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海外や日本におけるクラウドワーカーの現状や課題-新しいワーキングプアや貧困・格差の拡大を防ぐ対策の実施を

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中
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1――はじめに
一般的な労働関係の場合、決まった労働時間に働き、その対価で賃金や有給休暇、そして公的社会保険制度や法定外福利厚生制度が提供される。しかしながら、仕事の継続性がなく、定期的に仕事をする義務がないギグワーカーやクラウドワーカーには既存の労働者に提供される上記のような制度が適用されず、収入などが安定していないケースが多い。ある意味では不安定労働(precarious work)だとも言える。
日本では今後同一労働同一賃金が推進されることにより非正規労働者の処遇水準は今より改善されることが予想されるものの、増加するクラウドワーカーに対する対策はまだ行われていない。労働基準法などが適用されず法的に保護されない彼らをこのまま放置しておくと、新しいワーキングプアが生まれ、貧困や格差がより拡大する恐れがある。
本稿ではまず、統一されていないクラウドワーカーと関連した用語の定義や由来を説明してから、アメリカやヨーロッパ、そして韓国や日本におけるクラウドワーカーの現状や課題を論じる。
2――用語の定義や由来
では、上記に挙げられたそれぞれの言葉はどういう意味を持っており、どこから由来しただろうか。まず、昔からよく使われており、最もなじみのある言葉であるフリーランスから見てみよう。
日本フリーランス協会では、フリーランスを「個人事業主または個人企業として業務を請負う就業形態の一般総称」として定義している。また、大辞林には「フリーランサー、一定の会社・組織に属していない自由契約のジャーナリスト・作家や俳優など」と書かれており、最近はスマートフォンやタブレットPCなどの普及により、インターネット上のプラットフォームを利用して仕事を探しているケースが増加している。彼らの多くはオフィスに代わるサードプレイス(第 3 の場所)、つまりスターバックスやマクドナルドなどを働く場所にしているなど、場所に拘らず働くケースが多い。フリーランスの語源は中世に遡る。中世ヨーロッパでは戦争をする際に、傭兵を使うことが一般的であり、従卒として歩兵や弓兵を持っている槍騎兵 (lancer)と契約を結んで戦争を行った。 ダニエル・ピンク(2014)では「当時の傭兵たちは、報酬が納得できて、戦いに意義を感じることができれば、どの君主の旗の下でも戦った。このシステムがイングランドに伝わると、傭兵は「フリーランス(自由な槍)」と呼ばれるようになった。忠誠心や主従関係から自由な騎士という意味である。お呼びがかかれば、槍を持ってどこへでも飛んでいく、というわけだ。」と記述されている。
次は、ギグ・エコノミー(Gig Economy)を見てみよう。ギグ(Gig)とは、そもそも1920年代におけるアメリカのジャズなどのライブ・ハウスで、即席でその場限りの演奏者を求めて一緒に共演することを意味する言葉であり、最近は「単発の仕事や日雇い」を意味する言葉としても使われている。つまり、ギグ・エコノミーとは、インターネットのプラットフォームを通じて単発の仕事を依頼したり請け負ったりする働き方の経済形態を意味する。Sara Horowitzは2011年9月にThe Atlanticに掲載された記事の中で、「フリーランスの増加は我らの時代の産業革命(The Freelance Surge Is the Industrial Revolution of Our Time)」2と表現するなど、フリーランスが働く社会やギグ・エコノミーの浮上を革命に例えた。また、ギグ・エコノミーは2015年12月にフィナンシャルタイムズが選定した「今年の新語」3目録に含まれることにより、世間の注目を浴びるようになった。
一方、クラウドワーカーは、クラウドワーク(Crowd Work)を実際に行う労働者であり、ここでクラウドワークとは、群衆、集団、グループを意味する「クラウド」と労働を意味する「ワーク」を組み合わせた言葉で、直訳すると「集団(群衆)労働」という意味になる。集団(群衆)労働というと地上の工場や作業場で多数の労働者が一緒に働くことを思いつくものの、実際にクラウドワークは、地上ではなく、インターネット上を主に利用するという点で集団(群衆)労働と差別化される。つまり、クラウドワークとは、ある仕事を任せたい人がインターネット上のプラットフォームを使って、その仕事を担当してくれる人を募集し、それを見つけた人が応募するという形で取引が成立する仕事であり、仕事の委託や報酬の支払いもネット上で済まされる。クラウドワークは、クラウドファンディングが不特定多数の人からインターネットを経由してお金を集めているように、プラットフォームを使って不特定多数の労働力を集める。
