2018年03月30日

仮想通貨と経済~ビットコインを中心として~

櫨(はじ) 浩一

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2|仮想通貨の信用創造の可能性
ここまでの議論では仮想通貨の貸し借りが行なわれる可能性は考慮してこなかった。ビットコインの送金や発行を行なっているシステムには貸し借りをするという仕組みはないが、仮想通貨を使って企業や消費者が決済を行うようになれば、手持ちの仮想通貨だけでは支払額に足りない場合に一時的に借り入れて賄うという需要が高まる。また、多額の仮想通貨を保有していて当面利用する予定のない人は、これを使って利益を得たいと考え、仮想通貨の貸し借りが活発に行われるようになるはずだ。

円やドルを発行している中央銀行は、直接企業や消費者に通貨の貸付を行なったり、企業や消費者から資金の預け入れを受け付けたりはしていない。しかし、中央銀行が供給した通貨を元に金融機関が企業や消費者との間で、資金の貸付や預貯金の預け入れを受けている。これと同じように、仮想通貨の発行・送金システム自体が金融を行なわなくても、その周辺で事業を行なっている事業者が仮想通貨の金融事業を行なうようになるだろう。政府が仮想通貨を使った「金融」を禁止することはできるが、この場合には仮想通貨で取引を決済するためには、必要な仮想通貨を予め用意することが必要で、仮想通貨の利用者にとっては極めて不便だ。円やドルといった我々が日常使っている通貨と同じ様に利用できるために、仮想通貨でも預け入れて・貸し出すという仕組みが発展するはずだ。

実際に、コインチェックのWebには「Coincheck貸仮想通貨サービス」が紹介されており、仮想通貨保有者とコインチェック社が消費貸借契約を結ぶことで、仮想通貨を同社に貸し付けて利用料を仮想通貨で受取ることができるサービスが謳われている(注7)。法的な位置づけはともかく、経済的な効果は円やドルを預金するのと同等である。銀行が行なっているのと類似の仮想通貨の金融が既に小規模だが行われていると見るべきだろう。

歴史的には政府が金融機関の事業を監督・規制するようになる、はるか前から資金の預け入れと貸出は行なわれていた。中央銀行が無かった時代には各国で金融危機が繰り返し発生したため、中央銀行が生まれて最後の貸し手として銀行システムを安定させることになっていった。中央銀行のない仮想通貨のシステムで仮想通貨の貸し借りが大規模に行なわれるようになれば、金融危機が繰り返されることになる恐れが大きい。
3|仮想通貨の流通量のコントロール
仮想通貨の金融が行なわれるようになれば、仮にいずれかの仮想通貨が取引需要を独占するようになった場合を考えても、その仮想通貨の直接的な発行量をコントロールするだけでは、経済全体で利用される仮想通貨の量をコントロールできず、仮想通貨の価値が安定的なものにならない恐れがある。ビットコインの発行量がシステムによって完全にコントロールされていても、実際に取引に利用できるビットコインははるかに多く、量が不安定だということが起こる可能性が高い。

円やドルなどの通貨では、中央銀行が発行しているお金は経済全体のなかにあるお金の一部分に過ぎない。例えば円の場合には、日銀が発行しているお金(マネタリーベース)は480兆円程度だが、企業や家計が保有しているお金(経済活動に関連が強いマネーストックのM2という定義)は990兆円程度もある。異次元金融緩和のためにマネタリーベースとマネーストックの比は、現在は2倍程度にまで低下しているが、1990年頃までは10倍以上あるのが普通だった。日本経済で利用されているお金の多くは、日銀が発行したお金を元に銀行が融資を行なうという信用創造によって作り出されたものだ。中央銀行が発行したお金(マネタリーベース)と実際に経済の中で利用されているお金(マネーストック)との比率は、信用乗数(貨幣乗数)と呼ばれるが、この比率は一定ではなく、企業や金融機関が先行きに対して楽観的になると大きくなり、取引に不安を抱くようになると収縮する傾向がある。中央銀行は企業や金融機関の行動を見ながら経済に出回るお金が不必要に多すぎず、経済活動を行なう上で不足することもない、適度な水準となるように調節を行なっている。
マネーと名目GDPの関係 ビットコインの供給量が計画された速度で増えて行くというのは、日銀が発行するお金(マネタリーベース、ハイパワードマネー)に相当する部分を計画的に増やしていくというだけの話であり、それだけでは日本経済に出回るマネーストックの伸びをコントロールしているわけではないことになる。

国によって管理されない通貨という発想は、中央銀行や政府に対する不信に根差している。確かに、昔から通貨は適切に管理されてきたとは言い難い。しかし、中央政府・中央銀行を排除して、機械的な仕組みで通貨供給量を管理したり、金本位制のように実物資産と結びつけたりすれば著しいインフレを招くことなく通貨価値を守ることはできるが、そのために経済活動を行なうために必要なお金が不足するということが起こりやすく、経済が不安定になることは避けられない。

