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「子育て支援住宅」認定制度の導入状況と普及への課題~東京都墨田区の賃貸マンション「ネウボーノ菊川」に学ぶ成功の鍵~
生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子
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2――成功事例「ネウボーノ菊川」(東京都墨田区)のスキームと現状
上述のような課題をいかにクリアしていけるかを検討する上で、東京都が「子育て支援住宅」に認定し、活発なサービスを行っている賃貸マンション「ネウボーノ菊川」(墨田区立川、以下「ネウボーノ」)の取り組みについてみていきたい。このマンションは都内で不動産賃貸業を営む「株式会社萬富(まんとみ)」が所有、管理運営しており、同区の類似事業「すみだ良質な集合住宅認定制度(子育て型)」にも認定されている。
この物件は、ハード、ソフト両面から子育て応援に資する多くの工夫が盛り込まれている。その中核となっているのが、1階のエレベータから共同玄関に向かう途中に設けられた約36.7m2のキッズスペースである(写真2)。隣にはパーティスペース(36.7m2)があり、普段は扉を開放して一体的に利用されている。キッズスペースの棚には絵本やおもちゃが置かれ、子ども用トイレやおむつ交換台もある。入居者は毎日午前10時から午後8時まで自由に利用でき、平日は5組ほどの親子が遊びに来るという。
入居者の活発な利用を促している秘訣が、保育士資格や子育て経験のある管理人の存在である。水曜と金曜以外は、マンション内の見回りをしている時間を除いてキッズスペースに常駐し、子どもの相手をしたり、母親たちの育児相談に乗ったりしている。また、月1回開く親睦会や七夕祭り、ハロウィン、クリスマスなどのイベントを企画運営するなど、様々な交流の機会と場を設けることで、入居者同士を橋渡しする役割を果たしている。管理人は、有料で託児サービスも受け付けている。
パーティスペースの隣には和室が設けられ、祖父母が子育ての手伝いに来てくれた時などに宿泊できるようになっている。庭に出ると菜園と砂場が設けられ、春にはキュウリやトマトの苗植えイベント、秋にはサツマイモの収穫祭などが行われている。駐車場にはカーシェアリング専用の車があり、入居者は月会費無料(利用料は別途必要)で利用できるため、約7割が登録しているという。
住戸部分は、都や同区の認定基準に沿って安全と使いやすさに配慮した設計がなされている他、ネウボーノ独自の工夫も施されている。例えばベランダに出る窓の鍵は、子どもの手が届かない高さにつけられている。また、すべての窓にはストッパーが設けられており、親が鍵をかければ、幅約10センチしか開かない仕様になっている。親が目を離した隙に、ベランダや窓から子どもが走り出て転落することを防ぐものだ。
しかし、ここで生じる問題は、入居者の子どもたちが大きくなった時にどうするか、という点である。同社では、子育てが終わった世帯であっても、強制的に退居させることは避けた。その代わりに、子ども部屋を4.1畳や4.0畳と小さく設計し、子どもが成長して自分の部屋で勉強したり過ごしたりする時間が長くなったときに、自然に「より広いマンションに引っ越したい」と思ってもらうことを企図したとのことである。もちろん、本当に退居するかどうかは入居者次第であり、同社も確約が持てないとしているが、現状ではマイホームの購入等を機に入居者の入れ替わりが起きていることから、滑り出しは順調だとみている。
同社はこの物件を「子育て応援賃貸マンション」と銘打って運営しているが、これは不動産賃貸業を主とする同社にとっても、初めての取り組みであった。同社は1845年創業の老舗企業で、地域の発展と自社の事業永続のために、次世代に貢献する事業をしたいと考え、自身も子育て世代であった小山敦社長が、子育て応援に資するマンションの企画を指示したという。これを受けて、社内で2014年初春頃から準備を始め、どのようなマンションにするかを考えていた時に、東京都や墨田区の認定制度の存在を知り、それぞれの基準に合わせた仕様にし、認定を取得したという。社員の妻たちの意見や建設会社の設計士らのアドバイスを取り入れ、独自設備も整えた。また、「子育て世帯向け」を謳った他社のマンションを見学したり、子育て支援活動や病児保育などを行うNPO、行政など8団体にヒアリングを行ったりして、不動産業者としてできること、できないことを整理したという。
その結果、設備面における安全対策や利便性はもちろんのこと、多くの親は子育てに対する不安を持っており、親同士で情報交換したり、相談に乗ってもらったりするコミュニケーションの場が必要だと判断したという。また、既存の分譲マンションには、事業者がせっかくキッズスペースやバーベキュー場などを整備したのに利用されなくなったところもあり、設備を活用して機能させるためには、サービスを担う“人”の存在が必要であることを実感したという。
