2018年11月21日

「子育て支援住宅」認定制度の導入状況と普及への課題~東京都墨田区の賃貸マンション「ネウボーノ菊川」に学ぶ成功の鍵~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任   坊 美生子

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2――成功事例「ネウボーノ菊川」(東京都墨田区)のスキームと現状

1子育て世帯向けの充実した設備とサービス
上述のような課題をいかにクリアしていけるかを検討する上で、東京都が「子育て支援住宅」に認定し、活発なサービスを行っている賃貸マンション「ネウボーノ菊川」(墨田区立川、以下「ネウボーノ」)の取り組みについてみていきたい。このマンションは都内で不動産賃貸業を営む「株式会社萬富(まんとみ)」が所有、管理運営しており、同区の類似事業「すみだ良質な集合住宅認定制度(子育て型)」にも認定されている。
写真 1 ネウボーノの外壁に取り付けられた「東京都子育て支援住宅認定制度」(上)と「すみだ良質な集合住宅認定制度(子育て型)」(下)による認定を示すロゴマーク 同社は2016年11月、もともと自社が所有し、駐車場として利用していた土地にネウボーノを建設した。敷地面積554m2、地上7階建てで、2LDK(床面積約57m2)10戸、2SLDK(同約57m2)12戸、1DK(同29m2)4戸から成る。大きな特徴は、子育て世帯を応援する賃貸マンションとして機能するように、入居者を原則として未就学児がいる世帯か、出産を控えている世帯に限定したことである。賃貸業者として、入居者を限定することにはリスクがあったが、結果的に2017年度から満室状態が続いているという。「分譲マンションを購入した」などの理由でこれまでに2世帯が退居したが、いずれもすぐに次の入居者が見つかり、一時は入居待機世帯もあったという。

この物件は、ハード、ソフト両面から子育て応援に資する多くの工夫が盛り込まれている。その中核となっているのが、1階のエレベータから共同玄関に向かう途中に設けられた約36.7m2のキッズスペースである(写真2)。隣にはパーティスペース(36.7m2)があり、普段は扉を開放して一体的に利用されている。キッズスペースの棚には絵本やおもちゃが置かれ、子ども用トイレやおむつ交換台もある。入居者は毎日午前10時から午後8時まで自由に利用でき、平日は5組ほどの親子が遊びに来るという。

入居者の活発な利用を促している秘訣が、保育士資格や子育て経験のある管理人の存在である。水曜と金曜以外は、マンション内の見回りをしている時間を除いてキッズスペースに常駐し、子どもの相手をしたり、母親たちの育児相談に乗ったりしている。また、月1回開く親睦会や七夕祭り、ハロウィン、クリスマスなどのイベントを企画運営するなど、様々な交流の機会と場を設けることで、入居者同士を橋渡しする役割を果たしている。管理人は、有料で託児サービスも受け付けている。

パーティスペースの隣には和室が設けられ、祖父母が子育ての手伝いに来てくれた時などに宿泊できるようになっている。庭に出ると菜園と砂場が設けられ、春にはキュウリやトマトの苗植えイベント、秋にはサツマイモの収穫祭などが行われている。駐車場にはカーシェアリング専用の車があり、入居者は月会費無料(利用料は別途必要)で利用できるため、約7割が登録しているという。

住戸部分は、都や同区の認定基準に沿って安全と使いやすさに配慮した設計がなされている他、ネウボーノ独自の工夫も施されている。例えばベランダに出る窓の鍵は、子どもの手が届かない高さにつけられている。また、すべての窓にはストッパーが設けられており、親が鍵をかければ、幅約10センチしか開かない仕様になっている。親が目を離した隙に、ベランダや窓から子どもが走り出て転落することを防ぐものだ。
写真2 ネウボーノ菊川に設けられたキッズスペース
筆者が取材に訪れた11月中旬、キッズスペースで長男(4歳)を遊ばせていた主婦(30歳代)に話を聞くと、夫の勤務地に近い立地で物件を探し、たまたまネウボーノを見つけて入居したという。長男が通っている幼稚園では、園児らの居住地がバラバラなため、親子が互いに集まって交流する機会が少ないが、ネウボーノでは毎日、他の親子とキッズスペースで顔を合わせるため、自然と親しくなると言う。主婦は「管理人さんにもちょっとした子育ての相談もできるし、同年代の子どもを持つ親同士も情報交換できる。子どもも友達と思いっきり遊べるので、とても住み心地が良い」と喜んでいた。3歳の長男を連れて来ていた別の主婦(30歳代)も「マンション暮らしだと子どもの転落が一番怖い。ネウボーノは、窓が大きく開かず、子どもが勝手に出ていくことができないので安心できる。カーシェアリングのサービスも、たくさん買い物をする時にとても助かっている」と話していた。

しかし、ここで生じる問題は、入居者の子どもたちが大きくなった時にどうするか、という点である。同社では、子育てが終わった世帯であっても、強制的に退居させることは避けた。その代わりに、子ども部屋を4.1畳や4.0畳と小さく設計し、子どもが成長して自分の部屋で勉強したり過ごしたりする時間が長くなったときに、自然に「より広いマンションに引っ越したい」と思ってもらうことを企図したとのことである。もちろん、本当に退居するかどうかは入居者次第であり、同社も確約が持てないとしているが、現状ではマイホームの購入等を機に入居者の入れ替わりが起きていることから、滑り出しは順調だとみている。
2事業を開始するまでの経緯
同社はこの物件を「子育て応援賃貸マンション」と銘打って運営しているが、これは不動産賃貸業を主とする同社にとっても、初めての取り組みであった。同社は1845年創業の老舗企業で、地域の発展と自社の事業永続のために、次世代に貢献する事業をしたいと考え、自身も子育て世代であった小山敦社長が、子育て応援に資するマンションの企画を指示したという。これを受けて、社内で2014年初春頃から準備を始め、どのようなマンションにするかを考えていた時に、東京都や墨田区の認定制度の存在を知り、それぞれの基準に合わせた仕様にし、認定を取得したという。社員の妻たちの意見や建設会社の設計士らのアドバイスを取り入れ、独自設備も整えた。また、「子育て世帯向け」を謳った他社のマンションを見学したり、子育て支援活動や病児保育などを行うNPO、行政など8団体にヒアリングを行ったりして、不動産業者としてできること、できないことを整理したという。