本稿では用語の違いによる混沌を避けるために、インターネットのプラットフォームを通じて単発の仕事を依頼したり請け負ったりする働き方を「クラウドワーク」に統一して説明したい。
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2 Sara Horowitz.,2011 The Freelance Surge Is the Industrial Revolution of Our Time Atlantic [online],Sep 1,2011 Available at:https://www.theatlantic.com/ business/archive/2011/09/the-freelance-
surge-is-the-industrial-revolution-of-our-time/244229/
3 Leslie Hook.,2015, Year in a word: Gig economy, Financial Times [online]. Dec 29, 2015 Available at:https://www.ft.com/content/b5a2b122-a41b-11e5-8218-6b8ff73aae15
3――海外におけるクラウドワーカーの現状
アメリカの場合は、フリーランスに関する調査を利用してクラウドワーカーの現状を推測するしかない。つまり、過去とは異なり、最近のフリーランスはインターネット上のプラットフォームを利用して仕事を探しているので、フリーランスの現状を見れば、ある程度クラウドワーカーの実態が推測できると考えられる。アメリカの非営利組織であるFreelancers Unionとクラウドソーシングサービスを運営しているUpworkによる調査「Freelancing in America: 2016」によると、2016年時点のアメリカのフリーランス人口は5,500万人にのぼり、働く人の35%がフリーランスという働き方で労働市場に参加しており、2014年の調査と比べて200万人も増加した。また、調査では2020年には働く人の約50%がフリーランスとして働くと予想している。
ヨーロッパの場合、ハートフォードシャー大学のUrsula HuwsやSimon Joyceが2016年2月に実施したインターネット調査の結果からイギリス、ドイツ、スウェーデンにおけるクラウドワーカーの現状を確認することができる(図表1、図表2)。
まず、16~75歳の成人2,238人を対象に行われたイギリスの調査では、回答者の11%が現在クラウドワーカーとして働いていると答えた。年齢階層別のクラウドワーカーの構成比は、25~34歳が全体の 30%を占めて最も高く、次は35~44歳(22%)、16~24歳(21%)、55~75歳(16%)、45~54歳(12%)の順であった。また、男女別の構成比は女性が54%で男性の46%を上回った。クラウドワーカーとして働いている人が増加しているせいなのか、最近イギリスでは自営業者の割合が増加傾向にある。イギリスにおける自営業者の割合は1989年に15.9%とピークに達してから減少し続け、2001年には12.2%まで低下したものの、その後は再び増加傾向が目立っている。2015年におけるイギリスの就業者に占める自営業者の割合は14.9%で、これは50年前の1965年の6.7%に比べて2倍も増加した数値である。
イギリスにおけるクラウドワーカーの年間収入は、5万5千ポンド以上は7%に過ぎず、42%が2万ポンド未満であった。つまり、クラウドワーカーの多くがイギリスの雇用者の平均年収27,271ポンドを下回っていた。クラウドワーカーの場合、業務にかかわる費用をすべて自費で負担していることを考慮すると、手取りの所得水準は上記の金額を下回る可能性が高い。さらに、問題は、クラウドワーカーで働く人の81%が一家の大黒柱であると答えたことである。実際、イギリスのGMB(全国都市一般労組)の調査では、ロンドンで最も評価や所得水準が高いウーバーのドライバーさえ、費用を除いた1時間当たりの収入は5.68ポンドに過ぎないと報告している5。これは2016年4月時点のイギリスの最低賃金7.20ポンド6を大きく下回る水準である。
