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公的医療保険の収支状況と保険者による健康増進に向けた取組

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子
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2――健康増進に向けた取組み推進のための保険者へのインセンティブの見直し
現在、医療費適正化・健康増進に向けた取組みは、40~75歳を対象とした特定健診・保健指導の実施が中心となっている(高齢者の医療の確保に関する法律)。
現行の制度では、国保と被用者保険に対して取組みの状況に応じて、後期高齢者支援金の加算・減算といった財政面でのインセンティブが与えられている。特定健診・保健指導の実施率が0.1%未満の保険者には加算し、実施率が特に高い保険者には後期高齢者支援金負担を減算する。対象となる保険者は2016年度では加算対象が95保険者、減算対象が147保険者4程度である。しかし、加算率は+0.23%、減算率は▲0.05%程度と、加減算の影響は小さく、大きな効果は働いてこなかったと推測できる。
4 2016年度確定後期高齢者支援金見込額の速報値での試算。2017年10月18日「第30回保険者による健診・保健指導等に関する検討会資料」より
保険者の役割を明確にし、保険者による取組みを強化するため、2015年の高齢者の医療の確保に関する法律の改正で、厚労省が全国の医療費適正化計画の進捗を公表することになった。これに基づき、2017年度実績から特定健診・保健指導の実施率が公表される。また、同じく2015年の国保法等改正で、保険者による医療費適正化に向けた取組みに対するインセンティブが見直され、2018年度から導入される。
国保に対しては、保険者努力支援制度を創設(700~800億円)する。都道府県と市町村それぞれに対して、健康増進に向けた取組み実施状況を得点化し、保険者ごとに総得点に応じて財源を按分する。なお、市町村に対しては2016年度から前倒しで実施している(150億円)。
② 協会けんぽ
協会けんぽについては、健康増進に向けた取組み実施状況を得点化し、都道府県支部ごとに、総得点に応じた報奨金によって後期高齢者支援金に係る保険料率を割り引く。
③ 組合健保、共済組合
組合健保、共済組合に対しても、健康増進に向けた取組実施状況を得点化し、上位の保険者について後期高齢者支援金を減算する一方で、特定健診・保健指導の実施率が低い保険者については加算する。加減算の割合は状況に応じて3区分で設定するが、最大±10%と、現行の制度と比べて大きい。
④ 後期高齢者医療広域連合
後期高齢者医療広域連合に対しては、健康増進に向けた取組実施状況を得点化し、都道府県ごとの広域連合ごとに総得点に応じて2018年度から新設される特別調整交付金(100億円)を按分する。2018年度から本格導入されるが、2016年度から前倒しで実施している(20億円)。
保険者の取組みを評価する項目の中には、予防・健康づくりに取り組む加入者に対するインセンティブを付与することも入っている。すでに、一部の健保組合や市町村では、ヘルスケアポイントを付与し、健康グッズ等と交換できるようにするなどの取組が実施されている。付与されたポイントは、健康グッズや人間ドック割引等に交換することができる。
3――インセンティブ見直しの影響
見直しの影響について考えると、組合健保や共済組合においては、後期高齢者支援金加算率が0.23%から10%にまで増加するだけでなく、特定健診・保健指導実施率が公表される。その結果、厚労省では、保険者による取組みはこれまでより浸透すると想定しており、取組み実施状況が悪いことで、加算対象となる保険者は、現在の4割程度にまで減少することを見込んでいる。市町村国保においては、取組みの状況に応じて保険者努力支援制度による交付金があるが700~800億円規模であり、一般会計からの法定外繰入(現在3500億円程度)が減らなければ大きな影響は及ぼさない可能性がある。
また、リストアップされた各項目の医療費適正化・健康増進への貢献度合いは、まだ検証中のものもあり、得点と貢献が合致していない項目が含まれている可能性がある。個人のインセンティブについても、よほどインセンティブが魅力的でない限り、健康無関心層への働きかけは依然として課題となるだろう。特定健診の受診率向上や市町村国保における保険料収納率の向上等は評価項目に含まれるが、これまでも各保険者で重点的に取り組んできたことから、今回の見直しによる改善は限定的である可能性も指摘されているようだ。
保険者インセンティブだけでは、医療費の適正化や健康増進に対する貢献は限られていると思われるが、評価項目にはジェネリック薬品の更なる浸透や過剰投与削減等医療費削減に直接的に影響する項目も含まれる。また、保険者ごとに加入者の健康増進にむけた課題は異なるため、どういう取組みを優先的に行ったらいいかわからなかった保険者からすると、評価項目がリストアップされ、各項目に得点がふられたことから、実施の優先順位をつけやすくなったと考えられる。また、個人へのインセンティブを行うことで、たとえば特定健診をこれまで積極的には受診していなかった加入者の継続受診が促進でき、早めにリスクを知ることができれば、健康増進につながり得る。
保険者ごとに被保険者の年齢や年収に偏りがあるため、被用者保険から高齢者医療へ支出するのは当然であろうが、被用者保険からの支出だけで現在の医療費の上昇に対応しきれない。薬価の抜本改革等の医療費の見直し、および全国民で健康増進による医療費の適正化を進める必要があるだろう。健康増進は成果を出すまでに長期間を要するものも多いことから、保険者には継続的な取組み実施を期待したい。

03-3512-1783
- 【職歴】
2003年 ニッセイ基礎研究所入社
村松 容子のレポート
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