2017年03月22日

金融緩和による市場変化と成長~巨大な買い手の存在が金融市場の機能を低下させているか~

金融研究部 取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長 德島 勝幸

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2日銀のオペが市場を正常でなくしている
日本の現在の経済情勢は、前代未聞の少子高齢化の進展、総人口の減少といった展開から、既にこれまで正常と考えられていた状況とは全く異なるものになっており4、それに加えて、日銀の金融緩和によって国債流通市場のあり方が変質している。国債発行量のおよそ4割以上を中央銀行が保有し実質的に市場を支配しているため、国債流通市場はかつてのような取引の姿を維持できていない。
図表3 公社債流通市場の月別取引高の推移
市場参加者に対する3ヵ月毎のアンケート調査結果を見ても、国債市場の流動性が低下した後、現状では、ほぼ底這いの状況にあると見て良いだろう。現在の債券市場の機能度について、高いと答えた回答者の比率から低いと答えた回答者の比率を控除したDI(Diffusion Index)で、マイナス40~50の結果が継続しているという現状は、尋常な姿でない。そもそも、日本では、アンケート回答者の多くは、極端な値を選ばないのが普通であると考えられており、一般的には、DIはなかなか大きなマイナスにはなり難い5のである。
図表4 債券市場サーベイの結果推移
日銀が導入した国債買入れオペのスケジュールの事前発表は一定の効果が期待できるものの、市場が大きく変動した際には、果断に指値オペ等の手段によってイールドカーブ・コントロールを行う方針が示されており、引続き、市場の状況と日銀オペの動向には注目が集まるだろう。市場参加者の疑心暗鬼が完全に晴れることはないし、日本銀行もオペの自由度を完全に失うものではない。結局、お互いが手足を縛られない範囲で、容認される狭い範囲のマーケットにおいてプレイヤーを演じるしかないだろう。イールドカーブ・コントロールとは、言い換えれば、中央銀行による価格統制に近い。取引や保有の規模に厳然とした差がある以上、他の市場参加者は、圧倒的な支配力を持つ最大の買い手の動向によって影響のあることを、受忍しなければならない。一般的に、こうした類のプレイヤーの存在を“市場のガリバー”と呼ぶことはあるが、既に日銀は、単なる旅行者のガリバーではなく、王冠をかぶった支配者であるガリバーなのであって、それは絶対王権に近しい存在と考えられる。

現状では、日銀が水準を明示していない年限の金利水準を、どの程度の水準が適正と考えているかは不明であるし、明示されている年限の許容幅も定かではない。特に、10年を越える超長期金利の居所については、まったく不透明であるとしか言いようがない。日銀によるオペの状況を見て推測するしかないが、当然、為替や経済環境によって、適正と考えられる水準も変化する可能性が高い。結局のところ、日銀の動きを観察するしかないだろう。日銀が均衡イールドカーブ6の水準を提示すれば良いという見方もあるが、それこそが完全な管理相場の世界であり、現状は強大な絶対君主を抱いている以上、部分的な管理相場になっているだけなのである。
 
4 德島勝幸「これから日本経済の直面する課題」月刊資本市場2014年1月号
5 債券市場の機能度に関する2017年2月のサーベイ結果では、“高い”という回答が「0」で、“さほど高くない”が「57」、“低い”が「43」で、結果としてDIが▲43になっている。
6 均衡実質金利の集合。詳細については、今久保圭他「均衡イールドカーブの概念と計測」日本銀行ワーキングペーパーシリーズ2015年6月を参照されたい。
 

3――国債だけでなく一般債にも歪みが生じている

3――国債だけでなく一般債にも歪みが生じている

1国債対比スプレッドという考え方
債券市場には、国債以外にも地方債や財投機関債、社債といった発行体や根拠規定に基づいた複数の類型の債券が存在している。日本においては国債の発行残高が圧倒的であり、代表的な市場インデックスであるNOMURA-BPI総合の時価を見ると、国債の比率が80%以上を占めている。こうした債券種別構成の多様化の遅れは、他の先進国では見ることが出来ないとされる。日本証券業協会では“社債市場の活性化”に向けた検討と取組みを進めているが、金融機関による融資という社債と競合するファイナンス手段が巨大なプレゼンスを持ち、しかも、監督官庁から貸付残高の確保に向けた要請が存在している。その結果、事業会社の発行する社債市場が欧米並みの地位を獲得することは、難しいと考えられる。一方、債券の信用力評価の観点から、政府保証債や財投機関債、地方債については、明示や暗黙の政府保証が存在すると考えられることから、準ソブリン債と考えることもできるが、日本においては、国債の発行残高があまりにも大きいために、国債以外の債券についてまとめて“一般債”と括られることが少なくない。

発行体の信用力評価に意味がある社債に比して、準ソブリン債の場合は、信用力の要素がほとんどなく、むしろ流動性や規制上の取扱い格差が利回りに影響を与えている。つまり、一般債の利回りについては、同年限の国債利回りと国債利回りに対する上乗せ(スプレッド)の和と分解して考えることができる。これは、欧米の債券市場においても一般的な評価方法であり、信用リスクの観点からは無リスクとされる国債利回り7に対して、当該債券が有する信用リスクや流動性リスク等に由来したスプレッドが乗ると想定する8。このように考えることで、年限の異なる債券についてスプレッドの大小で比較考量することができるようになる。例えば、5年債でスプレッドが大きく乗った利回りの債券と、20年債でスプレッドがあまり乗っていない利回りの債券とが、結果的に同じような利回りとなる場合も考えられる。具体例を挙げると、2月9日に募集された兵庫県の15年債の利回りは0.504%で国債対比スプレッドは+11.5bpsであった。一方、約10日後に募集されたアコムの7年債は、利回り0.59%で国債対比スプレッドは+60bpsでプライシングされている。こうした年限も信用力等もが異なる債券の利回りを比較するのに際して、基軸となるのが国債対比スプレッドという考え方9である。
 
7 本来的には、無リスクと考えるべきなのは短期国債であり、長期国債については償還までの期間リスクが存在するために、理論的には長短スプレッドが乗っていると構成することが可能である。
8 マネタリーアフェアーズ現代社債投資研究会編著「現代社債投資の実務 第三版」第10章第2節2008年9月
9 スプレッドには、債券に組込まれたオプション性を組込んだ評価方法もあるが、理論的な詳細については、より専門的な書籍を参考にされたい。
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金融研究部   取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長

德島 勝幸 (とくしま かつゆき)

研究・専門分野
債券・クレジット・ALM

経歴
  • 【職歴】
     ・1986年 日本生命保険相互会社入社
     ・1991年 ペンシルバニア大学ウォートンスクールMBA
     ・2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社に出向
     ・2008年 ニッセイ基礎研究所へ
     ・2021年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・日本ファイナンス学会
     ・証券経済学会
     ・日本金融学会
     ・日本経営財務研究学会

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