もちろん、設備を整え、人を雇うには費用がかかる。しかし同社は、一般的な賃貸マンションを建設したとしても、10年経てば新築物件に対する競争力が落ち、賃料が下がっていくが、サービス付きマンションであれば、20年、30年後でも賃料を維持することができ、長期的な視点に立てば収益を確保することができると考えた。その裏付けとなったのが、同社が東京都江東区で30年以上運営してきた、単身者向けサービス付き賃貸マンションである。食堂や大浴場を設けて複数の法人から社宅として利用されており、周辺の賃貸マンションよりも高めの賃料設定にもかかわらず、今でもほぼ満室だという。因みにネウボーノは、事業開始当初から単年度でも収益を確保しており、今後、2棟目、3棟目の建設も検討しているという。
ここで、ネウボーノの成功の鍵をまとめたい。第一に、萬富が自社所有の土地を利用して建てたことが順調な滑り出しにつながっている。事業者が子育て支援住宅への参入を検討する際、1件目から土地購入費を支出するとなると、費用が嵩み、参入のハードルがより高くなることは事実だろう。ただし、土地を所有していない事業者には実施できないということではない。ネウボーノは都が容積率緩和制度を導入するよりも前に建設されたため、緩和の対象にはなっていないが、今後建築する事業者であればこれを活用して住戸数を増やした上で、高めの賃料設定に耐えられる共働き層をターゲットとし、都心に近くて通勤に便利な立地を選ぶ等、事業計画を工夫すれば、収益化の余地はあるのではないだろうか。
第二は、賃貸マンションであることだ。分譲マンションだと、上述のように入居当初は子育て世帯だったとしても、10年、20年後には世代が代わり、設備もソフト事業も形骸化する可能性が高い。ネウボーノは、子育てを終えた世帯に退居を強制するのではなく、部屋の設計を工夫することによって自然に入居者が「卒業」し、入れ替わることを想定している点が注目される。
第三は、ソフト事業に力を入れたことである。例えばキッズスペースや菜園、砂場というハードを整備したとしても、もし日常的に管理人がいて管理運営していなければ、整理整頓や衛生面で現在ほど良い状態が保てないかもしれない。キッズスペースに行けば、管理人が育児相談に乗ってくれたり、子どもに話しかけたりしてくれるという安心感が、入居者にとって足を運ぶ動機になり、安心できる生活につながっている。月1回のイベントも、管理人が手間隙かけて企画運営することで、入居者の参加意欲を高めていると考えられる。つまり、管理人が行うサービスによって、入居者同士がつながり、マンション内に子育て情報を共有できるコミュニティが生まれているのである。これは、県外から引っ越してきた人たちには特に心強いだろう。さらに、カーシェアリングのサービスも、たくさんの買い物をする子育て世帯の満足感を高めているようである。
3――おわりに~結びに代えて~
住宅は、親が子どもと長い時間を過ごす場所であり、子育ての「主戦場」でもある。特に乳幼児のうちは、住宅内の事故なく安心して育てられるかどうかは、設計や設備ひとつで助けにもなり、危険にもなる。また、祖父母との同居が減り、地域とのつながりが薄れた現代においては、親が子育てに関する不安やストレスをためやすい。特に都内においては、古里を離れ、頼れる親族が少ないという世帯も多い。保育所や幼稚園、児童館等を利用すれば、育児のプロに相談したり、親同士で情報交換したりする機会は得られるが、居住するマンション内でそれができれば、より安心して楽しく子育てができる。各事業者が、不動産を通じたコミュニティ形成に一役買ってくれれば、子育てを巡る状況は大きく改善するだろう。
住宅・不動産分野における子育て支援の取り組みは、官民ともに、まだ緒についたばかりであり、戦略次第で、大きな伸びしろがある分野だともいえる。今後の住宅・不動産業界の理解と協力に期待したい。
(2018年11月21日「基礎研レター」)
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03-3512-1821
- 【職歴】
2002年 読売新聞大阪本社入社
2017年 ニッセイ基礎研究所入社
【委員活動】
2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
2023年度 日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員
坊 美生子のレポート
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