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- 近づく英国の国民投票-経済的コストへの警鐘が相次いでも落ちないEU離脱支持率
2017年07月18日
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< 所報への再掲にあたって >
16年6月23日の欧州連合(EU)からの残留か離脱かを問う国民投票は、離脱支持51.9%、残留支持48.1%という結果に終った。世論調査は、拮抗していた。しかし、経済合理性を重んじる英国民は、最終的には残留を選ぶだろうという楽観論が支配的だった。それだけに、国民投票の結果は、世界に強い衝撃を与えたし、市場も激しく反応した。
以下に掲載するレポートは、国民投票のおよそ1カ月前に執筆したものだ。レポートの前半の英国経済の特性やEUとの関係を通じて得た結論は、5-2の副題のとおり「残留が合理的」というものだった。しかし、同時に、英国における潜在的なEU懐疑主義、増加する移民への懸念、さらに終らない財政緊縮策への不満が結びつくことで、「離脱を選択する確率も決して低くない」とも感じていた。
国民投票の結果は、意外ではなかったが、残念ではあったし、筆者は、今も、「新条件でのEU残留」の方がより良い選択肢だったと思っている。しかし、英国の世論は、Uターンよりも、先に進むことを望んでいるようだ。
国民投票の敗北を受けて辞任したキャメロン前首相を引き継いだメイ首相が選んだのは、EUからの離脱にあたり、ノルウェーのように単一市場に参加するのではなく、新しく包括的な自由貿易協定(FTA)に基づく関係に移行する道だった。これまでのところ、4-2で紹介した主要機関の予測に反して、英国経済に離脱を選択したダメージは見られない。しかし、離脱までの2年という限られた期間でFTAの大枠合意にまで漕ぎ着けるのは困難。不確実性を嫌う企業のビジネス拠点のEU圏内への移管の動きによって、英国経済への逆風は、今後、強まるだろう。
英国の離脱選択をきっかけに、EU加盟各国におけるEU懐疑主義がさらに広がり、EU分裂に発展するとの懸念は一気に高まった。しかし、17年に入ってからのオランダ、フランスの選挙では、EU懐疑派の政権、大統領の誕生には至らず、6-2で論じたとおり、英国の選択が「離脱のドミノを引き起こす」ことは回避された。
しかし、オランダ、フランスの選挙では、非主流派の政治勢力への支持の高まり、EU統合を支えてきた主流派の政治への信認の低下も確認された。EUは、成長と雇用、安心・安全を求める市民の期待に応えられていない。政策や制度を改善する努力をしなければ、求心力の低下を止めることはできないだろう。
英国のEU離脱協議の行方は、日本企業の活動に直接関わる。加えて、EUが英国の離脱という大きな躓きを教訓に、どのような改革に踏み込むことになるかは、世界の金融市場の安定にとって重要だ。
今後も、折に触れて、レポートにまとめたいと思う。
■目次
1――はじめに
2――国民投票後のプロセス
1|残留支持多数の場合-新条件でEU残留
2|離脱支持多数の場合-離脱の意思を告知、協定の締結作業に着手
3――英国経済の構造的特徴と潜在的リスク
1|英国経済の構造的特徴
2|EU離脱に関わる潜在的なリスク
3|イングランド銀行のスタンス
4――英国経済への影響を巡る議論
1|離脱派の主張-コントロールを取り戻そう
2|英国財務省などの試算-いかなる協定を締結しても経済にはマイナス
3|離脱派の主張と試算結果のギャップ
5――国民投票とEU
1|しばしばNOを突きつけられてきた欧州統合
2|英国の選択-残留が合理的だが、離脱を選択する確率も決して低くない
6――EUへの影響
1|経済的な影響-景気にはマイナス、世界経済におけるプレゼンスは低下
2|政治的な影響-直ちに離脱のドミノを引き起こすことは考え難い
3|新条件での英国のEU残留の影響-火種は残る
7――世界経済、日本経済への影響
1|世界経済への影響
2|日本経済への影響
※本稿は2016年5月18日に発行された「基礎研レポート」を加筆・修正したものである。
16年6月23日の欧州連合(EU)からの残留か離脱かを問う国民投票は、離脱支持51.9%、残留支持48.1%という結果に終った。世論調査は、拮抗していた。しかし、経済合理性を重んじる英国民は、最終的には残留を選ぶだろうという楽観論が支配的だった。それだけに、国民投票の結果は、世界に強い衝撃を与えたし、市場も激しく反応した。
