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- 欧州通貨基金(EMF)構想と欧州預金保険スキーム(EDIS)
2017年10月20日
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本格化するEU改革の議論
欧州連合(EU)の改革の議論が本格化している。議論の出発点は、英国の離脱の決定を受けて16年9月に開催された非公式首脳会議にあり、加盟国におけるEU懐疑主義の広がり、さらにEUに懐疑的な米政権の誕生も、EUに改革を迫る圧力となっている。9月13日には欧州委員会のユンケル委員長が欧州議会の施政方針演説で、EU改革に関する自らの見解を表明、26日にはフランスのマクロン大統領が、EU改革をテーマにソルボンヌ大学で学生を前に演説を行っている。今月19~20日開催のEU首脳会議では、トゥスク常任議長が、今後18カ月で取り組む「首脳アジェンダ」の取りまとめを提案した。
ショックに強くなったが、脆弱さも残るユーロ圏
ユーロ制度の改革は、世界金融危機とそれに続く債務危機への対応に追われる形で進展した。その最大の成果は12年11月に始動した欧州安定メカニズム(ESM)、すなわち資金繰りの問題に直面したユーロ参加国を支援する枠組みの常設化だ。これと並行する形で財政ルールの強化と構造改革との一体監視の構築も進んだ。さらに、12年12月の工程表作りのプロセスは、圏内の銀行監督と破綻処理制度を一元化する「銀行同盟」へのステップとなった。これらの取り組みに加えて、欧州中央銀行(ECB)が、ESMと連携して危機国を支援し国債を買い入れる枠組み(OMT)を備えるようになった。
こうした制度・政策のサポートと、過剰な財政赤字の解消などユーロ圏経済の不均衡の改善も進んだことで、ユーロ圏は、以前よりもショックにも強くなった。例えば、12年7月にESMの銀行増資支援要請に追い込まれたスペインでは、カタルーニャ州の独立を巡る緊張状態が続いている。しかし、11~12年の債務危機のピーク時と異なり、10年国債利回りが、支援要請ラインを伺うようなことはなく、圏内の他国が共振するような動きもない(図表3)。
こうした制度・政策のサポートと、過剰な財政赤字の解消などユーロ圏経済の不均衡の改善も進んだことで、ユーロ圏は、以前よりもショックにも強くなった。例えば、12年7月にESMの銀行増資支援要請に追い込まれたスペインでは、カタルーニャ州の独立を巡る緊張状態が続いている。しかし、11~12年の債務危機のピーク時と異なり、10年国債利回りが、支援要請ラインを伺うようなことはなく、圏内の他国が共振するような動きもない(図表3)。
ただ、こうした市場の落ち着きが、この先も続くとは限らない。スペイン国債の動揺が大きくないのはカタルーニャの一方的な独立は困難と認識されていることが主な要因かもしれない。ECBの国債等の買い入れが、18年入り後の買い入れ規模縮小が広く予想されているとは言え、直ちに収束に向かうと見られていないからかもしれない。経済の堅調と低インフレ持続への期待に支えられた世界的な「適温相場」の恩恵が及んでいるだけかもしれない。
ECBの異次元緩和、とりわけ国債等の買い入れを長期に継続することは困難であり、緩和縮小に備えるためにも、ユーロ制度改革の加速が望まれる。
ECBの異次元緩和、とりわけ国債等の買い入れを長期に継続することは困難であり、緩和縮小に備えるためにも、ユーロ制度改革の加速が望まれる。
財政の領域では具体的な方向が見極めにくい
財政面では、ルールと監視に偏重し、単一通貨圏として最適な財政政策への調整や、圏内格差を是正するメカニズムを欠いた現状を改める必要がある。
債務危機対応で強化されたルールには複雑すぎるとの批判もあり、より簡素なものへと見直すことも課題だ。
機構面では、欧州委員会は「EMUの深化」の文書で、ユーロ圏財務省が、経済・財政政策の監視、ユーロ圏予算、ユーロ共通債の調整、ESMないし欧州通貨基金(EMF)を傘下に収める構想を示した(表紙図表参照)。ユーロ圏財務省は、金融政策においてECBが果たしている役割を、財政政策で担うイメージだ。
経済財政同盟の領域でも、EU機関のトップや首脳らは改革の必要性では一致しており、協議の進展と一定の成果は期待されるが、各論では見解が異なるため、具体的な方向が見極め難い。マクロン大統領は、9月に行ったEU改革の演説で、改めてユーロ圏予算など制度の構築に意欲を示した。他方、ユンケル委員長は、欧州議会で行なった施政方針演説で、ユーロ圏財務相ポストの創設とESMの強化によるEMFの構築を提案する一方、ユーロ圏予算や議会など独自の枠組みを作ることに否定的な立場を示した。EU加盟国間の分断を深めるとの懸念に応えたものだ。
9月に連邦議会選挙を終えたドイツのスタンスが明確になるまでにも時間が必要だ。現在、メルケル首相のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と緑の党、自由民主党(FDP)が3党連立協議が行われている。ユーロ制度改革について、緑の党は、CDU/CSUよりも前向き、FDPは、EMFは容認の立場だが、ユーロ圏財務省やユーロ圏予算などの構想には反対している。ドイツの連立協議では、まずは移民政策、環境政策、税制などドイツ国内で関心が高く、かつ、3党の見解が異なる領域が優先される見通しだ。ユーロ制度改革で、3党が、どのような妥協点を見出すか見えてくるのは。しばらく先だ。
債務危機対応で強化されたルールには複雑すぎるとの批判もあり、より簡素なものへと見直すことも課題だ。
機構面では、欧州委員会は「EMUの深化」の文書で、ユーロ圏財務省が、経済・財政政策の監視、ユーロ圏予算、ユーロ共通債の調整、ESMないし欧州通貨基金(EMF)を傘下に収める構想を示した(表紙図表参照)。ユーロ圏財務省は、金融政策においてECBが果たしている役割を、財政政策で担うイメージだ。
経済財政同盟の領域でも、EU機関のトップや首脳らは改革の必要性では一致しており、協議の進展と一定の成果は期待されるが、各論では見解が異なるため、具体的な方向が見極め難い。マクロン大統領は、9月に行ったEU改革の演説で、改めてユーロ圏予算など制度の構築に意欲を示した。他方、ユンケル委員長は、欧州議会で行なった施政方針演説で、ユーロ圏財務相ポストの創設とESMの強化によるEMFの構築を提案する一方、ユーロ圏予算や議会など独自の枠組みを作ることに否定的な立場を示した。EU加盟国間の分断を深めるとの懸念に応えたものだ。
9月に連邦議会選挙を終えたドイツのスタンスが明確になるまでにも時間が必要だ。現在、メルケル首相のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と緑の党、自由民主党(FDP)が3党連立協議が行われている。ユーロ制度改革について、緑の党は、CDU/CSUよりも前向き、FDPは、EMFは容認の立場だが、ユーロ圏財務省やユーロ圏予算などの構想には反対している。ドイツの連立協議では、まずは移民政策、環境政策、税制などドイツ国内で関心が高く、かつ、3党の見解が異なる領域が優先される見通しだ。ユーロ制度改革で、3党が、どのような妥協点を見出すか見えてくるのは。しばらく先だ。
(2017年10月20日「Weekly エコノミスト・レター」)
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経歴
- ・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職
・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
伊藤 さゆりのレポート
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