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- 欧州経済見通し~英国のEU離脱選択の影響は中期にわたる~
2016年09月09日
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顕現化した英国EU離脱選択のシナリオ。しかし、急激な景気後退は回避
前回見通し1公表から2週間後の6月23日の国民投票で英国の国民は欧州連合(EU)からの離脱を選択した。見通しのリスクとして指摘したとおり、世界の市場に影響は広がったが、中央銀行の流動性供給体制と監督・規制強化による銀行の経営基盤の強化によって、流動性の危機は回避されたこともあり、過度の緊張状態はごく短期間に留まった。
さいわい、EU離脱を選択したことで、英国経済が急激な景気後退に陥る事態はとりあえず回避された。国民投票キャンペーン期間の4~6月期実質GDPは前期比0.6%、前期比年率2.4%で、1~3月期の同0.4%、同1.8%を上回った(図表1)。実質GDPと連動性が高い総合PMIは、7月に47.6と生産活動の拡大と縮小の分かれ目となる50を割込む水準まで一気に悪化したが、8月は53.6と国民投票前の水準まで回復した。製造業、サービス業とも短期的にはポンド安の恩恵を受けている。
さいわい、EU離脱を選択したことで、英国経済が急激な景気後退に陥る事態はとりあえず回避された。国民投票キャンペーン期間の4~6月期実質GDPは前期比0.6%、前期比年率2.4%で、1~3月期の同0.4%、同1.8%を上回った(図表1)。実質GDPと連動性が高い総合PMIは、7月に47.6と生産活動の拡大と縮小の分かれ目となる50を割込む水準まで一気に悪化したが、8月は53.6と国民投票前の水準まで回復した。製造業、サービス業とも短期的にはポンド安の恩恵を受けている。
1 Weekly エコノミスト・レター2016-6-9「欧州経済見通し~緩やかな景気拡大、低インフレ、そして政治的な緊張も続く~」をご参照下さい(http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=53101?site=nli)。
17年の英国の実質GDPはインフレ圧力と不確実性の高まりにより減速
しかし、ポンド安は輸入依存度の高い英国経済にとって諸刃の剣だ。
ポンドの名目実効為替相場は、前年比で16%余り低下している(図表2)。足もとはポンド安も落ち着いており、下落率はリーマン・ショック後のピーク(月中平均ベースで21.5%)には届かないと見られる。
それでも、輸入物価は、4~5月のゼロから6月の段階で前年同月比2.1%に上向いている。中央銀行のイングランド銀行(BOE)が目標とするCPIは6月同0.5%、7月同0.6%と上向きつつある(図表3)。この先、CPIは、世界的な原油安による輸入物価押し下げ効果が剥落することもあり、上昇ピッチが加速、17年前半には目標の2%に届くことになりそうだ。
世界金融危機後の英国の不況が長期化した一因は、ポンド安と原油価格急落の反動による輸入物価上昇でインフレが高進し、賃金の伸びを上回る状態が続いたことにあった(図表3)。この先、リーマン・ショック時のような雇用の急激な悪化(図表4)は避けられそうだが、個人消費を支えた実質賃金の押し上げ効果は17年前半にかけて剥落に向かう。在英国の金融機関は、EU離脱という選択がなくても、収益力回復のためのリストラを必要としていた。製造業も含めて、先行き不透明感から、新規の採用を手控える傾向も続くだろう。国民投票で争点となったEUからの移民の流入も細る可能性が高い。
ポンドの名目実効為替相場は、前年比で16%余り低下している(図表2)。足もとはポンド安も落ち着いており、下落率はリーマン・ショック後のピーク(月中平均ベースで21.5%)には届かないと見られる。
それでも、輸入物価は、4~5月のゼロから6月の段階で前年同月比2.1%に上向いている。中央銀行のイングランド銀行(BOE)が目標とするCPIは6月同0.5%、7月同0.6%と上向きつつある(図表3)。この先、CPIは、世界的な原油安による輸入物価押し下げ効果が剥落することもあり、上昇ピッチが加速、17年前半には目標の2%に届くことになりそうだ。
