2018年11月08日

超党派による包括的なオピオイド対策法が成立-超党派の取り組みは、オピオイド問題の解決に向けた大きな前進

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1――はじめに

麻薬性鎮痛薬の一種で、病院でも処方されているオピオイドの中毒者数や過剰摂取に伴う死亡者数が米国内で急増している問題で、超党派による包括的な対策法案「患者と地域を支援する法」1(以下、SUPPORT法)が議会の圧倒的多数で可決され、10月24日にトランプ大統領の署名を経て成立した。同法は、公的医療保険制度であるメディケイドやメディケアでの対応、違法薬物の流通制限、常用性の無い新薬の開発支援など、多岐に亘る内容が含まれている。

トランプ大統領は、オピオイド問題の解決に積極的に取り組んでおり、17年10月に「公衆衛生上の非常事態」を宣言したほか、今年1月の施政方針(一般教書)演説においても超党派での解決を呼びかけていた。

これまでも、オピオイド問題に関しては、与野党を問わず問題解決の必要性については一致していたが、超党派で包括的な対策としてSUPPORT法を成立させたことはトランプ大統領にとって大きな成果と言える。今回のSUPPORT法でオピオイド問題の全てが解決する訳ではないが、問題解決に向けた大きな一歩を踏み出したと言えよう。本稿では、米国で深刻化するオピオイド問題について簡単に触れた後、SUPPORT法の概要とその評価、今後の注目点などについて論じたい。
 
1 正式には、“The Substance Use-Disorder Prevention that Promotes Opioid Recovery and Treatment for Patient and Community Act”(Public Law 115-271) https://www.congress.gov/bill/115th-congress/house-bill/6
 

2――米国で深刻化するオピオイド問題

2――米国で深刻化するオピオイド問題

米国ではオピオイドの中毒者数や過剰摂取による死亡者数の急増が深刻な社会問題となっている。オピオイド問題の背景や労働市場への影響も含めた経済損失などについては既に、研究員の眼「深刻化するオピオイド問題」(2018年2月28日)1や、基礎研レポート「米国の働き盛りを蝕むオピオイド」(2018年6月29日)2で論じたので詳しくはそちらをご覧頂くとして、ここでは簡単な説明に留める。

オピオイドは当初、常習性の無い鎮痛薬として認識されていた。このため、病院で普通に処方され、米国内でオピオイドの処方箋を年間1枚以上受領した患者数が16年にはおよそ7,000万人と人口の2割弱に達した。また、これらの薬物にはその後常習性があることが判明しており、16年時点でオピオイドを処方箋通りに服用しない、または処方箋が無いのに服用している乱用者(misuse)数は1,200万人弱に上っている。
(図表1)薬物過剰摂取による死亡者数 これらの結果、オピオイドの過剰摂取が原因とみられる死亡者数は増加しており、16年には4万2千人と、薬物の過剰摂取による死亡者数全体のおよそ3分の2に上っている(図表1)。とくに、13年以降は死亡者数の増加ペースが加速していることが分かる。

また、過剰摂取による死亡者数は働き盛りでプライムエイジと呼ばれる25~54歳に7割以上が集中していることが知られており、労働市場への影響が懸念されている。

大統領経済諮問委員会(CEA)は、オピオイドに関連する経済損失は、医療費の増加に加え、プライムエイジ層の死亡者数増加に伴う損失も含めて年間5,000億ドル(GDPの3%弱)と試算しており、米経済に与える影響が非常に大きくなっていることが分かる。  

3――オピオイド対策法(SUPPORT法)

3――オピオイド対策法(SUPPORT法)

1SUPPORT法が圧倒的多数で可決
SUPPORT法は下院エネルギー・商業委員会のグレッグ・ウェルデン委員長(共和党、オレゴン州)、同ランキング・メンバーのフランク・パロン委員(民主党、ニュージャージー州)、下院歳入委員会のケビン・ブレイディ委員長(共和党、テキサス州)、同ランキング・メンバーのリチャード・ニール委員(民主党、マサチューセッツ州)を中心にまとめられた。

もっとも、SUPPORT法はトランプ大統領による17年10月の非常事態宣言を受けて、下院エネルギー・商業委員会や下院歳入委員会に限らず、上院財政委員会、上院保健・教育・年金委員会、上院司法委員会、上院商業・科学・交通委員会などで審議されていた50以上の法律を統合する形でまとめた成果である。

同法は、下院では6月22日に賛成396、反対14の圧倒的多数で可決された後、上院に送られ、上院修正案が9月17日に賛成99、反対1で可決された。その後、両院協議会で法案の一本化作業を経て、下院が9月28日に賛成393、反対8、上院が10月3日に賛成98、反対1と、党派を超えた圧倒的多数の賛成で可決した。

トランプ大統領が17年12月に成立させた税制改革法では、野党民主党議員の賛成を1票も得られず、与党共和党議員の賛成だけで成立させたことに比べて超党派での動きが際立っている。
2SUPPORT法の概要
SUPPORT法では、これまで対策が疎かになっていた、オピオイド中毒患者の治療や回復サービスへのアクセス向上や、医療機関におけるオピオイド処方のモニタリング強化、国際郵便などまで拡張した不法薬物の流入を防ぐための方策や、オピオイドの一種であるフェンタニル対策のための地域社会への補助金支給などが盛り込まれた(図表2)。
(図表2)SUPPORT法(PL115-271)の概要(一部)
3SUPPORT法の評価
党派性が強まっている現議会で、SUPPORT法を超党派で成立されたことに対しては、オピオイド問題の解決に向けた大きな一歩として、医療関係者などから評価する声が多い。

一方、同法に対する批判としては、中毒患者が治療を受けるための補助金などで時限措置となっているものが多く、恒久措置ではないため、これまで医療施設が不足していた地域に新しく医療施設を開設することや、中毒治療の専門家を新規に採用することなどに多くの医療関係者が慎重になっていることが挙げられる。
 

4――今後の注目点

4――今後の注目点

オピオイド対策には、医師が患者の過去の薬物中毒・乱用履歴や、治療状況を把握することが必要との指摘がある。しかしながら、現状では、個人情報保護の観点からアルコールや薬物などの使用障害状況に関する個人情報を、本人の同意無しで医療機関などで共有することはできない。この点に関して、SUPPORT法では医療機関で情報共有するための法改正は盛り込まれなかった。

一方、下院では、個人情報に関する一定の基準を満たした場合に、治療目的や、医療行為などに関する情報を、医療関係者や医療プラン、連邦が支援する乱用治療プログラム、一部の連邦政府機関で共有することを可能とする法律4を、既に6月22日に賛成396、反対14で可決している。

今後は上院で同法の審議が予定されており、同法案が成立すればオピオイド問題関連の法整備には一定の目処がつく見込みである。

前述のように、今回の法整備だけでオピオイド問題が解決する訳ではないが、問題解決に向けた大きな一方を踏み出したことは間違いない。また、超党派で法案を成立させたことで、今後もオピオイド対策では与野党が一致して対応するための素地ができたことは評価できよう。
 
4 “The Overdose Prevention and Patient Safety Act” (H.R. 6082)
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2018年11月08日「基礎研レター」)

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