2018年07月20日

米中貿易戦争の行方-米中貿易摩擦がエスカレート。落し所の見えない貿易戦争による米経済への影響を懸念

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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(通商法301条に基づく措置):関税対象額は今後増加する可能性
今回発動した通商法301条に基づく措置は、中国の技術移転や知的財産権の侵害に対処するためのものである。トランプ大統領は、大統領覚書で17年8月にUSTRに対して調査を命じていたが、前述の報告書は、中国政府が不当に介入していると結論づけた。

同報告書では、中国が(1)中国企業との合弁会社の要件、海外投資の制限、中国政府による審査や許認可プロセスを使って米国企業から技術移転を強制していること、(2)差別的な許認可プロセスを使って、米国企業から中国企業に技術移転を行っていること、(3)大規模な技術移転を発生させる投資や買収を指示、促進していること、(4)米国のコンピュータネットワークに侵入して、有益なビジネス情報にアクセスすることを、指揮または援助していること、を認定した。

同報告書を受けて、トランプ大統領は、(1)航空宇宙、情報・コミュニケーション、機械などの分野を含み、米経済の損失額と同等の規模の輸入品に対して25%の追加関税賦課、(2)差別的な技術ライセンスについてWTO提訴、(3)米国の機密技術を獲得するための取り組みに対して新たな投資規制の提案、を指示した。

同大統領の指示を受けて、3月23日にはWTOに提訴された。また、投資規制については当初中国を特定する形で規制の導入が検討されたものの、財務省が所管し国家安全保障上懸念のある国内資本の買収案件を審査する対米投資委員会(CFIUS)を活用することが決まった。なお、CFIUSは中国だけを対象としていないものの、議会は中国を念頭に審査対象取引の拡大や、審査項目の追加など、審査機能を強化した法案5を近日中に成立させる見通しとなっている6

一方、関税賦課では輸入対象額がトランプ大統領の指示により、二転三転(500億ドル→1,500臆ドル→棚上げ)したものの、現状では6月15日に発表された500億ドル相当に対して25%、7月10日に発表された約2,000億ドル相当に対して10%を賦課する方針が示されている(図表8)。

実際、7月6日から818品目(323億ドル)に対して25%の関税賦課が開始されており、近日中に284品目(141億ドル)も開始される見込みである。また、7月発表分については公聴会などを経て9月以降に関税が賦課される見込みである。

これらの米国による関税措置に対して、中国は7月6日に米国と同額相当に対して25%の関税を賦課したほか、140億ドル分についても米国の関税賦課の開始と同時に制裁関税を開始する方針を示している。一方、現状では2,000億ドルに対応する措置は発表されていない。

なお、トランプ大統領は中国政府が対抗措置をとる場合には、さらに3,000億ドルを課税対象に追加する7としており、今後関税対象額が増加する可能性も否定できない。
(図表8)対中貿易摩擦の経緯(2)
一方、発表された関税対象の製品種類別シェアをみると、米国の6月発表分では資本財や中間財の比重が高い一方、消費財のシェアが低かったことから、米製造業の製造コストの上昇は懸念されたものの、消費への影響を一定程度考慮した結果と認識されていたが、7月発表分では消費財への比重が高くなったため、関税率は25%から10%に低下するものの、消費への影響がより一層懸念される状況となっている(図表9)。

中国による制裁関税では、農産物や輸送機器の比重が高くなっており、大豆などに対する追加関税の影響が米国内農家を中心に懸念されている(図表10)。
(図表9)通商法301条に基づく関税対象品(製品種類別シェア)/(図表10)中国による制裁関税対象(製品種類別シェア)
 
5 「外国投資リスク審査現代化法」(FIRRMA)
6 みずほリポート(18年5月29)「最先端技術の保護強化に動く米国」を参考にしましたhttps://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/insight/us180629.pdf
7 https://www.marketwatch.com/story/trump-threatens-china-with-tariffs-on-more-than-500-billion-of-goods-2018-07-05
(実体経済への影響):現状では実体経済への影響は限定的も、影響評価は困難
米中貿易戦争に伴う実体経済への影響を判断するのは、一連の制裁措置が流動的であることもあって、現段階では困難である。

一般的に関税の引き上げは、輸入物価を上昇させ、実質購買力を低下させることで消費に影響するほか、原材料や中間財の価格上昇は、それらを使う製造業の製造コストを引き上げ輸出企業の競争力を喪失させるとされる。

現段階では、301条に基づく関税対象額(約2,500億ドル)は米国の財・サービスを合わせた輸入額の9%弱に留まっており、25%と10%の加重平均である13%程度の価格上昇では全体の輸入物価の押し上げ幅は1%程度とみられる。

一方、消費に与える影響については、NYタイムズがプリンストン大学のKrill Borusyak氏らの試算を元に、201条、232条の措置と併せて2,000億ドルの追加関税まで実施される場合には、平均的な家計で127ドルの負担増になるとしている8

また、IMFは7月18日のレポート9で同様に2,000億ドルの追加関税まで実施される前提で、米国のGDPは今後1年間で0.2%程度押下げると試算した。このため、物価上昇や消費減速にようる実体経済への影響は限定的と言えよう。

もっとも、今回の関税賦課によるグローバルサプライチェーンへの影響や、企業の設備投資への影響については不明な点が多い。実際、7月18日に発表された地区連銀景況報告10ではすべての地区で製造業者が関税に対する懸念を表明したことが示されており、今後の政策予見可能性の著しい低下と併せて実体経済への影響を過小評価すべきではないだろう。

また、トランプ大統領の追加制裁や中国からの制裁措置次第では、制裁対象額が大幅に引き上げられる可能性があり、今後の動向が注目される。
   

4.今後の見通し

4.今後の見通し

これまでみたように、中国の不公正な貿易慣行に伴う知的財産権の侵害や技術移転の問題などについては、与野党、政財界問わずに問題が共有化されており、米政府として対処することに国内で異論は出難い。一方、トランプ大統領が制裁手段として関税を中心に実施していることについては実業界を中心に反発が強い。

もっとも、ピュー・リサーチ11に拠れば、関税を引き上げることは「良い事である」との回答割が、全体では40%に留まっているものの、党派性が強くなっており、民主党支持者の15%に対し、共和党支持者では73%になっている。このため、世論は中間選挙に向けてトランプ大統領の方針を変更させる要因になっていない。

一方、トランプ大統領による通商政策の指示は、301条の制裁金額のドタバタをみても、熟慮された政策と言うよりは、極めて場当たり的、衝動的に決定された可能性が高いとみられる。このため、対中政策で今後どのような政策方針が示されるのか極めて不透明であり、同大統領が実現したい対中政策の具体像は不明確である。

米中高官協議では米中の実務担当者間で妥協点を模索する動きがみられたものの、トランプ大統領の意向が不透明なため、どこを落し所とするのか見出すのが難しくなっている。
共和党支持者がトランプ大統領の関税方針を支持していることもあり、今後も関税賦課の長期化は避けられず、米実体経済への影響が懸念される。
 
 

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2018年07月20日「Weekly エコノミスト・レター」)

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