次はスウェーデンの調査結果を見てみよう。スウェーデンでは16~65歳の成人2,146人を対象に調査が行われており、回答者の12%が現在クラウドワーカーとして働いていると答えており、イギリスと大きな差を見せていない。年齢階層別のクラウドワーカーの構成比は、25~34歳が全体の 29%を占めて最も高く、次は16~24歳(28%)、35~44歳(18%)、45~54歳(15%)、55~65歳(10%)の順であった。スウェーデンにおける34歳以下のクラウドワーカーの割合は57%で、イギリス(51%)やドイツ(48%)を上回っている。クラウドワーカーの所得水準は、30万クローナ未満が53%で最も多く、次は30万クローナ以上~49万クローナ未満(34%)、50万クローナ以上~70万クローナ未満(10%)、70万クローナ以上~80万クローナ未満(2%)、80万クローナ以上(2%)の順であり、所得水準が45万クローナ未満の人の割合が全クラウドワーカーの87%を占めた。年収45万クローナは、スウェーデンの雇用者の平均年収37.7万クローナを上回っているものの、問題は年収から社会保険料や税金、そして業務にかかわる費用をすべて自費で負担しなければならないことである。スウェーデンの国民負担率(対国民所得比)が72014年時点で56.0%であることを考慮すると、スウェーデンにおけるクラウドワーカーの所得水準も高いとは言えないのが現状である。
最後に16~70歳の成人2,180人を対象に実施したドイツの調査では、回答者の14%が現在クラウドワーカーとして働いていると答えた。年齢階層別のクラウドワーカーの構成比は、25~34歳が全体の 28%を占めて最も高く、次は16~24歳(20%)、45~54歳(19%)、35~44歳(17%)、55~70歳(17%)の順でイギリスと大きな差を見せなかった。また、男女別には男性に比べて女性のクラウドワーカーの割合が高かったイギリスとは異なり、クラウドワーカーとして働いている人の割合は男性が16%で女性の12%を上回った。クラウドワーカーの所得水準は、18,001ユーロ以上~36,000ユーロ以下が46%で最も多く、次は18,000ユーロ以下(40%)、36,001ユーロ以上~60,000ユーロ以下(11%)、60,001ユーロ以上(3%)の順であり、所得水準が36,000ユーロ以下の人の割合は8割を超えていた。ドイツの労働者の平均年収47,748ユーロと比べると、ドイツにおいてもクラウドワーカーの所得水準が低いことがうかがえる8。
韓国統計庁の「経済活動人口調査(勤労形態別付加調査)」によると、2016年8月時点の特殊形態勤労従事者は49.4万人であると把握された。これは全労働者(1,962.7万人)の2.5%に過ぎない数値で、上記の諸外国の結果と比べてもその規模がかなり小さいことが分かる。このように特殊形態勤労従事者の規模が小さく推計された理由としては、「本人は特殊形態勤労従事者であるか?」という質問項目の対象者が労働者に限定されている点を挙げられる。そこで、国家人権委員会は2015年に特殊形態勤労従事者の現状をより正確に把握するための委託調査を行った。その調査結果では、2014年時点の韓国における特殊形態勤労従事者の数は約230万人であると推計されている。これは全就業者の約8.9%に当たる数値であり、統計庁の調査結果を大きく上回る数値である。しかしながら、この調査でも韓国におけるクラウドワーカーがすべて把握されたわけではない。そこで、今後アメリカや日本のようにより幅広い基準を適用した場合、韓国におけるクラウドワーカーの規模は上記の二つの調査を大きく上回ると考えられる。
4 例えば、イギリスの国家統計局 (Office for National Statistics、ONS)が発表している公式統計にはクラウドワーカーと関連した細部項目がまったく含まれていない。
5 GMB Newsroom, “New Uber Drivers Pay Down By £1 Per Hour” (November 24,2015)
6 Jeremias Prassl(2017)「イギリスにおけるクラウードワーカーの社会経済的状況と法的地位」『国際労働ブリーフ』2016年9月号
7 財務省ホームページ「国民負担率(対国民所得比)の内訳の国際比較(日米英独仏瑞)」
8 各国の平均年収は総務所統計局の「世界の統計2017」を参照した。
(2018年07月03日「ニッセイ基礎研所報」)

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
金 明中 (きむ みょんじゅん)
研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計
03-3512-1825
- プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職
・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師
・2019年 労働政策研究会議準備委員会準備委員
東アジア経済経営学会理事
・2021年 第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員
【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)
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