2016年07月15日

利益調整に関する財務指標に着目した信用リスク分析(2)-Accruals Ratioと発行体格付けの関係

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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2Accruals Ratioと発行体格付けの関係
前項のAccruals Ratioの定義に基づいて、発行体格付けごとの傾向を確認してみたい。以下のサンプルを用いて各発行体について直近5年分のAccruals Ratioを計算した。また、過去の倒産企業とも比較するため、倒産企業のサンプルについて倒産直近までの5年間のAccruals Ratioも計算した。

(1)非倒産企業(A格以上:124社、A格未満かつBBB格以上:30社、BBB格未満:6社)
  • 2016年6月中旬に発行体格付けが付与されている上場企業。ただし、S&P、Moody's、Fitch、R&I、JCRの順に発行体格付けを選択する(金融機関を除く)。
  • Bloombergにて発行体格付けのデータが取得可能なもので、かつ直近6年間について財務データの取得が可能なもの(ただし、連結データと単体データがあるものについては連結データを優先する)。

(2)倒産企業(74社)
  • 「全国企業倒産集計2016年5月報(帝国データバンク)」に掲載されている「2000年以降の上場企業倒産①②」において、東証一部・二部に上場していたもの(金融機関を除く)。
  • Bloombergにおいて、倒産までの直近6年間について財務データの取得が可能なもの(ただし、 連結データと単体データがあるものについては連結データを優先する)。
 
これらのサンプルを用いて、各カテゴリーのAccruals Ratioの平均値について比較を行ったのが図表2(B/S Based Accruals Ratio)と図表3(CF Based Accruals Ratio)である。倒産企業については、2006年を境にAccruals Ratioの性質が異なるため、分けて表示をしている。
 
図表2:B/S Based Accruals Ratioの直近5年間の推移(平均値)
B/S Based Accruals Ratio(図表2)では、2006年以前の倒産企業では継続的にマイナス値をとり、徐々にマイナス方向へゼロから乖離していくのが特徴的である。これは、2006年以前の倒産企業において、企業再生のため企業活動のリストラクチャリング等が行われることが多かったこと等に起因しているものと考えられる。2006年以降の倒産企業では、Accruals Ratioが倒産直近まで単調増加する傾向が見られ、倒産直前で大きく悪化する傾向が見られる。この点については、おそらく過大な利益調整(含む、粉飾)を続けていたものの、最終的に耐えられずに倒産してしまった企業が増加したこと等に起因しているものと考えられる5

非倒産企業のB/S Based Accruals Ratioの傾向を確認すると、A格以上の発行体やA格未満BBB格以上の発行体については、Accruals Ratioに大きな変化は見られず、安定的に推移している。一方で、BBB格未満については、2年前(2013年度)よりAccruals Ratioが悪化し始めており、2006年以前の倒産企業が推移している水準へ近づいているように見える。BBB格未満の発行体については、すでに信用力が悪化している状況が顕在化しており、すでに債権者や投資家から企業活動のリストラクチャリング等が求められる環境下にあることに起因しているものと思われる。

次に、CF Based Accruals Ratio(図表3)について確認してみたい。倒産企業に関しては、基本的にB/S Based Accrual Ratioの傾向と同様である。つまり、2006年以前についてはマイナスの、2006年以降についてはプラスのAccruals Ratioを継続的にとり続け、最終的に倒産直前で大きく悪化する傾向が見られる。

非倒産企業においても、B/S Accruals Ratioでの傾向と同様に、A格以上とA格未満BBB格以上の発行体は安定的に推移しているが、BBB格未満の発行体については2年前(2013年度)から倒産企業の水準に近づいていく様子が覗える。
図表3:CF Based Accruals Ratioの直近5年間の推移(平均値)
以上より、発行体格付けの違いとAccruals Ratioの関係について、次のようにまとめることが出来る。
  • A格以上とA格未満BBB格以上の発行体のAccruals Ratioは安定的に一定の水準を推移する傾向がある
  • BBB格未満の発行体については、2年前よりAccruals Ratioがゼロから乖離してマイナスの値をとるようになり、特に2006年までの倒産企業の水準に近づく傾向が見られる
 
前稿の分析では「粉飾」や「過大な利益調整」に起因した企業倒産についても、Accruals Ratioによる分析が有効であると指摘した。これらの企業では倒産直前までAccruals Ratioがゼロから乖離してプラスの値をとり続けることが多いが、今回の分析では、発行体格付けと利益調整との密接な関係性は見られなかった。

この点について、「粉飾」や「過大な利益調整」による倒産事例は、特に2006年以降に増加するが、これらの企業に関しては、信用状況の悪化が倒産直前にしか顕在化せず、いわゆる「突然死」の傾向があることに起因しているのではないかと想像される。よって、BBB格の発行体をサンプルとして用いるだけでは、このような問題意識を含んだ信用リスクの分析が難しいことが示唆される。

今回サンプルとして抽出したBBB格未満の格付けが付与されている企業については、すでに財務状況の悪化が顕在化している中で、債権者や投資家の支援を受けつつ、企業活動のリストラクチャリング等を行いながら企業活動を継続している状況下にあると考えられる。

逆に言えば、「粉飾」や「過大な利益調整」によって企業倒産に陥るパターンとして注意すべきは、A格以上やA格未満BBB格以上の発行体であり、仮にこのようなカテゴリーに属する発行体でプラスのAccruals Ratioを取り続けているようなことがあれば、潜在的な信用力の悪化の可能性について更なる調査が必要であろう。

次項以降では、以上のAccruals Ratioの特徴を加味した信用リスク分析の手法について考えてみたい。
 
 
5 粉飾事件事例として指摘されるアイ・エックス・アイやニイウスコーなどがこのサンプルの中に含まれる。
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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

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