2017年06月05日

英国政府の要望を退けた欧州連合(EU)の離脱交渉方針

経済研究部 主席研究員   伊藤 さゆり

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3月29日の英国のEU離脱意思の通知を受けたEU側の動きが加速している。4月29日には、英国以外の27のEU加盟国による首脳会議が英国のEU離脱対応に関するガイドラインで合意、5月3日にはEUの欧州委員会が、離脱協議の詳細についての指令案を公表した。

英国が離脱意思の通知にあたり提示した要望とEU側が一連の文書で示した方針は、無秩序な離脱の回避や、安全保障面も含めて緊密な関係の維持が望ましいとのスタンスでは共通する。しかし、EUの方針は、以下の3つの点で英国政府の要望を退けている。英国とEUの隔たりは大きく、今後の交渉が平坦な道のりとはならないであろうことが予感される。

まず、英国が離脱後にEUとの間で締結することを望む包括的な自由貿易協定(FTA)について、深く、特別な関係、金融サービス業やネットワーク産業をカバーする野心的なFTAの締結という要望を退けた。英国は、金融面では、EU離脱が在英国金融機関の業務の流出につながらないよう、単一市場圏内で自由にビジネスを提供できるシングル・パスポートに代替するような幅広い協定を締結することを望んでいる。EUも、FTAは「バランスが良く、野心的で、幅広いものであるべき」としつつ、同時に、離脱する英国は「加盟国と同等のベネフィットは享受できない」、「単一市場への部分的な参加できない」とし、単一市場への自由なアクセスや、金融分野の特別扱いは否定した。

第2に、EU離脱に関わる協議とFTA協議の順序についての要望を退けた。英国政府は、英国に住む320万人のEU市民、EUに住む120万人の英国民の権利の取り扱いや、離脱に伴う金銭的な条件などの離脱に関わる協議とFTAの協議を同時並行で進めることを望んできた。だが、EU側が示したのは、FTAに関する協議は、EU首脳会議が「離脱に関わる協議が十分進展したと判断」した後に開始する「二段階アプローチ」だった。第二段階でのFTAの協議も、あくまでも準備協議と位置づけ、本格的な協議は、英国がEUを離脱し、第3国になってからとしている点も、英国政府の思惑と異なる。

そもそも、第一段階の離脱協議自体もかなりの難航が予想され、第二段階にスムーズに移行できるかは不確かだ。離脱協議の指令案には、EU市民には、原則としてその家族も含めて、労働や求職、起業、就学、社会保障制度へのアクセスなど、現在と同等の権利を認めるよう求めている。人の移動のコントロールを強めることを望む英国にとって、容易には受け入れられない条件だ。離脱に関わる多額の清算金の支払いについても英国政府は強い抵抗を示している。

第3に、離脱から新協定の発効までをつなぐ移行期間の必要性では一致しているものの、その位置づけは英国の要望と異なる。離脱までにFTAの大枠合意を目指す英国案では離脱と同時に新協定発効までの移行期間に入る。

これに対し、離脱後にFTA協議をするEU案の場合は、期限を区切った「つなぎ協定」の締結を想定する。EU離脱後も「つなぎ協定」によって単一市場へのアクセスなどの権利が適用されるが、英国の離脱派が嫌ってきたEUの法規制や予算、司法制度下に置かれるという義務も伴う。

この他にも、EUの首脳会議のガイドラインや欧州委員会の指令案には「自由な討議を促すため英国との協議内容は開示する」、「すべての合意が成立するまで合意はない」、「英国と加盟国による個別の交渉はしない」など英国政府が示してきた方針と異なる文言が並ぶ。

EU側の厳しいスタンスは、英国の離脱をきっかけにEUから離脱国が相次ぐような事態を防ぎたい、残る27カ国の結束を守りたいとの政治的な意思を反映したものだ。EU側の意思は固く、英国にとって厳しい交渉が予想される。

EU側の離脱交渉の準備は、5月22日の閣僚理事会での指令案の採択によって整うが、英国が6月8日に前倒しの総選挙を実施することを決めたため、協議の開始は6月中旬以降となる見通しだ。

英国では、15年の総選挙、16年の国民投票と世論調査の信頼性が疑われる結果が続いたが、今回は、与党保守党と最大野党労働党の支持率の差が大きく開いており、保守党の勝利、メイ首相の続投は確実だ。

6月総選挙でメイ首相率いる与党・保守党が大勝しても、EUのスタンスに影響はないが、秩序立った離脱の確率は高まろう。離脱方針を提示した上で、総選挙で勝利することによって、英国内、とりわけ保守党内でのメイ首相の求心力が強まるからだ。また、英国のEU離脱の成功には、離脱後のEUとの新たな関係への円滑な移行が欠かせない。早期総選挙によって、政権の任期が、離脱協議、EU離脱、EUとの新たな関係の移行期の5年間をカバーするようになる意味は大きい。

総選挙での勝利は、EU離脱という難局を乗り切る推進力とはなるだろう。
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経済研究部   主席研究員

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州経済

(2017年06月05日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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