2017年04月21日

米通商政策-二国間交渉重視の姿勢を明確化も、依然として通商政策の不透明感が強い

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.はじめに

トランプ大統領は、選挙期間中から中国の為替操作国認定や、中国、メキシコの輸入品に対する大幅な関税率引き上げなどを掲げてきたほか、TPPからの離脱やNAFTAの見直しなど、多国間交渉ではなく、二国間FTAなどの二国間交渉を重視する姿勢を示してきた。このため、選挙期間中から米国発で保護主義的な通商政策が世界全体に拡がることへの懸念が高まっていた。

昨年の大統領選挙で通商政策が争点化した背景には、米国の貿易赤字が長期間持続している中、中国の不公正な貿易慣行などにより、製造業を中心に雇用が喪失されたとの国民感情が一部で高まってきたことが挙げられる。実際、自由貿易協定に米国民の懐疑的な見方が強まっており、トランプ大統領だけでなく、民主党の大統領候補であったヒラリー・クリントン氏までもTPPに反対せざるを得なくなった。このため、以前に比べて通商政策への関心は高くなっていると言えよう。

一方、トランプ政権発足後、保護主義的な政策を主張する閣僚を登用したほか、公約通りにTPPの離脱を決定したものの、通商政策運営は円滑に進んでいるとは言えない。政権スタッフの不足などから、4月18日に行われた第一回日米経済対話では、具体的な政策に踏み込むことが出来なかったことが示されており、同政権の政策立案能力には疑問符が付いている。さらに、中国やNAFTAに対する政策スタンスに変化がみられるなど、通商政策の一部方針転換がみられていることも、政策の予見可能性を低下させている。

本稿では、通商政策が米国内で注目される背景について説明した後、これまでのトランプ政権の通商政策について整理するほか、今後の見通しについても解説している。結論から言えば、政策公約で掲げられていた多国間交渉から、日米FTAを軸とした二国間交渉に軸足を移すことが想定される一方、特定国の輸入品に高関税を課すことで引き起こされる世界的な貿易戦争は回避できそうということだ。ただし、通商政策の政策立案はこれから本格化するため、今後の通商政策の動向は依然として不透明感が強い。
 

2.通商政策が米国で注目される背景

2.通商政策が米国で注目される背景

(1)貿易赤字:70年代半ば以降、赤字基調で推移
財・サービスを合わせた米国の貿易収支は、70年台半ばまでは、ほぼ収支が均衡していたものの、その後は貿易赤字が増加に転じ、そのまま赤字基調が持続している(前掲図表1)。とくに、08年の金融危機前は、財収支赤字の増加を背景に、赤字額は5,000億ドル超(GDP比5%台)の水準まで増加していた。

もっとも、トランプ大統領は貿易赤字増加の要因として、オバマ政権時代の通商政策を痛烈に批判しているが、金融危機前後の変動を除けば、顕著な赤字増加はみられておらず、サービス収支黒字額の増加もあって、貿易赤字(GDP比)は足元3%を割れる水準で安定していたことが分かる。
(2) 対中国貿易赤字の拡大:製造業雇用喪失懸念と不公正取引慣行の指摘
貿易収支を主要国別にみると、対中国赤字の拡大が顕著となっており、貿易赤字全体に占めるシェアは00年代前半の2割台から16年は6割を超えている(図表2)。ちなみに、対日本ではほぼ横這いの状況となっており、シェアも1割程度に留まっている。

一方、対中国赤字の急激な増加は、01年に中国がWTOに加盟したことが大きいとみられている。また、工業製品などを中心に中国からの輸入急増によって、米国の製造業雇用が喪失したとの問題提起もされている。マサチューセッツ工科大学経済学部教授のデビッド・オーター氏らの分析1によれば、99年から11年にかけて中国からの輸入品増加によって、直接競合する分野で56万人の米製造業雇用が喪失したほか、関連産業まで含めた製造業雇用の喪失は98.5万人に上ると試算されている。この期間に減少した米製造業雇用が580万人であったことを考慮すると、その影響の大きさが分かる。トランプ政権は、この見方を支持しており、中国からの輸入急増が米製造業雇用を減少させたと主張している。

もっとも、中国からの輸入品増加が製造業雇用を脅かしたとの評価については、懐疑的な見方も強い。実際、米製造業雇用の減少に反して、足元の製造業生産は史上最高水準で推移しているため、米製造業の省力化などの生産性向上が、雇用喪失に影響している可能性が指摘されている(図表3)。
(図表2)財・サービス収支/(図表3)米製造業生産および雇用者数
(図表4)米国がWTOに提訴している相手国・地域 このように、対中貿易と製造業雇用の関係については議論の余地があるものの、対中国貿易における不公正な貿易慣行に対する米政府の不満は大きい。米国が不公正な貿易慣行に対してWTOに提訴している相手先をみると、95年のWTO発足から直近(4月20日)までで、中国向けが21件と最も多くなっており、全体の2割弱を占めている(図表4)。

実際、昨年の大統領・議会選挙では、共和党のみでなく、民主党も通商政策の政策公約として、中国の不公正な貿易慣行の是正を盛り込んでおり、与野党を問わず米政府の問題意識が大きいと言えよう。
 
 
1 “The China Shock: Learning from Labor Market Adjustment to Large Changes in Trade”(16年2月), David H. Auor, David Dorn, Gordon H. Hansen
(図表5)通商政策の評価 (3) 米国民世論:自由貿易に対する支持が低下
元々、民主、共和党ともに通商政策について、自由貿易を否定するスタンスではない。しかしながら、米国民の間で自由貿易協定、とくに多国間協定では米国が条件面で不利な条件を飲まされているとの声も大きくなっており、無視出来なくなっている。

ピュー・リサーチセンターが、選挙前の16年8月に実施した世論調査では、TPPを評価するとの回答が37%と評価しない(39%)を下回っているほか、より一般的な自由貿易協定についても、評価するとの割合が45%と評価しないとする割合(47%)を下回っている(図表5)。

このため、トランプ政権が目指す多国間協定の見直しは、米国民からは一定の支持が得られるだろう。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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