2018年08月23日

木を見て森を見ざることなかれ-基本ポートフォリオからの乖離が意味すること

金融研究部 取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長   德島 勝幸

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1――はじめに

一般的な年金運用の手順としては、加入者構成(受給者を含む)の現状及び将来を推計し、必要な利回り等を算出する。次に、今後の環境見通しから主要な資産区分ごとに期待利回りやリスク、各々の相関を想定する。それらを前提にし、効用を最適化することで、中期的な資産配分である基本ポートフォリオを策定する。これはあくまでも中期のタイムホライズンにおいて最適化したものであるから、足元の1年などといった短期間においては、必ずしも市場環境にそぐわない可能性がある。その場合には、短期的な実践ポートフォリオ等を設定し、中期的な最適解とされる基本ポートフォリオからの乖離を所与にして実際の運用を執行することも考えられる。

年金運用の特性としては、中長期的な観点から取組むことから、短期的な環境変化やそれによるパフォーマンスの上下動について一喜一憂しないというタイムホライズンの長期性が指摘できる。この長期性を重視する観点から、短期的なホライズンに基づいた実践ポートフォリオを設定せず、基本ポートフォリオのみを設定する年金も決して少なくない。その場合、リバランスの実施を含む基本ポートフォリオ運営に関しては、細心の注意が求められることになる。短期的な最適の連続を追求することが、必ずしも中長期的な最適の実現を意味しないことには留意しておきたい。
 

2――GPIFに見る基本ポートフォリオの例

2――GPIFに見る基本ポートフォリオの例

世界的に最大規模の資産残高を有するとされる年金は、日本のGPIF(年金資金運用管理積立行政法人)である。本稿では、例として、GPIFの基本ポートフォリオを採り上げる。まず、現在のGPIFの基本ポートフォリオを確認しておきたい。GPIFの基本ポートフォリオは、主要4資産クラスからなっており、国内債券・国内株式・外国債券・外国株式の4つに区分されている。実際の運用局面においては、すべての投資対象が厳密な意味でのこれらの区分に適合しないことも考えられる。

特に、GPIFが不動産やインフラ投資などで手がけはじめているオルタナティブ投資の場合には、国内/海外の区分は必ずしも馴染まない可能性がある。投資対象の内外を問わないグローバル投資を外国と区分することは、何となく居心地が悪く感じる投資家も珍しくない。既に、欧米の年金運用においては、国内/海外の区分は必ずしも意味のあるものとはされておらず、日本の年金においても、企業年金連合会や国民年金基金連合会など基本ポートフォリオのレベルでは、内外区分を廃している例も見られはじめている。GPIFの場合には、個々の投資対象の有する特性に応じて、既存の四つの資産区分に分類して考えるという姿勢を採用しており、一部の機関投資家で見られることのある、既存の資産区分に適合しないことを理由に投資を見送るといった消極的な姿勢にはない。

一方で、実際の資産配分比を見る際には、これら4つの資産区分以外に、短期資産の存在が別書きにされている。各々の資産区分での運用に充てる目的で委託先に付与したにもかかわらず未投資になっている消極的な存在の短期資金ではなく、国内債券区分での自家運用や、4つの資産区分すべてで実施している委託運用に充当されていない短期資金である。年金に限らず、実際の運用に従事した経験がある方なら、運用に際してある程度のキャッシュポジションが存在することは容易に想像できるだろう。それは、運用のための待機資金であるかもしれないし、リバランス等別途の理由で暫時キャッシュに置かれているものかもしれない。円滑な運用のためには、ある程度の短期資金の存在は必要不可欠である。常にキャッシュをまったく持たないように運営することは、事業会社の経営においても非現実であろう。

近年のGPIFの場合には、解散した厚生年金基金からの受入や代行返上等から制度的にキャッシュが積み上がりがちになっている。短期資金を基本ポートフォリオにおける資産区分として設定することも可能であり、後述のように、過去のGPIFや企業年金等で設定例は存在する。しかし、日本銀行による強力な金融緩和の続いている現在の金利環境では、短期資金での期待収益率は低く、他の資産クラスとの相関が低いという投資意義はあるものの、年金運用全体に求められる利回りの獲得には適合しない可能性が高い。
図表1 GPIFの基本ポートフォリオと資産配分
図表1は、現在の中期計画におけるGPIFの基本ポートフォリオであり、各資産区分の乖離許容幅が設定されている。乖離許容幅は、各々の資産クラスに対する基本ポートフォリオでの配分比に応じて設定されている。また、8月3日に公表された2018年6月末現在での実績配分比を基本ポートフォリオ等と対比している。最新の状態では、4つの資産区分への配分は、国内債券を除いて、概ね基本ポートフォリオで定める中心値にある。
 

