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2017年10月03日
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インド各州で広がる農家の債務免除
9月1日から13日にかけて、インド西部ラジャスタン州のシカール地区等で何十万人もの農民らが主要道路を封鎖して抗議活動を行った。
農民側は州政府に対して債務の全額免除をはじめとする11項目1を要求した。ラジャスタン州政府は14日に農家に対して総額2,000億ルピー(約3,450億円)の債務免除を発表し、農民1人当たり最高5万ルピー(約8.6万円)まで免除を受けられるようにすることで農民側の代表者と合意した。現在、州政府は政策の詳細を決めるための委員会を設置しており、同委員会は1ヵ月以下に報告書を提出する予定となっている。
農民側は州政府に対して債務の全額免除をはじめとする11項目1を要求した。ラジャスタン州政府は14日に農家に対して総額2,000億ルピー(約3,450億円)の債務免除を発表し、農民1人当たり最高5万ルピー(約8.6万円)まで免除を受けられるようにすることで農民側の代表者と合意した。現在、州政府は政策の詳細を決めるための委員会を設置しており、同委員会は1ヵ月以下に報告書を提出する予定となっている。

こうした流れを受けて、幾つかの州では農民らによる抗議活動が広がり、6月にはマハラシュトラ州、カナルタカ州で農家の債務免除を発表している(図表1)。そして、今回ラジャスタン州が加わったことは、今後も抗議活動が見込まれる中部マディヤ・プラデシュ州や北部ハリヤナ州、西部グジャラート州などでの農民の士気を高めることになっている。
1 農民側の要求は債務免除に加え、政府が穀物を購入する際の最低支持価格の引上げに関するスワミナタン委員会の勧告の実施、農民の年金額の引上げ、政府が課した牛の売却禁止の撤廃などが含まれる。
農民の経済状況が悪化

小規模・零細農家は農業ローンのうち約8割を占めるが、その借入先は低利融資を受けられる信用農協や商業銀行などのフォーマル金融だけでなく、地主や商人による高利貸しを特徴とするインフォーマル金融の割合が大きいことも返済を難しくさせているようだ(図表4)。
債務免除の功罪
インド各州で広がる農家に対する債務免除は、適用対象を小規模・零細農家に限定したり、一人当たりの債務免除額に上限を設けるといった措置がとられている。全ての債務が「帳消し」とまではならないまでも借金に苦しんでいる人を救済する意味では、学校の授業で習った日本の「徳政令」と同じだ。
徳政令と聞くと、人道的に良い政策という印象を持つ人は多いかもしれない。しかし、経済への影響を考えると短期的なプラス効果は一定程度認められるが、中長期的な負の影響が大きいとする専門家の意見は多い。
まず短期的な効果としては、返済負担が免除された農家は生産活動を継続できるほか、政府資金によって銀行のバランスシートも改善するため、今後は優良な借り手への貸出が可能となるなど金融の正常化にも寄与するメリットがある。一方、資金を捻出する政府財政は悪化する。インドは財政再建下にあり、中央政府には州政府が打ち出した債務免除策を資金面でサポートする余裕はない。実際、中央政府のジャイトリー財務相は農業融資免除のための資金調達については支援せず、各州自身が行なうものとの見解を表明している。州政府はインフラ整備や社会福祉などの支出を削減して原資を確保するか、財政赤字を拡大させることになるだろう。
次に中長期的な効果を考えると悪影響が大きい。1つはモラルハザードの問題だ。同政策は、しっかりと債務を返済してきた者にとって不公平であり、生産意欲を削ぐことになるほか、救済されたものにとっては最悪の状況に陥れば州政府がまた助けてくれると考えるかもしれない。また貸し手側から考えても、農民が返せない借金を政府が請け負うことにより、農村では高利貸しが一層はびこることとなって正常な金融機能が育たなくなってしまう。
徳政令と聞くと、人道的に良い政策という印象を持つ人は多いかもしれない。しかし、経済への影響を考えると短期的なプラス効果は一定程度認められるが、中長期的な負の影響が大きいとする専門家の意見は多い。
まず短期的な効果としては、返済負担が免除された農家は生産活動を継続できるほか、政府資金によって銀行のバランスシートも改善するため、今後は優良な借り手への貸出が可能となるなど金融の正常化にも寄与するメリットがある。一方、資金を捻出する政府財政は悪化する。インドは財政再建下にあり、中央政府には州政府が打ち出した債務免除策を資金面でサポートする余裕はない。実際、中央政府のジャイトリー財務相は農業融資免除のための資金調達については支援せず、各州自身が行なうものとの見解を表明している。州政府はインフラ整備や社会福祉などの支出を削減して原資を確保するか、財政赤字を拡大させることになるだろう。
次に中長期的な効果を考えると悪影響が大きい。1つはモラルハザードの問題だ。同政策は、しっかりと債務を返済してきた者にとって不公平であり、生産意欲を削ぐことになるほか、救済されたものにとっては最悪の状況に陥れば州政府がまた助けてくれると考えるかもしれない。また貸し手側から考えても、農民が返せない借金を政府が請け負うことにより、農村では高利貸しが一層はびこることとなって正常な金融機能が育たなくなってしまう。


選挙に勝たずして改革が望めないことは確かだが、生産性の低い農業を温存することになる。その結果、農業から製造業、地方から都市への人口移動を通じたインド経済全体の生産性向上の実現が妨げられてしまう。インドの「ポスト中国」の本格化は長い目で見る必要がありそうだ。
3 国家農業市場(e-NAM)では、全国585箇所の農産物卸売市場をインターネットで繋ぎ、取引の活性化や効率化、不正取引の排除による透明性の確保を図る。これによって農民自身が取引価格を決定し、より利益を上げることができるようになるなど、農業の発展に後押しする計画となっている。取引可能な商品は青果物をはじめ、穀物や豆類、スパイス類など69品目。
(2017年10月03日「基礎研レター」)

03-3512-1780
経歴
- 【職歴】
2008年 日本生命保険相互会社入社
2012年 ニッセイ基礎研究所へ
2014年 アジア新興国の経済調査を担当
2018年8月より現職
斉藤 誠のレポート
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