2018年09月07日

米中貿易戦争の行方-米中貿易摩擦がエスカレート。落し所の見えない貿易戦争による米経済への影響を懸念

基礎研REPORT(冊子版)9月号

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1―米中貿易戦争の背景

トランプ大統領は、18年夏場以降、中国からの輸入品のおよそ半分に相当する額に対して追加関税を賦課する方針を示すなど、米中貿易摩擦は米中貿易戦争の様相を呈している。

中国に対して強硬な通商政策を実施する背景としては、対中貿易赤字の大幅な拡大に加え、知的財産権の侵害や米企業の技術流出など中国による不公正な貿易慣行が問題視されていることがある。
(対中貿易赤字):輸入の大幅な増加を通じて貿易赤字が拡大
対中貿易赤字(財)は、90年の104億ドルから17年は3,756億ドルへ大幅に拡大した[図表1]。また、対中貿易赤字のシェアも同時期に10.3%から47.2%と米貿易赤字全体の半分近くを占めるまでに高まった。
[図表1]米国の財貿易収支(主要相手国別)
輸出入別では、輸入額が90年の152億ドルから17年には5,055億ドルに増加した一方、輸出は同時期に48億ドルから1,299億ドルへの増加に留まっており、主に輸入の増加が貿易赤字拡大の要因となっていることが分かる。

一方、輸入の品目別内訳では、資本財(除く自動車)と消費財(除く食料、自動車)の増加が顕著である[図表2]。また、これらの分野では米輸入額に占める17年のシェアでも、それぞれ54.7%、82.8%に上っており、中国のプレゼンスが非常に高い。
[図表2]中国からの財輸入額(主要品目別)
(不公正な貿易慣行):知的財産権保護などの重要性は政財界の共通認識
米国内では中国の不公正な貿易慣行に対する不満が高まっている。とくに、米企業からの強制的な技術移転や、知的財産権保護の問題では、与野党ともに課題意識が共有されているほか、実業界からも対応を求める声が強い。

実際、USTRは中国による知的財産権の侵害などに伴う経済損失を年間500億ドルと試算しており、米経済への影響が問題視されている。

2―トランプ政権の対中制裁措置と 実体経済への影響

(対中制裁措置):通商法301条に基づく措置が中心
トランプ大統領は、中国を念頭に18年初から太陽光パネルなどに対して緊急輸入制限措置(セーフガード)を発動したほか、安全保障を理由に鉄鋼やアルミ製品に対して追加関税措置を実施してきた。しかしながら、これらの措置は、中国だけに課したものではなかった。

一方、「不公正な貿易慣行に対して輸入制限措置を認める」1974年通商法301条に基づき3月に発動した措置は、中国による技術移転や知的財産権の侵害への対処であることを明確にしており、中国のみが対象となっている。

トランプ大統領の指示を受けてUSTRが作成した18年3月の報告書では、(1)中国企業との合弁会社の設立要件、海外投資の制限、(2)中国政府の差別的な許認可プロセス、を使った米企業からの強制的な技術移転、(3)中国政府による米企業からの大規模な技術移転を目的とした投資や買収の指示・促進、(4)米国のコンピュータネットワークに侵入し、有益なビジネス情報にアクセス等への中国政府による指揮・援助、を認定した。

同報告書を受けて、トランプ大統領は、(1)米経済の損失額と同等の規模の輸入品に対して25%の追加関税賦課、(2)差別的な技術ライセンスについてWTO提訴、(3)米国の機密技術を獲得するための取り組みに対して新たな投資規制の提案、を指示した。

このうち、追加関税措置では、第一弾として7月6日から中国からの輸入品340億ドル相当に対して25%の関税賦課が開始されており、160億ドル相当も8月23日に開始される。また、第二弾として7月に発表された追加の2,000億ドル相当については、当初10%の関税率とされていたものの、25%に引き上げた上で、9月以降に賦課される可能性が高くなっている。

一方、関税対象の製品種類別シェアは、第一弾では資本財や中間財の比重が大きく、米製造業の製造コスト上昇が懸念されていたが、金額が大幅に引き上げられた第二弾では、消費財への比重が高くなっているため、消費への影響が懸念されている[図表3]。
[図表3]通商法301条に基づく関税対象品(製品種類別シェア)
なお、米国によるこれらの関税措置に対して、中国は7月6日に米国と同額相当に対して25%の関税を賦課したほか、160億ドル分についても米国の関税賦課の開始と同時に制裁関税を開始する方針を示している。また2,000億ドルへの対抗措置として、600億ドル相当に対して報復関税を賦課する方針を示している。
(実体経済への影響):現状では影響は限定的と判断も、不透明感が強い
米中貿易戦争に伴う一連の制裁措置が流動的であるため、米中貿易戦争が米実体経済に与える影響について、現段階で評価するのは困難である。

一般的に関税の引き上げは、輸入物価を上昇させ、実質購買力を低下させることで消費に影響する。また、原材料や中間財の価格上昇は、それらを使う製造業の製造コストを引き上げ輸出企業の競争力を喪失させる。いずれも、好調な米国内の雇用に悪影響を及ぼす可能性が高い。

現段階で判明している301条に基づく関税対象額(約2,500億ドル)は、米国の財・サービスを合わせた輸入額の9%弱に相当するため、25%の関税引き上げによって、輸入物価は2.3%程度押上げられることが見込まれる。また、関税賦課額(625億ドル)が米国民の負担増加要因となる。

なお、IMFは2,000億ドル相当に当初発表された10%の関税率が適用される前提で、これまでの関税措置が、今後1年間に米国のGDPを0.2%程度押下げると試算している。このため、25%に関税率が引き上げられる場合にはこれより押下げ幅は拡大するものの、この程度に留まれば、景気後退に陥るリスクは限定的とみられる。

もっとも、今回の関税賦課によるグローバルサプライチェーンへの影響や、企業の設備投資への影響については不明な点が多いため、実体経済への影響を過小評価すべきではないだろう。

また、トランプ大統領による追加制裁措置や、中国からの報復措置が今後もエスカレートする可能性が残っており、その際は米実体経済に深刻な影響を与える可能性がある。

3―今後の見通し

中国からの知的財産権保護などを理由に、トランプ大統領が対中制裁を強化していることについては、米国内で一定の評価を受けている。しかしながら、制裁手段として関税を中心に実施していることについては実業界を中心に反発が強い。

もっとも、最近の世論調査では、関税を引き上げることは「良い事である」との回答割合が、全体では4割程度に留まっているものの、共和党支持者では7割超に上っているため、トランプ大統領が関税方針に自信を深めている可能性は否定できない。

一方、トランプ大統領による通商政策の指示は、極めて場当たり的、衝動的に決定された可能性が高いとみられており、同大統領が最終的に実現したい対中政策の具体像は不明確である。

このため、米中貿易摩擦解消に向けた米中高官協議では、実務担当者間では妥協点を模索する動きがみられるものの、トランプ大統領が納得する落し所を見出すのが難しくなっている。

11月の米中間選挙を控え、関税賦課を中心とした強硬な対中制裁措置は、選挙対策としての位置づけも強く、選挙前に米中交渉が妥結し、これらの措置が緩和される可能性は低い。このため、米中貿易戦争の長期化に伴う、米経済への影響が懸念される。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2018年09月07日「基礎研マンスリー」)

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