

2017年度までは、これらの特例ルールに該当した場合に生じる未調整分は繰り越されていなかった。しかし、2016年12月に成立した改正によって、2018年度分から未調整分が累積され、2019年度以降で特例に該当しない年度、すなわち基本ルールどおりに当年度の調整率を適用しても調整後の改定率がプラスになり、さらなる調整余地が残っている年度に、当年度分の調整と未調整分を合わせて調整する仕組みになった(図表7右)。なお、繰り越した未調整分が適用される際に調整後の改定率がマイナスになる場合は、特例(a)と同じ考え方で、実際に適用される調整率(当年度の調整率と未調整の繰り越し分の合計)の大きさ(絶対値)を本則の改定率と同じ大きさ(絶対値)にとどめて、調整後の改定率はゼロ%になる。これに伴う未調整分は、さらに繰り越される。
図表7 年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)の特例ルール (2016年改正後)
(3) 年金財政や将来の給付水準への影響
年金財政の健全化のための調整ルールの特例が適用される場合には、年金財政の健全化に必要な措置(いわゆるマクロ経済スライド)が十分に働かないことになるため、年金財政の悪化要因となる(図表8)。その結果、年金財政の健全化に必要な調整期間の長期化が必要となり、将来の年金の給付水準(図表8では所得代替率と記載)が低下することになる。これまでは、特例ルールに該当した場合に生じる未調整分は繰り越されなかったため、その分を穴埋めするために、年金財政の健全化に必要な調整期間を長期化して将来の給付水準を予定よりも低下させることで、長期的な年金財政のバランスを取る仕組みになっていた(図表8の矢印)。
図表8 特例ルールの適用で、年金財政健全化に必要な調整期間が長引くイメージ
今回の見直しによって未調整分が繰り越されて調整されるようになると、特例ルールに該当した年度では未調整分の先送りが生じるものの、それが早い時期に精算される可能性が出てくる(図表9)。その結果、改正前の制度よりも調整期間の短縮が図られ、将来の給付水準の低下が抑えられることになる(図表9の矢印)。しかし、今後の経済状況によっては、当年度分の調整と繰り越した未調整分を合わせた大幅な調整ができない場合も考えられる。その場合は未調整分の精算が完了しないまま持ち越され、結果として改正前の制度と同じような事態になる可能性もある。
図表9 特例ルールの見直し(未調整分の繰越)で、年金財政健全化に必要な調整期間が短縮するイメージ
このような経済状況のリスク(不確実さ)に加えて、政治的なリスクもある。未調整分を精算できるほど本則の改定率が高いケースには、物価上昇率がかなり高い場合もあり得る。この場合は物価が大幅に上がる中で年金の改定率を大幅に抑えることになるため、年金受給者からの反対が出てきたり、実際に生活水準が大きく低下して困窮する受給者がでてくる可能性がある。そういった状況では、この見直しを予定どおりに実施するかが政治問題になる可能性がある。

この見直しは2018年度分から施行された。2018年度分から未調整分の繰越しが始まり、2019年度分から未調整分の精算が始まった(詳細は後述)。
 

2 ―― 改定ルールの見直し(2016年改正)

2 ―― 改定ルールの見直し(2016年改正):特例を見直し、将来の給付水準の低下を抑制

2016年秋に開催された臨時国会では、国民年金法等改正案(2016年3月11日国会提出、同年12月14日成立)6が野党から「年金カット法案」と呼ばれ、話題になった。同法案の内容は多岐にわたるが、話題になった「年金カット」の部分は、まさに年金額の改定ルールを見直す内容だった。
 
6 同国会ではこの法案とは別に、年金の受給資格を得るために必要な保険料の納付期間(受給資格期間)を25年から10年に短縮する国民年金法等改正案(いわゆる改正年金機能強化法案。2016年9月26日国会提出)が審議され、成立した。
1|見直しの背景:特例が原則よりも多発
これまで述べたように、年金額改定では本則の改定ルールと年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)の双方に特例ルールが存在し、特例に該当した場合には年金財政に悪影響を与えることになる。これらの特例がたまに起こるのであれば大きな問題はないが、これまではほとんどの年度で特例に該当した。

本則の改定では、2006年度以降はずっと特例(図表3のパターン(4)~(6))に該当しており、特に年金財政に悪影響を与えるパターン(図表3のパターン(4)と(5))が多くなっている(図表10)。年金財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)では、初実施となった2015年度に原則に該当したが、その背景には2014年4月に消費税の税率が引き上げられた影響で物価変動率が高めだった、という特殊事情があった。2016~2018年度は、特例に該当して年金財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)は稼働しなかった(図表10)。また、2014年度以前に年金財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)が実施されていたと仮定した場合にも、特例に該当して年金財政に悪影響を与えるパターンが多くなっていたと推測される(図表10のグレーの部分)。

このように年金財政へ悪影響を及ぼす経済状況が頻発しており、将来に向けても同じ状況が繰り返される懸念があるため8、2016年改正で特例ルールが見直された。
図表10 2004年改正以降における、年金額改定関連の諸数値と改定パターンの推移
 
8 2014年に公表された政府の将来見通し(財政検証)では、年金財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)の特例に該当しない経済状況を基本としつつ、物価の変動を仮定して、同特例に該当するケースも試算された。ただ、野党から「年金カット」と指摘された本則改定の特例に該当するケースは見通しに含まれず、政治問題化の原因となった。そこで、同法成立時の附帯決議に基づき、2019年財政検証では本則改定の特例に該当するケースも含む見通しが公表される予定である。
2|見直しの内容:特例を見直して悪影響を縮小
(1) 年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)の見直し(2018年度分から)
年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)は、p.7で述べたとおり、2018年度分から既に変更されている。変更前の特例(いわゆる名目下限ルール)はそのまま続くが、特例ルールに該当した場合に生じる未調整分が繰り越され、特例に該当しない年度に当年度分の調整と未調整の繰越分とが合わせて調整される(図表7)。

見直し直後の2018年度の改定では、本則の改定率が図表3の(5)に該当して、新しく受け取り始める年金額も受け取り始めた後の年金額も、本則の改定率がゼロ%になった。その結果、年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)は図表7の特例(a)に該当して、年金財政健全化のための調整は行われなかった。そのため、2018年度の改定で適用されるはずだったマクロ経済スライドのスライド調整率(-0.3%)は、繰り越されている(図表11)。
図表11 2018年度の年金額改定に関する厚生労働省のプレスリリースの抜粋 (未調整分の繰越し関連)
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保険研究部   上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

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