2017年07月24日

高齢者がより活躍できる労働市場の構築を目指して-同一労働同一賃金の原則が高齢者にも適用できる取り組みの実施を-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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1――はじめに

日本の人口高齢化が速いスピードで進んでいる。2015年現在日本の高齢化率は26.7%で、他の先進国の高齢化率、例えばイタリア(22.4%)、ドイツ(21.2%)、スウェーデン(19.9%)を大きく上回っている。

このように高齢化率が上昇した理由としては、平均寿命が毎年上昇していること以外にも出生率がなかなか回復していないことが挙げられる。日本の出生率は2005年に過去最低である1.26まで落ち込んでいたが、その後はゆるやかではあるが徐々に回復しており、2015年には1.46まで回復している。しかしながら、まだ現在の人口が維持できる出生率(人口の置き換え水準)2.07には至っておらず、総務省が7月5日に発表した住民基本台帳に基づく2017年1月1日時点の人口動態調査によると、日本人の総人口は前年より30万8084人も減り、1億2558万3658人まで減少している。さらなる問題は生産年齢人口(15~64歳)が大きく減少することにより労働力不足が深刻化していることである。1996年から減少し続けている生産年齢人口は、2011年から2015年までには4年連続で毎年80万人以上も減少しており、今後も大幅に減少することが見込まれている。2016年3月の大卒者が56万人弱であったことを考慮すると、その規模の大きさが分かる。
 

2――高齢者雇用安定法の改正と定年の引き上げ

2――高年齢者雇用安定法の改正と定年の引き上げ

政府は労働力人口の減少に対応する目的で2004年に高年齢者雇用安定法を改正(2006年4月1日施行)し、それまで努力義務であった 65 歳までの高年齢者雇用確保措置を「義務」に格上げした。また企業に(1)定年制の廃止や(2)定年の引上げ、そして(3)継続雇用制度の導入のいずれかの措置を講じるよう義務付けており、毎年6月1日現在の高年齢者の雇用状況を報告するように求めている。さらに、2012年の高年齢者雇用安定法の改正(2013年4月1日施行)では、継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みを廃止するとともに、継続雇用制度の対象者を当該企業とその子会社から、関連会社まで広げた。違反企業に対しては企業名を公表したり、行政処分を科したりする等、処罰基準を強化するとともに事業主が講ずべき高年齢者雇用確保措置の実施および運用に関する指針を労働政策審議会における議論などを経て策定することを決めている。

このように定年の引き上げが義務化された最も大きな理由としては、公的年金の支給開始年齢が段階的に引き上げられたことが挙げられる。つまり、2000年の年金改正により、2013年度から男性の老齢厚生年金の支給開始年齢が3年ごとに1歳のペースで引き上げられ、2025年度には65歳から年金が支給されることになった(女性は5年遅れ)。そこで、定年を60歳のまま維持すると雇用と年金との間に所得空白期間が生まれることとなるので、年金の支給開始年齢に合わせて、定年を引き上げることが決まったわけである1
 
1 1994年の高年齢者雇用安定法(1986年に成立)の改正により、60歳未満の定年が禁止されることになった(施行は1998年)。
 

3――増加する高齢者の労働市場への参加

3――増加する高齢者の労働市場への参加

では、改正高年齢者雇用安定法はどこまで企業に浸透しているだろうか。最近の調査結果を見ると、改正高年齢者雇用安定法による高年齢者雇用確保措置を実施している企業の割合は前年に比べて0.3ポイント増加した99.5%となっており、改正高年齢者雇用安定法が企業にある程度定着していることがうかがえる。一方、企業の措置内容を見ると、(1)定年制の廃止や(2)定年の引上げという措置を実施した企業の割合はそれぞれ2.7%、16.1%に過ぎず、81.3%の企業が(3)継続雇用制度を導入していることが明らかになっている。
図表1 雇用確保措置の内訳
企業が(1)定年制の廃止や(2)定年の引上げという措置を行わず、主に(3)継続雇用制度を導入している背景には日本的経営の特徴とも言える「年功序列型賃金制度」があるからである。つまり、60歳時点の高くなりすぎた賃金水準で定年を引き上げると企業にとっては大きな人件費の負担が発生するので、多くの企業はいったん雇用関係を終了させてから、新しい労働条件で労働者を再雇用する継続雇用制度を選択していると言える。