ボーナスの支払いや年越しの費用のために年末には日銀券の発行残高が大きく増えるといったように、季節的にもお金に対する需要は大きく変動する。また、民間の金融機関による資金供給意欲も先行きに対する楽観・悲観によって大きく変動してきた。何もしなければ金利や通貨価値が大きく変動し、経済活動にも大きな影響を与えてしまう。中央銀行の制度はこうした問題に対処するために長い年月をかけてできあがってきたものだ。中央銀行のない仮想通貨のシステムでは、信用の膨張や収縮でインフレやデフレが起こったり信用危機が起こったりすることや、資金需要の変動によって通貨価値が変動したりすることを防げないだろう。
 

3――仮想通貨と経済

3――仮想通貨と経済

1|国際的利用の影響
仮想通貨が多くの国で使われるようになった場合には、各国の経済政策の自由度が失われてしまう可能性が高い。

円とドルといった通貨が、相対的に割安か割高かを考える上で目安となる考え方に購買力平価がある。為替レートには様々な要因が働いているが、購買力平価から大きく乖離すれば、貿易・サービス収支が大幅な不均衡に陥るので、特別な要因がなければ長期に続くことは考え難い。貨幣数量説同様に短期的には成り立っていないが、長期的にみれば緩やかな形で成り立っていると考えられている。各国の物価上昇率は異なっているのが普通だが、それぞれの国が異なる通貨を利用していれば、物価上昇率の違いは為替レートが動くことで調整されて、長期間をみれば概ね購買力平価に沿った動きとなると考えられる。
ユーロ圏の物価格差拡大 一方、多くの国で同じ通貨を利用して行くためには、この国々の物価上昇率が同じでないと様々な問題が起きる。例えば、それまで各国が使っていた通貨が統合されてユーロが誕生したが、発足時の1999年の各国の物価水準が同じであったと仮定しても、その後各国の物価上昇率が同じではなかったために各国の物価水準には大きな差が生まれてしまった。政府債務問題が顕在化した2010年頃には物価上昇率が低かったドイツと、上昇率が高かったギリシャやスペインなどとの間では、物価水準に少なくとも2~3割の差が生じていたとみられる。単純化のためにユーロ圏外との取引が無い場合を考えれば、物価水準が高くなったギリシャやスペインは経常収支が赤字となり、物価水準の低いドイツは経常収支が黒字となる。何もしなければ経常収支が赤字のギリシャやスペインでは海外への支払のために国内にあるユーロが減って行き、経常収支が黒字のドイツ国内にあるユーロが増えていってしまう。
ユーロ圏の金融危機は欧州の政府債務問題という形で顕在化したが、これは物価水準の差で生まれたドイツなどからギリシャやスペインなどへのユーロの流出を、ギリシャやスペインが国債を発行して資金を借りることで相殺していたからだ。しばらくの間は問題が顕在化しなかった理由は、ユーロが誕生した後、ユーロ圏各国の国債金利は差が縮小していたので、経常収支赤字国であったギリシャやスペインが海外から資金を調達することが容易になっていたことと、異なる通貨を使っていれば、資金の出し手であったドイツなどでは相手国通貨が下落するという為替リスクの高まりを警戒したはずだが、同一通貨のユーロを利用していため危険性の認識が遅れたことが考えられる。

各国が同じ仮想通貨を利用している状態で、それぞれの物価上昇率が違うということが起きれば、物価上昇率が高かった国から仮想通貨が流出し、物価上昇率が低かった国に仮想通貨が集まるはずである。こうした仮想通貨の流れを相殺するように、通貨流出国の政府が流入国から借入れを行なえば、ユーロで起こったような高物価上昇率国の債務危機が起こってしまう。こうした危機を回避しようとすると、同一の仮想通貨が利用されている状況では、各国政府は物価上昇率が同じになることを目的とした経済政策を行なわざるを得ず、例えば失業率が高くても財政支出を増やして問題を緩和するといった経済状況に応じた経済政策を行なうことができなくなるだろう。ユーロ圏の財政危機の際には、ギリシャやスペインなどでは失業率が著しく高まったにも関わらず、緊縮財政を採用して物価を抑制せざるを得なかった。

ユーロが誕生した際には、1998年末時点で各国通貨とユーロとの交換比率を決めて固定したが、各国通貨から仮想通貨への利用の移行は徐々に起きると考えられる。一つの国の中で複数の通貨が利用される状況では、ユーロへの移行以上に複雑な問題が起こる恐れがある。
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櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

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