3――乖離許容幅とリバランス

3――乖離許容幅とリバランス

GPIFの運用計画においては、乖離許容幅と表現されているが、一部の年金などでは許容乖離幅と表現されている例も見られる。乖離の許容される幅なのか、許容される乖離の幅なのか、日本語の意味が大きく異なるものではないと考えられることから、本稿ではGPIFの用いる乖離許容幅と表現する。

一般的な基本ポートフォリオ運営においては、四半期や月末、またはリアルタイムで、基本ポートフォリオで設定した乖離許容幅を超えて配分比が変化した場合、ルールに基づいてリバランスを行う。基本ポートフォリオの構成比を、中長期的に最適な資産配分であると想定したことに基づく適正化である。基本的に配分比が乖離許容幅を超えることは適切でないと発想されており、速やかに修正することが予定されている。例としてGPIFの基本ポートフォリオで表現するならば、国内株式の配分比が、株高等によって34%(中心値24%+乖離許容幅9%)を超えている場合、リバランスを実施することになる。

なお、リバランスを実施する際に、配分比を基本ポートフォリオの中心値にまで戻すのが適切かどうかという議論もあるが、これはリバランスの発生頻度や執行コストとの関係で決められるべきものであり、本稿の主眼とする内容ではない。

リバランスを実施することは、中長期的な最適解として想定する基本ポートフォリオに資産配分を近づける行為であり、リスク管理の一環であると考えることが出来る。したがって、各資産区分の配分比が乖離許容幅に接近しているかどうかのモニタリングは、リスク管理のチェック項目として必要であることは言うまでもない。
 

4――基本ポートフォリオと乖離許容幅の意味

4――基本ポートフォリオと乖離許容幅の意味

ところが、基本ポートフォリオの設定方法によっては、配分比が乖離許容幅に接近した場合に、その意味することが異なるものになる可能性がある。例えば、2006年に策定されたGPIFの基本ポートフォリオは、図表2の通りであった。
図表2 GPIFの基本ポートフォリオ比較
この時代であれば、国内株式への配分比が17%を越える状態になった場合には、乖離許容幅を超過しており、リバランスが実施されることになったはずである。それは、国内株式に対するリスクエクスポージャーが過大になっていたということを意味するからである。また、典型的には、国内株式への配分が乖離許容幅を超えて大きくなっていたならば、他の資産区分への配分が乖離許容幅を超えて下回っていた可能性があるし、「1対多」の組み合わせによって他の資産区分がずれも乖離許容幅内に収まっている状況も発生し得る。

現在のGPIFの基本ポートフォリオ運営においては、基本ポートフォリオが4資産区分で構成されているのに対し、管理されている資産区分は短期資産を含む5区分で行われている。そのため、一つの資産区分の配分比が許容乖離幅の下限を超えている場合には、次の二つのケースが生じている可能性が考えられる。

1)他の資産区分(複数の可能性あり)で配分比が大きくなっている
2)短期資産の配分比が相当大きくなっている

もし配分比が低下しているのが、国内債券区分の場合には、実際のポートフォリオはどういった状況になっていると考えられるだろうか。国内債券区分は、他の三資産区分と異なって、期待利回りが小さいものの、価格変動性という意味でのリスクも小さいものと想定されている。前者のケースの場合には、他の資産のエクスポージャーが大きくなっており、ポートフォリオ全体では価格変動リスクの高まっている可能性がある。つまり、時価で見た資産価値は、変動し易くなっている可能性がある。一方、後者のケースの場合には、収益性が国内債券よりも相対的に低い短期資金への配分が大きくなっているために、ポートフォリオ全体で見た収益性が低下していることになる。ただし、後者の場合は、価格変動リスクも基本ポートフォリオより低下している可能性が高く、市場環境が激変する局面においては、採用を検討する価値があるかもしれない。

このように、一つの資産区分の配分比が、乖離許容幅を超えた時、もしくは、乖離許容幅の限界に接近している時は、その他の資産区分の動向にも眼を向ける必要がある。特に、乖離許容幅の設定されていない資産区分が存在するのであれば、その資産区分の特性や位置付けをも十分に理解しておく必要があるだろう。

もし乖離許容幅の超過が、国内株式と外国債券・外国株式の三つの資産区分の間で生じているならば、いずれも為替の影響を含む価格変動リスクが大きいために、必ずしもポートフォリオ特性は大きく変化していない可能性がある。ところが、国内債券という低リスク低リターンの資産区分で、乖離許容幅に接近たりし超過したりしている場合、また、収益性の低い短期資金への配分が極めて大きくなった場合には、注意する必要があり、そうなった状況の背景を探らなければならない。単純に配分比と乖離許容幅の数値(「木」)を見るだけでなく、背景にあるポートフォリオ全体の収益性とリスクの変化(「森」)に思いを致さなければ、それは単なる数値チェックに留まり、より本質的で重大な問題を見落としてしまっているかもしれないのである。
 
 

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金融研究部   取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長

德島 勝幸 (とくしま かつゆき)

研究・専門分野
債券・クレジット・ALM

(2018年08月23日「基礎研レター」)

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