世界金融危機後の英国の不況が長期化した一因は、ポンド安と原油価格急落の反動による輸入物価上昇でインフレが高進し、賃金の伸びを上回る状態が続いたことにあった(図表3)。この先、リーマン・ショック時のような雇用の急激な悪化(図表4)は避けられそうだが、個人消費を支えた実質賃金の押し上げ効果は17年前半にかけて剥落に向かう。在英国の金融機関は、EU離脱という選択がなくても、収益力回復のためのリストラを必要としていた。製造業も含めて、先行き不透明感から、新規の採用を手控える傾向も続くだろう。国民投票で争点となったEUからの移民の流入も細る可能性が高い。
雇用・所得両面からの環境の悪化が予想されることから、個人消費の伸びは鈍る見通しだ。先行きの不確実性が高いだけに民間投資も当面は低調に推移しよう。
実質GDPは、16年は年前半まで高めの成長が続いたこともあり2%という高めの水準を維持しそうだが、17年は1.2%まで減速すると予想する。
BOEは8月4日に、(1)政策金利の引き下げ(0.5%→0.25%)、(2)銀行の負担を軽減、利下げの波及効果を高めるための新たな資金調達支援スキーム(Term Funding Scheme、TFS)の設定(16年9月19日~18年2月28日まで)、(3)国債買い入れ残高の600億ポンドの引き上げ(16年8月中旬開始、6カ月間で買入れ)、(4)100億ポンドの社債の買い入れ(16年9月中旬開始、18カ月間で買入れ)という包括的な緩和策を公表した。8月の追加緩和決定時には、BOEは、景気がBOEの17年実質GDP0.8%という予測と整合的な経路となる減速傾向を辿った場合には年内にも追加利下げをする方針を示していた。
現時点では経済指標もまちまちで判断が難しいが、金融政策委員会(MPC)が政策金利の下限は「ゼロをやや上回る水準」と考えており、追加の下げ余地が狭いことから、輸入インフレを増幅するリスクも伴う利下げは11月は見送り、来年2月の実施を予想した。
EUとの離脱協議、新たな関係についての協定締結の作業には年単位の時間を要する。経済への影響は中期にわたり、その度合いは、協議のスピードや成果に依存することになる。
実質GDPは、16年は年前半まで高めの成長が続いたこともあり2%という高めの水準を維持しそうだが、17年は1.2%まで減速すると予想する。
BOEは8月4日に、(1)政策金利の引き下げ(0.5%→0.25%)、(2)銀行の負担を軽減、利下げの波及効果を高めるための新たな資金調達支援スキーム(Term Funding Scheme、TFS)の設定(16年9月19日~18年2月28日まで)、(3)国債買い入れ残高の600億ポンドの引き上げ(16年8月中旬開始、6カ月間で買入れ)、(4)100億ポンドの社債の買い入れ(16年9月中旬開始、18カ月間で買入れ)という包括的な緩和策を公表した。8月の追加緩和決定時には、BOEは、景気がBOEの17年実質GDP0.8%という予測と整合的な経路となる減速傾向を辿った場合には年内にも追加利下げをする方針を示していた。
現時点では経済指標もまちまちで判断が難しいが、金融政策委員会(MPC)が政策金利の下限は「ゼロをやや上回る水準」と考えており、追加の下げ余地が狭いことから、輸入インフレを増幅するリスクも伴う利下げは11月は見送り、来年2月の実施を予想した。
EUとの離脱協議、新たな関係についての協定締結の作業には年単位の時間を要する。経済への影響は中期にわたり、その度合いは、協議のスピードや成果に依存することになる。
(2016年09月09日「Weekly エコノミスト・レター」)
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経歴
- ・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職
・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
伊藤 さゆりのレポート
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