2018年10月09日

金相場の低迷はいつまで?~投資家の金離れが鮮明に

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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1.トピック:金相場の低迷はいつまで?

金相場の低迷が続いている。4月上旬に1オンス1360ドルを付けたNY金先物価格は、8月半ばに1200ドルの節目を割り込むまで下落し、以降1200ドルを挟んだ一進一退が継続。直近も1200ドルを割り込んでいる(表紙図表参照)。
 
(有事の金買いも不発)
この間、投資家の金離れが鮮明になっている。世界最大の金ETFであるSPDRゴールドシェアの金保有量は4月下旬からほぼ一貫して減少が続いており、金ETFからの投資マネーの流出を表している。また、CFTCの金先物ポジションを見ると、投機筋の買い越し幅は4月以降縮小し、8月半ばには売り越しに転じている。
 
また、最近は「有事の金」も不発に終わっている。本来、「安全資産」である金は金融市場がリスクオフ(回避)に傾く際に買われやすい。4月から足元にかけては、米中間の貿易摩擦激化やトルコ・ショックなどでたびたび市場がリスクオフに傾く場面があり、市場の警戒感を示す一つの指標であるVIX指数もたびたび上昇してきた。しかしながら、その際の金買いは限定的に留まり、金価格を押し上げるには至らなかった。
金ETFの金保有量と投機筋の金先物ポジション/NY金とVIX指数
主要通貨の名目実効レート (金を買う理由が乏しい)
このように、投資家が金離れを起こし、金価格の低迷が続いている最大の理由は「ドル高の進行」だ。国の信用力に依存しない「無国籍通貨」である金は、世界の基軸通貨であるドルが上昇(下落)する際には代替資産として売られる(買われる)傾向が強い。また、国際金価格(NY金)はドル建てで取引されるため、ドル安になると割安感が強まって価格が上がりやすい。

4月以降は好調な米経済を背景とする利上げ観測の高まりに伴い、ドル高が進行した。ドルの複数通貨に対する強弱を示すドルインデックス(名目実効レート)は4月中旬に90を割り込んでいたが、以降上昇し、足元では95を突破している(表紙図表参照)。この間、ECBの早期引き締め観測が後退し、ユーロ売りが進んだこともドルインデックスの上昇を促した。
主要通貨の対ドル騰落率(年初来) 実際、2018年に入ってからの日時データでは、NY金先物価格とドルインデックスの相関係数は▲0.89と極めて強い逆相関関係を示している。

なお、今回は新興国通貨に対して特にドル高が進んだことも金の下落を増幅した。本来、金価格が下落すれば、需要が喚起されることで価格が下支えされるはずだが、最近は金の2大消費国1であるインドと中国の通貨が対ドルで大きく下落しているため、両国の現地通貨建てで見た場合では、価格の下落が限定的に留まっている。
 
さらに、強い米国経済に対する信頼から、貿易摩擦の激化などリスク回避局面においてドルが多くの通貨、とりわけ新興国通貨に対して買われ、ドル高が進みやすくなっている。このため、リスク回避局面で「有事の金」が不発に終わるようになっている。
NY金と米長期金利 また、米国金利の上昇も重荷になっている。米金利は年初以降上昇基調を辿っており、足元の長期金利は3%を超えている。金価格と米金利の間には、ドルほどの相関関係はないものの、金利や配当といったインカムゲインを一切生まない金は、金利が上昇すると相対的な魅力が低下する。
 
つまり、ドル高の進行や米金利の上昇によって金の魅力が大きく損なわれたことが、金価格の低迷という形で現れている。
 
1 World Gold Councilの” Gold Demand Trends”によれば、2017年における世界の金需要のうち、中国・インドの占める割合は宝飾品で57%、バー・コインで45%に達する。
米政策金利の見通し(FRBメンバーとFF金利先物の織り込み) (価格低迷はいつまで?)
それでは、金価格の低迷はいつまで続くのだろうか?カギはユーロの動向にあると考えられる。既述のとおり、ドルインデックスと金価格の逆相関関係は極めて強いが、ドルインデックスを構成する通貨のうち、最大のウェイト(58%)を占めるのがユーロだ。他の実効レートでも、ユーロは大きなウェイトを占める。

ユーロの先行きを考えると、当面は上値の重い展開が予想される。ユーロ圏はイタリアの財政懸念や英国のEU離脱問題を抱えるほか、ECBも来年夏までは政策金利を据え置く方針を示していることから、ユーロを積極的に買いづらい。

