2018年07月13日

設備投資の回復は本物か

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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●設備投資の回復は本物か

(短観の設備投資計画は過去最高の伸び)
日銀短観2018年6月調査では、大企業・製造業の業況判断DIが2期連続で悪化するなど、2018年入り後の景気の回復ペース鈍化を示すものとなる一方、設備投資計画の強さが目立った。
図表1 設備投資計画は6月調査としては過去最高の伸び 2018年度の設備投資計画(含む土地投資額、除くソフトウェア投資額、研究開発投資額)は前年度比7.9%となり、6月調査としては1983年度以降で最高の伸びとなった。さらに、生産用機械(前年度比29.6%)、自動車(同15.0%)、運輸・郵便(同14.7%)、対事業所サービス(同21.8%)など、31業種中16業種が前年度比二桁の大幅増額計画となった。6月調査で過半数の業種が二桁増額計画となるのは初めてのこととなる(図表1)。
設備投資回復の背景に好調な企業収益があることは言うまでもないが、それに加えてオリンピック関連投資、人手不足に伴う省力化投資が設備投資の押し上げ要因となっている。
図表2 今回の景気回復局面では建設投資が強い 通常の景気回復局面では、工場の稼働率上昇などに伴い機械投資が活発化し設備投資の牽引役となることが多いが、今回は建設投資の伸びが機械投資の伸びを大きく上回っている。1990年以降の景気回復局面と比較すると、機械投資の一致指標である「資本財総供給」は弱めの動きとなっているが、建設投資の一致指標である「建設工事出来高(民間非居住)」は最も高い伸びとなっている。景気の谷(2012年10-12月期)から直近(2018年1-3月期)までの伸び(年平均)は、資本財総供給の3.3%に対して、建設工事出来高(民間非居住)は6.5%である(図表2)。オリンピック関連施設の整備に加え、インバウンド需要拡大を受けたホテルの新築・増改築、都心の再開発などが建設投資の押し上げに寄与していると考えられる。
図表3 ソフトウェア投資額の推移 また、人手不足に対応した省力化投資の一部は、人手不足感の強い業種のソフトウェア投資額が大幅に増加していることに表れている。たとえば、雇用人員判断DIが▲62(2018年6月調査)と人手不足感が最も強い宿泊・飲食サービスのソフトウェア投資額は2013年度から2017年度までの5年間で60%以上増えた後、2018年度計画は前年度比52.1%の大幅増額計画となっている。小売(前年度比13.9%)、対事業所サービス(同26.2%)、対個人サービス(同64.6%)など、人手不足感がより強い非製造業でソフトウェア投資を大幅に増やす業種が目立っている(図表3)。
(企業の投資スタンスは変わったのか)
今回の景気回復局面では、企業収益の大幅増加と比べて設備投資の回復ペースは緩やかにとどまってきた。日銀短観2018年6月調査では、2018年度の経常利益計画が前年度比▲5.1%(全規模・全産業)の減益計画となるなかで、設備投資計画が強い結果となったことから、企業の設備投資意欲が高まっているとの見方がある。
図表4 経常利益と設備投資の関係 しかし、例年6月調査では経常利益計画が慎重なものとなるため、設備投資計画が相対的に強く見える傾向があることには注意が必要だ。当年度の経常利益計画が減益、設備投資計画が増加となるのは2014年度から5年連続である。経常利益、設備投資ともにその後上方修正される傾向があるが、近年は経常利益計画の上方修正幅が大きいため、実績ベースでは設備投資の伸びが経常利益の伸びを下回ることがほとんどだ。2013年度から2017年度までの5年間のうち、実績ベースで設備投資が経常利益の伸びを上回ったのは2015年度だけである(図表4)。
ここで、日銀短観を用いて「設備投資/経常利益」比率を計算すると、1980年代から2000年代初め頃までは100%を上回って推移しており、1990年代前半には200%を上回る水準まで上昇した。バブル崩壊後は過剰設備解消のために企業は長期にわたり設備投資の抑制を続けたため低下傾向が続き、2004年度に100%を下回った。その後、リーマンショックによる経常利益の急速な落ち込みによって、「設備投資/経常利益」比率は一時的に100%を上回ったが、2010年度以降は再び100%を下回って推移している。
図表5 「設備投資/経常利益」比率は低水準 近年は設備投資が堅調に推移しているが、経常利益に対する比率は低下傾向が続き、2017年度には64.0%と過去最低水準を更新した。6月調査時点の2018年度計画は強めに見えるが、これも2017年度の経常利益が前年度比12.0%の二桁増益となったことで、経常利益の水準が上がったことが大きく、6月調査ベースの「設備投資/経常利益」比率で比較すれば、2018年度は72.7%と2017年度の73.8%を下回り、過去最低水準を更新している(図表5)。
設備投資の回復は、あくまでも企業収益の大幅な増加に伴う潤沢なキャッシュフローを主因としたもので、企業の設備投資スタンスが必ずしも積極化している訳ではないと考えられる。

2018年度の経常利益は、原材料費や人件費などのコスト増によって、2017年度の二桁増益から伸びが大きく鈍化する公算が大きい。米中貿易戦争の激化による世界貿易の停滞が、輸出や企業収益の下振れにつながるリスクも高まっている。経常利益に対する設備投資の比率が変わらなければ、企業収益の低迷に連動する形で設備投資も減速するだろう。

企業の投資スタンスが慎重であることは、法人企業統計からも読み取ることができる。法人企業統計の「設備投資/キャッシュフロー」比率は2010年度以降、50%台の低水準で推移しており、2017年度は56.8%と2016年度の57.3%から若干低下した。
図表6 設備投資/キャッシュフロー比率と期待成長率の関係 「設備投資/キャッシュフロー」比率は企業の期待成長率との連動性が高い。内閣府の「企業行動に関するアンケート調査(2017年度)」によれば、今後5年間の実質経済成長率の見通し(いわゆる期待成長率)は1.1%と前年度の1.0%からは若干改善したものの、依然として低水準にある。また、業界需要の実質成長率見通し(今後5年間)も2017年度調査で1.1%と低い(図表6)。企業の期待成長率が高まらなければ、キャッシュフローに対する設備投資の水準を大きく引き上げることはないだろう。
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経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

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