2018年11月19日

高齢者を特殊詐欺から守るには?―シンクタンク社長の体験レポート―

代表取締役社長 手島 恒明

文字サイズ

1―はじめに

平成30年上半期(1~6月)における特殊詐欺1の発生状況についての警察庁の発表によると、件数は、8,197件(前年同期比-672件)、被害額は174.9億円(前年同期比-13.3億円)となつた。被害額は平成26年以降、平成29年まで3年連続で減少し平成30年上半期も対前年で減少したものの、依然として高い水準にある。その中でもオレオレ詐欺2は、件数4,560件(対前年+843件)、被害額96.3億円(+1.8億円)と増加傾向にある。最近では、特殊詐欺が暴力団の資金源になっているとの報道もあり、手口も巧妙になっているようである。特殊詐欺については、さまざまな対策がとられているにも関わらず、なぜこれだけの被害が続くのか不思議に思われる方も多いのではないかと思う。
 
かくいう私もなんでこんなことで簡単に騙されるのかと思っていたのだが、自分の母親が3年ほど前にオレオレ詐欺の被害にあうという経験をした。このレポートではそのときの体験を踏まえて、高齢者を特殊詐欺から守るために取り組むべき点について考えてみたい。
 
1 被害者に電話をかけるなどして、対面することなく信頼させ、指定した預貯金口座への振込みその他の方法により、不特定多数のものから、現金等をだましとる犯罪の総称
2 親族を装うなどして電話をかけ、会社における横領金の補償等のさまざまな名目で現金が必要であるかのように信じ込ませ、動転した被害者や指定した預貯金口座に現金を振り込ませるなどの手口による詐欺
 

2―特殊詐欺の現状

2―特殊詐欺の現状

特殊詐欺は、振り込め詐欺(オレオレ詐欺、架空請求詐欺3、融資保証金詐欺4および還付金詐欺5)及び振り込め詐欺以外の特殊詐欺6に分類される。特殊詐欺は、平成15年頃からその発生が目立ち始め、警察では各種予防活動などを推進し、平成21年には平成16年の約3分の1まで認知件数が減少した。しかし、平成22年以降、認知件数及び被害総額は共に悪化し、平成26年には被害総額が過去最高の約566億円となった。その後、警察では、取り締まりの更なる強化、各種予防活動、犯罪インフラ対策等を行い、被害総額については、平成26年以降減少しているものの依然その水準は高く、認知件数については、増加し続けている。
図表(1)特殊詐欺の情勢の推移(平成19~29年)
平成29年中の特殊詐欺被害者の82.1%を60歳以上が占め、特にオレオレ詐欺(97.8%)、還付金詐欺(96.4%)、及び金融商品等取引名目の特殊詐欺(93.1%)においてその割合が高く、高齢者が特殊詐欺の標的となっている。
 
今後日本の高齢者の人口はますます増加していくことを考えると、今後高齢者をねらった特殊詐欺は増えていくものと思われる。
 
警察もこうした状況を踏まえて、取り組みを強化している。一つめは取締りの推進である。犯行拠点の摘発やだまされたふり作戦7の実施のほか、架空・他人名義の携帯電話等が犯行グループの手に渡らないようにするため、携帯電話の不正利用等の特殊詐欺を助長する行為の取り締まりや悪質なレンタル携帯事業者の検挙を推進している。二つめは、官民一体となった予防活動の推進である。犯行の手口や被害に遭わないための注意点等の情報を積極的に発信している。特に、高齢者に対しては、各種メディアを通じた広報や民間のコールセンター職員による注意喚起がなされるよう予防活動を推進している。
 
また金融機関と連携し、特殊詐欺の被害金が出金又は送金されることを防止するため、顧客への声掛けを推進しているほか、郵便・宅配事業者やコンビニエンスストアに対して、被害金が入っていると疑われる荷物の発見・通報を依頼するなどしている。これらの取り組みにより、平成28年中に、1万3,139件、約188.6億円の被害を未然に防止した。(平成29年警察白書)
 
こうした対策を行っても、引き続き特殊詐欺の被害が高水準で推移している。理由としては、ヤミ金の取締りが厳しくなり、利益が上がらなくなったことから、比較的利益が出やすく、捕まりにくい特殊詐欺に犯行グループが軸足を移してきていることや、組織的な特殊詐欺の犯行グループが巧妙かつ柔軟な体制を作り、犯罪を推進していることなどが挙げられる。たとえば、犯行グループには、だまし役(架け子)、犯行ツール調達役、詐取金引き出し役(出し子)といった分業体制が引かれており、一番捕まりやすい詐取金引き出し役は、成功報酬5%といった高額の報酬で、ネットで募集し、相互に素性を隠すことで、検挙された場合にも他のメンバーに捜査が及ばないようにしている。
 