その結果、設備面における安全対策や利便性はもちろんのこと、多くの親は子育てに対する不安を持っており、親同士で情報交換したり、相談に乗ってもらったりするコミュニケーションの場が必要だと判断したという。また、既存の分譲マンションには、事業者がせっかくキッズスペースやバーベキュー場などを整備したのに利用されなくなったところもあり、設備を活用して機能させるためには、サービスを担う“人”の存在が必要であることを実感したという。

もちろん、設備を整え、人を雇うには費用がかかる。しかし同社は、一般的な賃貸マンションを建設したとしても、10年経てば新築物件に対する競争力が落ち、賃料が下がっていくが、サービス付きマンションであれば、20年、30年後でも賃料を維持することができ、長期的な視点に立てば収益を確保することができると考えた。その裏付けとなったのが、同社が東京都江東区で30年以上運営してきた、単身者向けサービス付き賃貸マンションである。食堂や大浴場を設けて複数の法人から社宅として利用されており、周辺の賃貸マンションよりも高めの賃料設定にもかかわらず、今でもほぼ満室だという。因みにネウボーノは、事業開始当初から単年度でも収益を確保しており、今後、2棟目、3棟目の建設も検討しているという。
3事業性確保の鍵
ここで、ネウボーノの成功の鍵をまとめたい。第一に、萬富が自社所有の土地を利用して建てたことが順調な滑り出しにつながっている。事業者が子育て支援住宅への参入を検討する際、1件目から土地購入費を支出するとなると、費用が嵩み、参入のハードルがより高くなることは事実だろう。ただし、土地を所有していない事業者には実施できないということではない。ネウボーノは都が容積率緩和制度を導入するよりも前に建設されたため、緩和の対象にはなっていないが、今後建築する事業者であればこれを活用して住戸数を増やした上で、高めの賃料設定に耐えられる共働き層をターゲットとし、都心に近くて通勤に便利な立地を選ぶ等、事業計画を工夫すれば、収益化の余地はあるのではないだろうか。

第二は、賃貸マンションであることだ。分譲マンションだと、上述のように入居当初は子育て世帯だったとしても、10年、20年後には世代が代わり、設備もソフト事業も形骸化する可能性が高い。ネウボーノは、子育てを終えた世帯に退居を強制するのではなく、部屋の設計を工夫することによって自然に入居者が「卒業」し、入れ替わることを想定している点が注目される。

第三は、ソフト事業に力を入れたことである。例えばキッズスペースや菜園、砂場というハードを整備したとしても、もし日常的に管理人がいて管理運営していなければ、整理整頓や衛生面で現在ほど良い状態が保てないかもしれない。キッズスペースに行けば、管理人が育児相談に乗ってくれたり、子どもに話しかけたりしてくれるという安心感が、入居者にとって足を運ぶ動機になり、安心できる生活につながっている。月1回のイベントも、管理人が手間隙かけて企画運営することで、入居者の参加意欲を高めていると考えられる。つまり、管理人が行うサービスによって、入居者同士がつながり、マンション内に子育て情報を共有できるコミュニティが生まれているのである。これは、県外から引っ越してきた人たちには特に心強いだろう。さらに、カーシェアリングのサービスも、たくさんの買い物をする子育て世帯の満足感を高めているようである。
 

3――おわりに~結びに代えて~

3――おわりに~結びに代えて~

今後、各自治体に子育て支援住宅を普及し、子育てしやすい住環境の整備を進めていくためには、まずは行政が、ネウボーノのように事業化に成功している事例について情報収集・蓄積し、成功のヒントを積極的に事業者に発信していくことが不可欠である。同時に、消費者に対しても、制度の存在を広く啓発することが必要である。東京都の担当者も「今後は制度の認知度を高め、ブランド化を目指したい」としている。認定制度のブランド化が進めば、認定物件に付加価値をつけることができ、事業者への取得の動機も高まる。

住宅は、親が子どもと長い時間を過ごす場所であり、子育ての「主戦場」でもある。特に乳幼児のうちは、住宅内の事故なく安心して育てられるかどうかは、設計や設備ひとつで助けにもなり、危険にもなる。また、祖父母との同居が減り、地域とのつながりが薄れた現代においては、親が子育てに関する不安やストレスをためやすい。特に都内においては、古里を離れ、頼れる親族が少ないという世帯も多い。保育所や幼稚園、児童館等を利用すれば、育児のプロに相談したり、親同士で情報交換したりする機会は得られるが、居住するマンション内でそれができれば、より安心して楽しく子育てができる。各事業者が、不動産を通じたコミュニティ形成に一役買ってくれれば、子育てを巡る状況は大きく改善するだろう。

住宅・不動産分野における子育て支援の取り組みは、官民ともに、まだ緒についたばかりであり、戦略次第で、大きな伸びしろがある分野だともいえる。今後の住宅・不動産業界の理解と協力に期待したい。
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
ジェロントロジー、交通政策・移動サービス、労働

(2018年11月21日「基礎研レター」)

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【「子育て支援住宅」認定制度の導入状況と普及への課題~東京都墨田区の賃貸マンション「ネウボーノ菊川」に学ぶ成功の鍵~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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