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ゲーム理論から見たアメリカ大統領のパワー ~大統領はどれだけ強いのか?
基礎研REPORT(冊子版)11月号

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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このアメリカの大統領のパワーを、測ることはできないだろうか。ゲーム理論の「シャープレイ=シュービック指数」を用いて、投票力を数値化してみたい。
まず、アメリカの連邦議会での法案成立の仕組みをみておく。連邦議会は、上院(議員数100名)と、下院(435名)の二院制。法案成立のケースは、2つある。
(ケース1) 両院でそれぞれ過半数の賛成で可決した上で、大統領が拒否権を発動しないこと
(ケース2) 大統領が拒否権を発動しても、両院でそれぞれ3分の2以上の賛成で再可決すること
ここで1つ、やや細かいことを述べる。ケース1で過半数というときに、上院は議員数が偶数のため、賛否が同数で拮抗することがある。この場合は、上院議長を兼務する副大統領が、議長決裁票と呼ばれる1票を投じて、賛否の決着がつく。
まとめると、こういうことになる。アメリカで、連邦法の法案成立には、大統領、副大統領、上院議員100名、下院議員435名の、合計537名が関与している。そして、次の人々が賛成すれば、それ以外がすべて反対しても、法案は成立する。
(1) 大統領、上院議員51名(100名の過半数)、下院議員218名(435名の過半数)
(2) 大統領、副大統領、上院議員50名、下院議員218名
(3) 上院議員67名(100名の3分の2)、下院議員290名(435名の3分の2)
まず、ある仮想の投票をイメージする。議決に関与する参加者が一列になって、順番に賛成票を投じていく。そして、誰が賛成票を投じたときに議案が成立するか、を考えてみる。この議案の成立のための最後の1票を投じた人は、「ピボット」と呼ばれる。ピボットが賛成票を投じてしまえば、ピボットより後に並んでいる人が、全員、気が変わって反対票を投じたとしても議案の成立は覆らない。たとえば、投票者3名、賛成過半数で議案成立の場合、2人目がピボットとなる。
そして、投票の順番として考えられる全てのケースについて、このピボットが誰になるのかをみていく。最終的に、ある人がピボットになる投票の順番が、全体の順番の数のうちどれだけあるかを、割り算したものが、その人の指数、つまり投票力となる。投票者3名の場合、投票の順番は全部で6通り。各投票者は、2通りずつでピボットとなる。したがって、それぞれの投票者の指数は6分の2ずつとなり、同じパワーを持つ。
それでは、537名が関与するアメリカの連邦法の場合は、どうなるか。投票の順番は、全部で537の階乗(数学の表記では、537!)通り。これは、膨大な数だ。それぞれについて、大統領、副大統領、100名の上院議員、435名の下院議員の誰がピボットになるかをみていく……。もちろん、こんな作業を、手計算や電卓だけで行おうとすれば、大変なことになる。パソコンで表計算ソフトを使うなど、何らかの道具が必要となるだろう。
また、537!という数を直接計算しようとすると桁数が1,235桁もあって、計算がオーバーフローしてしまう。そこで、実際の計算では、組み合わせの数を多用する必要がある。さらに、法案成立のための提携の形が(1)~(3)の3つあるため、場合分けも必要となる。そうした困難にめげずに筆者が計算をしてみたところ、指数の値は大体つぎのようになった。537名全体の投票力を100%とすると、それぞれの人が持っている投票力は、
537名全体の投票力を100%とすると、それぞれの人が持っている投票力は、
大統領 16.312%、副大統領 0.265%、上院議員(1名) 0.414%、下院議員(1名) 0.0966% ぐらい
なお、ここで1つ注意点。副大統領には、大統領が執務不能・死亡・辞職・免職となった場合に、大統領に昇格する等、大統領の次席の権限もある。
もう1つ、別の注意点。今回の計算では、各議員が自分の意思で自由に投票することを前提とした。実際は、共和党、民主党などの政党による所属議員への投票の拘束が考えられる。そうなれば、議員の投票力は、この計算結果よりも高いものになる、と考えられる。
ただそれにしても、拒否権を握る大統領のパワーは絶大といえる。今度、メディアでアメリカの政治関連のニュースを目にしたときは、大統領のパワーの大きさを思い出してみては、いかがだろうか。
(2018年11月07日「基礎研マンスリー」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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