以下に掲載するレポートは、国民投票のおよそ1カ月前に執筆したものだ。レポートの前半の英国経済の特性やEUとの関係を通じて得た結論は、5-2の副題のとおり「残留が合理的」というものだった。しかし、同時に、英国における潜在的なEU懐疑主義、増加する移民への懸念、さらに終らない財政緊縮策への不満が結びつくことで、「離脱を選択する確率も決して低くない」とも感じていた。
国民投票の結果は、意外ではなかったが、残念ではあったし、筆者は、今も、「新条件でのEU残留」の方がより良い選択肢だったと思っている。しかし、英国の世論は、Uターンよりも、先に進むことを望んでいるようだ。
国民投票の敗北を受けて辞任したキャメロン前首相を引き継いだメイ首相が選んだのは、EUからの離脱にあたり、ノルウェーのように単一市場に参加するのではなく、新しく包括的な自由貿易協定(FTA)に基づく関係に移行する道だった。これまでのところ、4-2で紹介した主要機関の予測に反して、英国経済に離脱を選択したダメージは見られない。しかし、離脱までの2年という限られた期間でFTAの大枠合意にまで漕ぎ着けるのは困難。不確実性を嫌う企業のビジネス拠点のEU圏内への移管の動きによって、英国経済への逆風は、今後、強まるだろう。
英国の離脱選択をきっかけに、EU加盟各国におけるEU懐疑主義がさらに広がり、EU分裂に発展するとの懸念は一気に高まった。しかし、17年に入ってからのオランダ、フランスの選挙では、EU懐疑派の政権、大統領の誕生には至らず、6-2で論じたとおり、英国の選択が「離脱のドミノを引き起こす」ことは回避された。
しかし、オランダ、フランスの選挙では、非主流派の政治勢力への支持の高まり、EU統合を支えてきた主流派の政治への信認の低下も確認された。EUは、成長と雇用、安心・安全を求める市民の期待に応えられていない。政策や制度を改善する努力をしなければ、求心力の低下を止めることはできないだろう。
英国のEU離脱協議の行方は、日本企業の活動に直接関わる。加えて、EUが英国の離脱という大きな躓きを教訓に、どのような改革に踏み込むことになるかは、世界の金融市場の安定にとって重要だ。
今後も、折に触れて、レポートにまとめたいと思う。
(17年5月25日記)
■目次
1――はじめに
2――国民投票後のプロセス
1|残留支持多数の場合-新条件でEU残留
2|離脱支持多数の場合-離脱の意思を告知、協定の締結作業に着手
3――英国経済の構造的特徴と潜在的リスク
1|英国経済の構造的特徴
2|EU離脱に関わる潜在的なリスク
3|イングランド銀行のスタンス
4――英国経済への影響を巡る議論
1|離脱派の主張-コントロールを取り戻そう
2|英国財務省などの試算-いかなる協定を締結しても経済にはマイナス
3|離脱派の主張と試算結果のギャップ
5――国民投票とEU
1|しばしばNOを突きつけられてきた欧州統合
2|英国の選択-残留が合理的だが、離脱を選択する確率も決して低くない
6――EUへの影響
1|経済的な影響-景気にはマイナス、世界経済におけるプレゼンスは低下
2|政治的な影響-直ちに離脱のドミノを引き起こすことは考え難い
3|新条件での英国のEU残留の影響-火種は残る
7――世界経済、日本経済への影響
1|世界経済への影響
2|日本経済への影響
※本稿は2016年5月18日に発行された「基礎研レポート」を加筆・修正したものである。
(2017年07月18日「ニッセイ基礎研所報」)

03-3512-1832
経歴
- ・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職
・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
伊藤 さゆりのレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/03/17 | 欧州経済見通し-緩慢な回復、取り巻く不確実性は大きい | 伊藤 さゆり | Weekly エコノミスト・レター |
2025/03/07 | 始動したトランプ2.0とEU-浮き彫りになった価値共同体の亀裂 | 伊藤 さゆり | 基礎研マンスリー |
2025/01/24 | トランプ2.0とユーロ-ユーロ制度のバージョンアップも課題に | 伊藤 さゆり | Weekly エコノミスト・レター |
2025/01/17 | トランプ2.0とEU-促されるのはEUの分裂か結束か?- | 伊藤 さゆり |
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