ただし、ECBは来年秋にもマイナス金利の縮小を開始すると見込まれることから、来年春以降、マイナス金利縮小とその先の政策金利引き上げを織り込む形でユーロ高圧力が高まるだろう。また、FRBの段階的な利上げは終盤に入っており、来年中にも利上げが打ち止めになる可能性が高い。米利上げの打ち止めが意識されるにつれてドル高の勢いが失われることも、来春以降のユーロ高進行をサポートするとみられる。このような形でのユーロ高進行がドルインデックス下落を通じて金価格の追い風になるだろう。米利上げ打ち止め観測が新興国通貨下落の歯止めとして機能することも金価格にとってプラスになる。

ECBの金融政策正常化に伴って、欧州金利が上昇すると見込まれることは金利を生まない金価格の重荷になるが、為替要因による押し上げ効果が上回ると見ている。
 
従って、あと数ヵ月は金価格の低迷が続きそうだが、来春以降、金価格は1300ドルに向けて上昇基調に入ると予想している。
 
なお、仮に米国を中心とする貿易摩擦がさらに激化し、米国経済に対する悪影響への懸念が高まる場合には、来春を待たずして金価格が上昇すると考えられる。現在は米経済に対する楽観が支配的となっているだけに、楽観が後退する場合はドル安が進行し、金価格押し上げに働くと考えられるためだ。
 

2.日銀金融政策(9月):金融機関収益への配慮はトーンダウン

2.日銀金融政策(9月):金融機関収益への配慮はトーンダウン

(日銀)現状維持
日銀は9月18日~19日に開催された金融政策決定会合において金融政策を維持した(賛成7・反対2)。原田審議委員と片岡審議委員は前回7月決定会合と同様、長短金利操作について反対票を投じた。両名はフォワードガイダンスに対しても反対を表明した。

声明文における景気の総括判断は「緩やかに拡大している」に据え置かれた。個別項目の評価についても前回から変更はみられない。
 
会合後の総裁会見で、7月の政策修正の効果を問われた黒田総裁は、「国債市場をみると、一頃よりも取引が活発化し、国債の値動きも幾分増している」としつつも、「例年夏場は、市場取引が細りやすく、実勢を見極めにくい時期であるため、効果を評価するのはやや性急」と評価を保留した。8月に買入れ額がかなり減少したETF買入れについては、「具体的な買入れ額は、その時々のリスク・プレミアムの状況に応じて上下に変動し得る」、「買入れ額について、何らかの予断を持っているものではない」と説明し、テーパリング観測を牽制した。

また、金融仲介機能に対する緩和の副作用を問われた場面では、「わが国の金融機関は、(中略)資本と流動性の面で相応の耐性を備えており、全体として、わが国金融システムは安定性を維持している」との評価を示したうえで、「金融機関の基礎的収益力は、人口や企業数の減少のほか、低金利環境の長期化から、趨勢的に低下していることも事実であり、この点が、将来的に、金融機関のリスクテイク姿勢の消極化を通じて金融仲介機能の制約となることがないか、しっかりと点検していくことが適当」と付け加えた。従来の「低金利環境が金融機関の経営体力に及ぼす影響は累積的である」といった発言は最近聞かれなくなっており、金融機関への副作用についての発言はトーンダウンしている印象を受ける。7月の政策変更も金融機関収益ではなく国債市場への配慮という建前が前面に打ち出されている。金融機関収益への配慮を示すと、金利上昇観測が過度に高まりかねないことを考慮した結果と考えられる。

自民党総裁選の中で安倍総理が「次の総裁任期のうちに異次元緩和からの出口に向いたい」との主旨の発言を行ったことに対して、総裁は具体的なコメントは差し控えるとしつつ、「あくまでも(物価上昇)2%を達成して、そういった状況にしていく必要がある」との考えを示した。ちなみに、「日銀は2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現すべく金融緩和を行う」と明記されている政府と日本銀行の「共同声明」については、「依然として有効かつ必要である」ため、「見直す必要があるとは思っていない」と発言した。
 
日銀は、副作用緩和のために、今後もさらなる金利変動幅の拡大(実質的な金利上昇許容幅の拡大)に踏み切らざるを得ないと見ているが、7月に導入されたフォワードガイダンスの内容を踏まえると、消費税率引き上げの影響が一巡するまでは新たな対応を見合わせると見込まれる。次回の金利変動幅拡大は2020年度春になる可能性が高いとみている。
短期政策金利の見通し/長期金利誘導目標の見通し
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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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