3 架空の事実を口実に金品を請求する文書を送付して、指定した預貯金口座に現金を振り込ませるなどの手口による詐欺
4 融資を受けるための保証金の名目で、指定した預貯金口座に現金を振り込ませるなどの手口による
5 市区町村の職員等を装い、医療費の還付等に必要な手続きを装って、現金自動預払機(ATM)を操作させて口座間送金により、振り込ませる手口による電子計算機使用詐欺
6 金融商品等取引名目、ギャンブル必勝情報提供名目、異性との交際あっせん名目等の特殊詐欺等が該当
(資料)警察庁「警察白書」(平成29年)より
7 特殊詐欺の電話等を受け、特殊詐欺であると見破った場合に、だまされた振りをしつつ、犯人に現金等を手渡しする約束をした上で、警察へ通報してもらい、自宅などの約束した場所に現れた犯人を検挙する、国民の積極的かつ自発的な協力に基づく検挙方法
 

3―母親の特殊詐欺事件

3―母親の特殊詐欺事件

私の実家のある宮城県の地方新聞である河北新報の平成27年(2015年)2月21日(土)の記事によると、
「おれおれ詐欺1400万円の被害

仙台中央警察署は20日、仙台市青葉区の無職の女性(79)がおれおれ詐欺で現金1400万円をだましとられたと発表した。
中央署によると、13日午前9時半ごろ、女性宅に息子を名乗る男から『契約書が入ったかばんを電車に置き忘れた。仕事の契約に金が必要だ。』と電話があった。
女性は埼玉県に住む長男と信じ、1400万円を用意。自宅にきた息子の上司の弟を名乗る男に手渡した。女性宅に19日、長男が訪ねてきて、被害に気づいたという。」
と掲載された。
この被害者の女性は私の母親であり、埼玉県に住む長男は私のことである。

以下は、母親から聞きだした犯人との電話のやりとりである。少し長くなるが、紹介する。
 
母親「はい、もしもし。どなたですか。」
犯人「僕だよ。お母さん」
母親「恒明かい。」
犯人「そうだよ。恒明だよ。」
母親「いったいどうしたんだい。」
犯人「実は山手線の電車の中に契約書と携帯電話の入ったかばんを置き忘れて、今会社の同僚の携帯電話を借りて電話しているんだ。僕のかばんは今JRの落し物センターにあるので、そっちに電話してもつながらないよ。」
母親「それは大変だったね。」
犯人「それから、最近ちくのう症がひどくて、ちょっと声がおかしいけど、気にしないでね。
それより、契約の手付金で急にお金が必要になったので、少しの間貸してもらえないかな。」
母親「お金っていくらくらい必要なの。」
犯人「2000万くらいあると助かるんだけど。」
母親「2000万なんかうちにはないよ。」
犯人「いくらくらいなら用意できるの。」
母親「たしか1400万くらいならあるけどね。」
犯人 「それじゃー1400万でいいから貸してくれないかな。後は会社の人に頼んで貸してもらうよ。」
母親「そうか。そんなに困っているのならしょうがないね。それじゃー用意しておくよ。すぐに返してよ。あんたが取りに来るんでしょ。それならあんたが食べたいもの用意しておくから、今日は泊まっていったら。何がいいかね。」
犯人「いや、僕はこれからJRの落し物センターにかばんを取りに行かないといけないんだ。本人でないと受け取れないって言われたので。だから、僕は行けないんだ。僕の上司の弟の○○さんに取りに行ってもらうので、その人に渡してくれないかな。これから新幹線で行ってもらうので、午後には行けると思うよ。」
母親「そうか。わかったよ。」
犯人「それでは、仙台駅に着いたら、○○さんからまた電話させるから。いやー助かったよ。本当にありがとう。」
 
この日の午後に、私の上司の弟を名乗る男から電話があり、母親は1400万円の入った紙袋を手渡してしまった。事件のあった6日後の2月19日にたまたま私は仙台に出張する機会があり、そこで母親からお金を返すように言われて、事件が判明し、警察に届けた。もちろん犯人は捕まっていない。
 
この電話のやり取りをみると、いくつか気がつく点がある。
 
架け子役の犯人は、巧妙に母親をだますために、最初からストーリーを立てて、詐欺であることをわからないように仕組んでいる。まず自分の携帯電話が使えないことを伝えて、本当の子供との確認手段を使えないようにしている。ちくのう症であると伝えることで、声が違うことを疑わせない(ちなみに私はちくのう症ではない)。JRの落し物センターに自分が行かないといけないことを伝えて、別の人がお金をとりに行く理由にして、納得させている。
 
母親は、電話に出た最初の時点で私の名前を伝えてしまい、その後犯人に利用される。また息子からの電話がきただけでうれしくなり、声が違っていても、犯人の言い訳を安易に信じてしまう。最初は、自分の息子がお金をとりにくると信じて話をしているが、別人がとりにくることとなっても、かかる窮地に陥っている息子を助けるためには、犯人の不審な言動にも疑問を抱かず、言う成りに行動する。

これが典型的なオレオレ詐欺の手口である。私はこうした犯行の手口を世の中に伝える必要があると感じて、いやがる母親を説得して、テレビと新聞の取材を受けてもらい、報道番組や記事で取り上げてもらった。母親によると、取材にきた記者は、こうした被害に遭った人は自分からは名乗り出てくれないので、ありがたいと言われたとのことである。
Xでシェアする Facebookでシェアする

代表取締役社長

手島 恒明

研究・専門分野

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【高齢者を特殊詐欺から守るには?―シンクタンク社長の体験レポート―】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

高齢者を特殊詐欺から守るには?―シンクタンク社長の体験レポート―のレポート Topへ