2016年6月1日時点で定年を65歳以上にしている企業の割合は16.0%に留まっているが、2012年の高年齢雇用安定法の改正により、2013年4月から3年ごとに1歳ずつ定年が引き上げられて、2025年には希望者全員を65歳まで雇用することが企業に義務化されたので、今後定年を65歳にする企業の割合は大きく増加すると予想される。

では、実際どのぐらいの高齢者が労働市場に参加することを希望し、働いているのかを見てみよう。内閣府が2014年に実施した調査2では、60歳以上の高年齢者を対象に何歳ごろまで収入を伴う仕事をしたいか聞いており、「働けるうちはいつまでも」が28.9%と最も多く、次いで「65歳くらいまで」、「70歳くらいまで」がともに16.6%となっており、71.9%の高年齢者が就労を希望していることを明らかになった。また、総務省統計局の「労働力調査」によると、60~64歳、65~69歳の高年齢者の就業率は、2006年の52.6%、34.6%から2016年には63.6%、42.8%に上昇している(図表2)。
図表2 高年齢者の就業率の推移
 
2 内閣府(2014)「高齢者の日常生活に関する意識調査(平成26年)」


 

4――今後の課題

4――今後の課題

改正高年齢者雇用安定法の施行により、高年齢者がより長く労働市場で活躍することになったものの、高年齢者の多くが非正規労働者で働いていたり、賃金水準が定年前に比べて大きく低下しており、労働市場に長く参加できたことが必ずしも高年齢者の生活の質を高めたとは言えなくなった。労働力調査のデータを用いて、会社などの役員を除く雇用者について高齢期の雇用形態をみたことろ、男性の場合、2016年の非正規職員・従業員の比率は55~59歳の12.4%から、60~64歳には53.8%、65~69歳には71.4%と、60歳を境に大幅に上昇していることが分かった。また、女性の場合も、同比率が55~59歳の60.8%から、60~64歳には75.3%、65~69歳には82.2%となっており、やはり60歳を境に非正規職員・従業員比率が上昇していた。

60歳以上の高年齢者の場合、自らの希望により非正規職として働いているケースが多いとは言え、日本では非正規職の賃金を含めた処遇水準が正規職に比べてかなり低いことを考えると、ただ看過する問題ではないと思う。60歳で定年を迎え、その後再雇用された高年齢者の給与水準は、定年前に比べて5~7割程度まで下ることを一般的に見られる。これは正社員の場合、若い時には自分の貢献度より低い賃金を受け取るが、中高年期には本人の貢献度より高い賃金を受け取るという年功序列型賃金制度を前提としており、定年後には単純に貢献度に見合った賃金が払われるという原理が適用されているとも思われる。しかし、改正高年齢者雇用安定法は企業が高年齢者を一定年齢まで雇用することを義務化しているものの、賃金水準に関する基準を設定していないため、一部の高年齢者の場合、本人の貢献度よりも低い賃金を受け取っている可能性が高い。また、継続雇用ではなく、高年齢者が新しい会社に雇われる場合でも年齢を理由に賃金水準が低く設定されるケースも頻繁に見られる。

人口の減少が進むなかで今後経済成長を維持するためには高齢者がより活躍できる環境を構築する必要がある。そのためには現在政府が実施している同一労働同一賃金の原則が高齢者にも適用されるなど高齢者であることを理由に労働市場で差別されないように制度や意識を改善することが大事である。今後より多くの高齢者が労働市場で活躍されることを強く望むところである3
 
3 本稿は『福利厚生情報』2017年第3号に掲載された原稿を加筆修正したものである。
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2017年07月24日「基礎研レター」)

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