2018年07月20日

米中貿易戦争の行方-米中貿易摩擦がエスカレート。落し所の見えない貿易戦争による米経済への影響を懸念

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.はじめに

トランプ大統領は、選挙期間中から中国に対して強硬な通商政策を実施する方針を示していたが、18年夏場以降は中国からの輸入品のおよそ半分に相当する額に対して追加関税を賦課する方針を示すなど、米中貿易摩擦は米中貿易戦争の様相を呈している。

米国が中国に対して強硬な通商政策を実施する背景としては、中国が01年のWTO加盟以以来、対中貿易赤字が大幅に増加したほか、中国による知的財産権の侵害や米企業の技術流出などが問題視されていることがある。

トランプ政権は、春先以降、中国を念頭に置いて太陽光パネルなどに16年ぶりとなるセーフガード措置を発動したほか、安全保障を根拠に鉄鋼、アルミ製品に対する追加関税を実施した。また、知的財産権の侵害や技術移転に対処するため、不公正貿易慣行を理由とする通商法301条を根拠に、中国に対して追加関税、WTO提訴、投資制限などの方針を示している。

本稿では、米中貿易摩擦の背景およびトランプ政権による一連の対中通商政策、とりわけ通商法301条を根拠とする政策について概観するとともに、これら通商政策の評価、今後の通商政策見通しについて論じたい。
 

2.米中貿易摩擦の背景

2.米中貿易摩擦の背景

(対中貿易赤字):01年に中国がWTOに加盟して以来、貿易赤字は大幅増加
米国の財貿易収支は、90年の1,017億ドルから17年には7,957億ドルまで大幅に赤字額が増加した(前掲図表1)。一方、対中貿易赤字の推移をみると、90年の104億ドルから17年は3,756億ドルと全体の貿易赤字額を遥かに上回るペースで増加したことが分かる。実際、貿易赤字に占める対中赤字のシェアは90年の10.3%から17年には47.2%と米貿易赤字の半分近くを占めるまでに高まった。

とくに、対中貿易赤字は00年代以降に増加ペースが加速しているが、これは中国が01年にWTOに加盟した時期と符合しており、米国内でもWTO加盟と対中貿易赤字の拡大を関連させる見方は強い。
(輸出入の内訳):資本財や消費財輸入の増加が顕著。輸出では食料・飲料で存在感
中国向けの輸出入(財)をみると、財輸入が現在の国際収支ベースで遡れる03年の1,530億ドルから17年には5,063億ドルに増加した一方、財輸出は同時期に286億ドルから1,303億ドルへの増加に留まっており、主に輸入の増加が貿易赤字拡大の要因と言える(図表2、3)。

一方、輸出入の品目別内訳をみると、輸入では資本財(除く自動車)と消費財(除く食料、自動車)の増加が顕著となっており、03年から17年までの輸入増加額の8割をこの2品目が占めている。また、これらは全体の輸入額に占めるシェアでも、資本財が03年の14.2%から54.7%に増加したほか、消費財は27.5%から82.8%に増加しており、中国のプレゼンスが顕著に高まっていることが分かる(図表4)。
(図表2)中国からの財輸入額(主要品目別)/(図表3)中国への財輸出額(主要品目別)
同様に輸出をみると、同時期の増加額では資本財(除く自動車)、工業用原材料が大きくなっている。もっとも、輸出シェアでは食料・飲料が03年の8.0%から17年には38.2%と3割近い増加を示しており、この分野での中国の影響力は拡大している(図表4)。
(図表4)中国向け主要品目別輸出入シェア(03年と17年の比較)
(ハイテク製品の輸入増加):知的財産権の侵害や技術移転への危機感を醸成
従前、中国からの輸入品は低付加価値で労働集約的な製品が多いとみなされてきたが、ハイテク製品の輸入は着実に増加している。センサス局は先端技術製品(Advanced Technology Products)として10分野の輸出入額を公表している。

同統計によれば、中国からの同分野の輸入は、03年の294億ドルから17年には1,710億ドルに増加しており、同分野の米輸入全体に占めるシェアも14.2%から36.8%に大幅に増加していることが分かる(図表5)。

とくに、10分野のうち、コンピューターやその周辺機器などを含む情報・コミュニケーションが中国からの輸入の9割程度を占めるほか、輸入シェアは60.0%に達しており、輸入シェアの増加も一番顕著となっている。
(図表5)先端技術製品の対中輸入額
(不公正な貿易慣行):不公正な貿易慣行への対応の必要性は与野党で共通認識
対中貿易赤字が拡大する以外にも、米国内では中国の不公正な貿易慣行についての不満が高まっている。具体的には、中国がWTOの義務を履行していないことや、米国の知的財産権の侵害、中国企業を保護するための産業政策、貿易や海外企業の投資に対する広範な規制、貿易規則・規制に関する透明性の欠如、過剰設備を生じさせる歪んだ経済政策などである。
(図表6)米国がWTOに提訴している相手国・地域 実際、米国がWTOに提訴している国別の件数では中国が22件で1番多い国となっている(図表6)。

また、「米国の知的財産の盗難に関する委員会」による13年の調査1では、知的財産権の侵害に伴う経済損失が年間3,000億ドルに達しており、この内、50%から80%が中国によるものだとしている。さらに、USTRが18年3月に通商法301条に基づく追加関税対象品目を発表2した際には、米企業の技術や知的財産を強制的に中国企業に移転する中国の政策による米国経済の損失額を年間500億ドルと試算した。

一方、中国の不公正な貿易慣行の是正については、16年の選挙に向けた共和党、民主党ともに政策綱領で言及されており、与野党共通の認識となっている。また、経済団体のビジネス・ラウンドテーブル3なども中国の不公正な貿易慣行が多くの企業の競争を阻害しているとしており、政界、財界ともに中国の不公正な貿易慣行への対応の必要性はコンセンサスとなっている。  

3.トランプ政権による対中政策の概要と経済への影響

3.トランプ政権による対中政策の概要と経済への影響

(対中通商政策):18年入り後、制裁措置発動の動きが本格化
トランプ大統領は、選挙期間中から一貫して中国に対して強硬な通商政策を主張してきたが、18年入り後は、「輸入急増により国内産業が深刻な被害を受けた場合の措置として緊急輸入制限(セーフガード)を認める」1974年通商法201条に基づき、太陽光パネルなどに16年ぶりとなるセーフガード措置を発動したほか、「輸入が国家の安全保障を脅かすおそれがある場合に輸入制限措置を認める」1962年通商拡大法232条(国防条項)に基づき、鉄鋼製品に25%、アルミ製品に10%の追加関税を賦課する方針を決定した(後掲図表7)。

もっとも、これらの制裁措置は中国を念頭においているものの、中国だけに課したものではなかった。また、制裁対象となった輸入額は、中国以外も含めて太陽光パネルが85億ドル、鉄鋼製品が102億ドル、アルミ製品が77億ドル4と中国からの財輸入合計5,000億ドルに比べて、金額は限定的であった。

しかしながら、「不公正な貿易慣行に対して輸入制限措置を認める」1974年通商法301条に基づき、18年3月に発動した措置では中国のみが対象となるほか、本稿執筆時点(7月20日)では追加関税の輸入対象額が2,500億ドルと中国からの輸入額の半分に相当しており、米中貿易摩擦は米中貿易戦争の様相を呈している。
(図表7)対中貿易摩擦の経緯(1)
 
4 このうち、鉄鋼製品やアルミ製品では一部の国が適用除外となっているため、実際に関税賦課額はこれより小額である。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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