2017年05月10日

エンゲル係数の上昇を考える

基礎研REPORT(冊子版)2017年5月号

客員研究員   櫨(はじ) 浩一

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1―注目集めるエンゲル係数の上昇

エンゲルの法則は、19世紀のドイツの統計学者、エルンスト・エンゲルがベルギーの家計支出を調べて見つけ出したもので、家計の所得が増えると「生活費(消費支出)に占める食費(食料)の割合」(エンゲル係数)が低下するというものだ。

個別の家計で所得が増加するとエンゲル係数が低下するだけでなく、歴史的にみても経済が発展する中で家計の所得が増加するとエンゲル係数は低下傾向を辿ってきた。長期のデータが比較できる総務省統計局の家計調査の「農林漁家世帯を除く二人以上世帯」で見てみると、統計が開始された1963年には38.7%だったものが、2005年には22.9%にまで大きく低下した。

ところが、1990年台半ばになるとエンゲル係数の低下傾向は非常に緩やかになり、1995年の23.7%から2005年の22.9%まで10年間の低下幅はわずかに0.7%ポイント、1年当たりの低下幅では0.07%ポイントにとどまっている。1963年から1995年までの低下幅は15.0%ポインドで1年当たりの低下が0.47%ポイントだったのに比べると大きく鈍化している。さらにその後は2005年を最低に上昇傾向に転じ、2014年以降は上昇が急速になっている。

2016年の25.8%という水準は、1987年の26.1%以来の高い水準である[図表1]。エンゲル係数の上昇が日本の家計の余裕度の低下を意味するのではないかという議論が起こっている。
エンゲル係数の推移

2―エンゲル係数上昇の原因

1|高齢化による世帯構成の変化
日本のエンゲル係数が上昇に転じた原因としては、まず、日本の人口構造の高齢化が進んで、世帯構成が大きく変わっていることの影響が考えられる[図表2]。

家計調査の世帯分布をみると、1985年には無職の世帯は10.7%に過ぎなかったが、2016年には無職世帯の割合は34.1%に達している。無職世帯が増加している原因は、高齢化が進んで引退して年金生活をする高齢者が増えたことだ。家計調査の世帯分布をみると無職世帯のほとんどは世帯主の年齢が60歳以上だ。

2016年で見ると、無職世帯のエンゲル係数は28.4%と、勤労者世帯の24.2%や個人営業などの世帯(無職を除く勤労者以外の世帯)の26.9%に比べてかなり高い。1985年から2016年までの間に、勤労者世帯の割合は64.3%から49.0%、個人営業などの世帯の割合は、25.0%から16.9%に低下しており、長期的に見ると無職世帯の割合が高まったことはエンゲル係数の上昇の大きな要因だ。

2|食生活スタイルの変化
食生活のスタイルが変化していることもエンゲル係数に影響を及ぼしている可能性がある。全国消費実態調査で1999年から2014年までの間の変化を見ると、食料への支出の中では、調理食品や外食、飲料の構成割合が高まっていることがわかる。調理食品や外食は加工やサービスの費用が加わっているので、同じ栄養価を得るための費用は家庭内で調理する場合に比べると高くなるはずで、食費を全体として拡大させる要因となっているのは間違いない。食生活の変化である家事の外部化をもたらした大きな原因は、夫婦がともに仕事をもっている世帯が増えたことだ。

夫婦共働き世帯は、家事時間を節約するために加工食品や外食費が多くなり食費が多くなる。全国消費実態調査(2014年)で有業人員が一人の世帯と二人の世帯を比べてみると、有業者数が二人の世帯の方が、食料の中で調理食品や外食に対する支出の割合が高く、食費も多くなっている[図表3]。

しかし、有業人員二人の世帯の方が所得水準は高く消費全体の金額も多いために、エンゲル係数は有業人員一人の世帯では24.1%であるのに対して、二人の世帯では23.5%と低い。女性の社会進出が進んだことで食費は増加したが、これがエンゲル係数の上昇要因となったとは言えないと考える。
二人以上の世帯の世帯区分別構成比の推移|有業人員の差による比較

3―近年の急上昇の理由

1|人口構造では説明できない上昇速度
第二次世界大戦直後に生まれた団塊の世代は、2012年に65歳に達し始めて労働市場から引退しつつあり、このため労働市場では需給がひっ迫し、有効求人倍率の上昇と失業率の低下が起こっている。

しかし人口構造面の要因がエンゲル係数を急速に上昇させたとは考えにくく他の要因が大きいと考えられる。このことは、エンゲル係数の2010年前後から2016年の間の動きを見ると、世帯主年齢層が30歳台、40歳台、50歳台でも上昇していることからも裏付けられる。世帯主の年齢構成がより高齢者側にシフトしていることによる影響という長期的な変化に加えて、全ての年齢層でエンゲル係数の上昇が起こったことが全体としての上昇を加速した。

2|食料の価格上昇
長期的に世帯の規模が縮小していることを補正するため、以下では世帯人員一人当たりの支出額で見てみよう[図表4]。2013年以降、消費支出全体はほぼ横ばいの水準に留まっているのに対して、食料への支出金額は急速に増加しており、食料への支出の急速な増加が近年のエンゲル係数の上昇をもたらした原因であることが分かる。

これは、2014年以降は食料の物価上昇率は消費支出全体の物価(持ち家の帰属家賃を除く総合)の上昇率をかなり上回っている[図表5]ため、家計が食料への実質的な支出水準を維持しようとした結果だと見られる。2000年代に入ってからは、食料価格の上昇率が消費支出全体の物価上昇率を多くの年で上回っており、エンゲル係数の上昇は、食料の価格上昇が大きかったことが大きな原因となっていると考えられる。

2014年4月に消費税率が5%から8%に引き上げられたことはこの一つの原因だ。食料品には消費税が課税されるが、消費支出全体には医療費や地代・家賃、学校の授業料など消費税の非課税品目が含まれている。このため、消費税率の引き上げによる消費者物価(帰属家賃を除く総合)への影響は食料への影響を下回ることになったからだ。
1人当たり支出額の推移|物価上昇率の推移

4―おわりに

長期的にみれば日本の家計のエンゲル係数が低下から上昇に転じたのは、実質所得の伸びが鈍化する中で、高齢化によってエンゲル係数の高い高齢者の世帯が増加したことが大きな要因となっている。こうした変化は必ずしも家計の余裕度低下と考えるべきものではないだろう。

一方、最近の短期的なエンゲル係数の上昇は、食料と消費支出全体の物価上昇速度の差による。日本経済がデフレから脱却する過程で、賃金上昇よりも先に食料などの生活必需品の価格上昇が起こる場合には、エンゲル係数の上昇が続く可能性が高い。過去はこうした状況は長期間は続かなかったが、今後賃金上昇率が高まらなければ消費の足かせとなる恐れがあるだろう。
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客員研究員

櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

研究・専門分野

(2017年05月10日「基礎研REPORT(冊子版)」)

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