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- 産業革新機構のこれから~ベンチャー・エコシステムを育てる重責を担う~
2018年07月10日
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1――はじめに
「今日もクジラが泳いでいるという噂ですよ。」という言葉が、上場株式市場の関係者でよく交わされた。
上場株式の世界で、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のような大きな「公的マネー」は、「クジラ」と呼ばれている。GPIFだけでなく、国家公務員共済組合連合会等の共済、ゆうちょ銀行やかんぽ生命まで含めて「クジラ」と呼ばれるようになった。その運用金額の大きさからなる存在感ゆえ、「クジラ」の売買動向は市場関係者の間で大きな話題となる。
上場株式市場と比べて、遥かに規模の小さい非上場株式のベンチャー投資の世界。その小さな海の中で、「クジラ」級の大きな存在感を放つ主体がいる。公的資金を主な原資とする官民ファンド、株式会社産業革新機構だ。
上場株式の世界で、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のような大きな「公的マネー」は、「クジラ」と呼ばれている。GPIFだけでなく、国家公務員共済組合連合会等の共済、ゆうちょ銀行やかんぽ生命まで含めて「クジラ」と呼ばれるようになった。その運用金額の大きさからなる存在感ゆえ、「クジラ」の売買動向は市場関係者の間で大きな話題となる。
上場株式市場と比べて、遥かに規模の小さい非上場株式のベンチャー投資の世界。その小さな海の中で、「クジラ」級の大きな存在感を放つ主体がいる。公的資金を主な原資とする官民ファンド、株式会社産業革新機構だ。

3――産業革新機構以外の官民ファンド

また、官民イノベーションプログラムの一環で設立された国立大学VC。政府出資を原資とし、民間金融機関等からも出資を受けて、各国立大学VCにファンドが組成された。「大学の知」を事業化させるべく、大学発ベンチャー創出・育成に取組んでいる。各VCの1号ファンドの総額は600億円超、一定のボリューム感だ。
産業革新機構だけでなく、上記のようないくつかの官民ファンドが日本のベンチャー支援を行っている。
4――なぜ産業革新機構によるベンチャー支援が必要とされているのか
なぜ、産業革新機構がベンチャー投資を推進するのか。なぜ、政府出資、つまりは国のお金が使われる官民ファンドが、ここまでベンチャーに投資をする必要があるのか。そこには、政府の強い危機感が背景にある。

米中を中心に、革新的なベンチャーが次々と生まれ、そこに多くの資金が流入している。また、新興国の政府系マネー、ソブリン・ウェルス・ファンドが自国産業の育成・新興等の観点で投資を活発化させている現状も指摘されている。一方日本は、起業にチャレンジする人が海外と比べて少なく、ベンチャー投資額も圧倒的に少ない(図表10)。米中ではユニコーンと呼ばれる巨大ベンチャーが次々と登場し、巨額の資金調達をして世界展開を進める中、日本にユニコーンは殆ど存在しない。起業家、リスクマネー、実力あるベンチャーキャピタリスト、グローバルを目指す視点、これらをもっと増やし高めていかねば、世界との差はどんどん広がっていく。その政府の危機感に対する策の1つが、産業革新機構を始めとした官民ファンドによるリスクマネー供給なのだ。
5――産業革新機構のこれから
日本の成長戦略の一翼を担う産業革新機構。有識者による研究会において、産業革新機構の見直しについて議論が交わされ、2018年5月16日には「産業競争力強化法等の一部を改正する法律」が成立。この中で、産業革新機構の組織・運営の見直しが織り込まれた。投資機能強化を図るべく、産業革新「投資」機構と名称を変更。そして、政府が投資基準を策定し、Society5.0の実現といった第四次産業革命の社会実装等にミッションを明確化する。IT関係のアーリーステージについては民間VCの投資が活発化しつつあること等を踏まえ、民間VCだけでは難しい分野・テーマに今まで以上にフォーカスする。また、事後評価と成果主義を徹底する等、投資に適した「ガバナンス」体制を実現していく。そして、残り約7年と終期が迫り、時間のかかる研究開発型ベンチャー等の投資・育成には期間が足りなくなってきた状況を鑑み、機構の存続期間を見直しする。新たに15年程度の終期(2034年3月末まで)で、新しいファンドを立ち上げ、引き続き長期・大規模なリスクマネー供給が出来るようにする。なお、見通しが厳しくなったベンチャーを延々と延命させるようなことがないよう、規律維持のために「現行の投資案件」の終期は2025年3月末までと変更しないこととされた。また、他の官民ファンドの株式を保有できるようにし、安倍政権発足以降、政策目的ごとに設立が続いてきた様々な官民ファンドの再編も視野に入れた措置となった。

メルカリ(フリーマーケットアプリ)のような大ホームランが出た中、比較的事業立ち上げまでのスピードが速いIT分野の方が、経済合理的だと判断され、民間資金が集まりやすい一面もあろう。そのような中、敢えて、事業化のハードルが高く、時間と資金がかかる分野・テーマに挑むという、難しい使命を負う。そして、民業圧迫を過度に意識しすぎて、民間VCとの利害が相反する局面(例えば、支援候補先の既存株主である民間VCにとっては、同じ金額であれば、低い株価よりも高い株価で産業革新機構が出資してくれた方が、自らの出資割合が薄まらずに有利となる)で、投資の目線や判断が甘くなってもいけない。また、ベンチャー投資を本格化して以降の投資先の成否も今後少しずつ見え始め、新たな課題が見えてくるかもしれない。注目度が高まる中、一層高い水準での規律や開示を求める声も高まっていくだろう。まだまだ長い道のり、難しい舵取りに取組んでいる状況だ。
7月に入り、新経営陣の体制が明らかとなり、新しいスタートを切る産業革新機構。日本のベンチャー・エコシステム全体を育てていく重責を担うその取組みに、今後も注目していきたい。
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2018年07月10日「基礎研レター」)
中村 洋介
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