2017年10月27日

税制改革実現に一歩前進-財政調整指示を盛り込んだ予算決議が可決。税制改革実現に一歩前進も、紆余曲折を予想

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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(統一枠組みの概要:法人向け)法人所得税や、パートナーシップに対する最高税率を引き下げ
法人向けの税制改革では、法人所得税やパートナーシップなどのパススルー事業体に対する最高税率が引き下げられるほか、通常の税額計算と異なる方法で算出する必要があった代替ミニマム税が廃止されるなど、税制簡素化などの方針が示された(図表6)。また、設備投資について時限付(最低5年)で一部即時償却を認める一方、支払い利息控除を制限する方針も示された。

今回提示された改革案では、昨年来物議を醸している仕向地主義キャッシュフロー課税や、国境調整税の導入7は見送られ、米国以外で広く採用されている源泉地主義への課税ベース変更が示された。また、これに関連して海外に滞留している利益について1度限りの低税率(税率は不明)を適用することが認められることも示された。
(図表6)税制改革案比較(法人向け)
一方、一定の条件を満たす国内製造業に対してこれまで適用されていた税優遇策(Section 199)をはじめ、その他の控除などは廃止される見通しである。

もっとも、法人税制改革でも制度設計は難航しているようだ。パススルー事業体に対する最高税率が、これまでの所得税率と同水準から個人所得税率(35%)より低い25%に引き下げられることが物議を醸している。これは富裕層を中心に、高い個人所得税率を回避するために、パートナーシップなどを設立してパススルー事業体の税率が適用されるようにする税逃れが生じるとみられているからだ。このため、パススルー事業体の税率が適用される事業体の条件をどうするか議論されているようだ。
 
これまでみたように、税制改革の制度設計をする上で物議を醸している分野も含めて詰めないといけない項目が多いことから、下院共和党が目指す11月の早い段階に示せるのか予断を許さない状況である。
 
 
7 仕向け地主義キャッシュフロー課税や、国境調整税について詳しくは、Weeklyエコノミストレター(2017年2月20日)「法人税制改革論議が本格化―注目される国境調整税(BAT)の行方」を参照下さい。http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=55098?site=nli
(所得階層別減税効果)所得階層上位1%に減税分の8割が集中
一方、これまで提示された税制改革案は富裕層優遇との批判が強まっている。詳細な制度設計がされていないため不透明な部分は残っているものの、米シンクタンクのタックス・ポリシー・センター(TPC)が、統一枠組みと昨年下院共和党が発表していた税制改革案8を基に試算した結果、27年度の税引き後所得を税制改革前後で比較した場合、全体では+1.7%の増加となる一方、所得階層別(5分位)では所得上位20%の増加率が+3.0%と他の階層を大幅に上回っていることが示された(図表7)。さらに、所得上位1%に限ってみれば+8.7%と顕著な伸びとなるようだ。

また、減税額全体に対する減税シェアは、上位1%に8割が集中すると試算されている。これは、トランプ大統領の「税制改革が富裕層の利益にならず、中間所得層に恩恵がある」との説明と矛盾する結果である。

一方、ピューリサーチセンターによれば、米国人の連邦税制に対する世論調査では、支持する政党によって乖離はあるものの、一部の企業や富裕層が応分の負担をしていないことに対して強い不満を示す回答が6割を超えるなど、高いことが分かる(図表8)。これは自身の税負担額(27%)や、貧困層の税負担(20%)に対する不満より高い。このため、税制改革による減税効果が大企業や富裕層に集中するとの見方が強まる場合には、税制改革に対する支持が得難い可能性があり、その場合には、来年の中間選挙で改選される議員は難しい選択を迫られるだろう。
(図表7)トランプ減税に伴う税引き所得変化と減税配分(27年度)/(図表8)米国人の連邦税制に対する不満
 
8 A BETTER WAY  TAX REFORM  https://abetterway.speaker.gov/?page=tax-reform
 

4.今後の見通し

4.今後の見通し

18年度予算決議が可決されたことで、議会共和党は税制改革に向けた1歩を踏み出せた。ただし、年内の法案成立を目指す今後の税制改革論議は紆余曲折が予想される。

議会は1.5兆ドルの財政赤字拡大を容認したものの、民間シンクタンクの試算では、税制改革に伴う歳入減少幅が2兆ドル超との見通しが示されており、1.5兆ドルに収まらない可能性が高い(図表9)。また、現在物議を醸している州・地方税控除の廃止は増収効果が1.3兆~1.6兆ドルと非常に大きいことから、これらの控除廃止が見直される場合には、歳入の落ち込みがさらに大きくなるとみられる。歳入を減らさずに、控除などの扱いに関する利害調整をおこなうことは困難だろう。
(図表9)税制改革に伴う今後10年間の歳入への影響(兆ドル)
一方、野党民主党は将来の債務を増やす形で富裕層に減税の恩恵が大きい税制改革に対して反対の姿勢を明確に示しており、現状では超党派の合意は難しくなっている。

また、予算決議を通した共和党議会も一枚岩とは言えない。共和党議員の中には、全体の歳入を減らさない形で税制改革をすべきとの考えの議員が依然として多い。実際、下院予算決議の採決では賛成216に対して反対212と4票差で可決したものの、20人の共和党議員が反対したことが明らかになっている。さらに、過半数を僅か2人上回っているだけの上院でも、ボブ・コーカー議員が債務増加を伴う税制改革に反対を表明するなど、複数の議員が税制改革案に懐疑的な姿勢を示しているため、上院で過半数を確保できるか懸念の声が挙がっている。

前述のように暫定予算の処理も含めて年内の実質審議日数が限られる中で、共和党内や野党民主党を含めて政策協調できる可能性は低いだろう。税制改革の実現は早くても来年に入ってからになるとみられるが、議会共和党の過半数の支持を得るためには減税規模の縮小は不可避だろう。
 
 

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2017年10月27日「Weekly エコノミスト・レター」)

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