2016年04月22日

対外証券投資と為替変動リスクのヘッジ-為替予約を用いたリスクヘッジの注意点

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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■要旨
  • 2013年4月の量的・質的金融緩和政策導入後、主要機関投資家が保有する対外証券投資残高は増加しており、円安や世界的な株高・金利低下の効果もあり、収益に貢献してきた。
  • 2015年後半より、円安傾向に陰りが見られるようになったこともあり、対外証券投資において、為替変動リスクのヘッジが意識されるかもしれない。
  • 為替予約等を用いたときのヘッジコストが無視できず、為替変動リスクをヘッジしながら対外証券投資を行うと運用利回り追求の観点で妙味が薄れてしまう。

■目次

1――対外証券投資の増加と運用環境の変化
2――為替予約のヘッジコストが与える運用利回りへの影響

1――対外証券投資の増加と運用環境の変化

1――対外証券投資の増加と運用環境の変化

図表1は、主要機関投資家の対外証券投資に関する資産推移について、2013年4月の日本銀行による量的・質的金融緩和政策の導入から2015年12月末までの期間について示したものである。この約3年間で国内銀行(+4.4兆円)、生命保険(+18.9兆円)、損害保険(+1.6兆円)、企業年金(+3.2兆円)、公的年金(+24.7兆円)の全てにおいて対外証券投資の資産残高は増加している。円安や世界的な株高・金利低下もあり、これらの主要機関投資家の収益に大きく貢献してきた。
図表1:主要機関投資家による対外証券投資の残高の推移(兆円)
しかし、2015年後半より安倍政権成立後から続いてきた円安傾向に陰りが見え始めている。2015年6月に125円台を付けてから、徐々に円高方向のトレンドとなり、2016年3月末時点で112円台となっている。よって、これまで好調な運用成績をもたらしてきた対外証券投資だが、外国為替市場における風向きの変化から、為替変動リスクのヘッジが意識されるであろう。
為替変動リスクのヘッジの際には、為替予約(為替フォワード)等の為替デリバティブを用いたヘッジ取引が行われることがある1。特に、機動的に為替変動リスクをヘッジするのであれば、為替予約の利用性が高いものと思われる。
 
1 外貨の資金調達も兼ねる場合は、為替スワップや通貨スワップを用いるのが通例である。為替予約でのコスト計算の結果は、本質的には為替スワップを用いたときと同様である。為替スワップについては「為替スワップ取引を用いた時のヘッジコストの考え方」(ニッセイ基礎研究所 年金ストラテジー2016年4月号)、通貨スワップについては「通貨スワップの市場環境とヘッジコストに与える影響について」(ニッセイ基礎研究所 年金ストラテジー2015年4月)などを参照されたい。
 

2――為替予約のヘッジコストが与える運用利回りへの影響

2――為替予約のヘッジコストが与える運用利回りへの影響

為替予約とは、取引開始時に確定した先物為替レートで、満期日に異なる2通貨の資金を交換する取引である。例えば、米ドル建てで対外証券投資を行い、米ドル/円の為替変動リスクをヘッジする場合は、満期日に米ドル売り円買いを行う為替予約を取り組めばよい。満期日の直物為替レート(米ドル/円)が取引開始日の直物為替レートよりも円安になれば、対外証券投資の円建ての価値は上昇するが、為替予約の損失と相殺される。逆に、満期日の直物為替レートが取引開始日の直物為替レートよりも円高になれば、対外証券投資の円建ての価値は下がるが、為替予約の利益と相殺される。

為替予約で重要となるのは、直物為替レートと先物為替レートの関係である。一般的に、先物為替レートは直物為替レートの水準と内外金利差(国内金利-外国金利)で決まると説明される2
 
(先物為替レート) = (直物為替レート) × 〔1+(内外金利差) × (時間)〕

日本は長らく低金利下にあるため、外国金利よりも国内金利の方が低い状況にあることが多く、国内投資家にとって、直物為替レートよりも不利に(つまり、円高方向に)先物為替レートが確定することになる。よって、為替変動リスクをヘッジする場合、取引開始時の直物為替レートと先物為替レートの差は固定的なコストになってしまう。本稿では、この直物為替レートと先物為替レートの差をヘッジコストと呼ぶことにする。

図表2は、為替予約を1年間取り組んだ際の「直物為替レートに対するヘッジコストの割合(ただし、取引手数料等は考慮していない)」を示したものである。例えば、「直物為替レートに対するヘッジコストの割合」が1%のとき、為替予約によるヘッジの対象となる想定元本に対して1%のヘッジコストがかかることを意味している。2001年以降のデータで見ると、2008年のリーマンショックを境に、内外金利差の縮小に伴って、為替予約によるヘッジコストは減少傾向にあったことが分かる。直近は、米ドル/円の為替予約を取り組んだときのヘッジコストが上昇傾向にある。また、ユーロ/円の為替予約を取り組んだときのヘッジコストが、他の主要通貨と比べて最も低い状況にある。

ヘッジコストの運用利回りへの影響を見るため、主要国の10年国債の利回り(図表3)と、為替予約(1年)で為替変動リスクをヘッジしたときの運用利回り(図表4)を比較してみたい3。2016年3月末時点での、主要国の10年国債に投資した場合の利回りの差異は、「ヘッジなし米国債10年:1.77% ⇒ ヘッジ込み米国債10年:0.38%」、「ヘッジなし独国債10年:0.15% ⇒ ヘッジ込み独国債10年:0.07%」、「ヘッジなし英国債10年:1.42% ⇒ ヘッジ込み英国債10年:0.32%」、「ヘッジなし豪国債10年:2.49% ⇒ ヘッジ込み豪国債10年:-0.39%」(ただし、取引手数料等は考慮していない)である。参考までに、日本国債10年の利回りは-0.03%である。つまり、対外証券投資を行い相対的に高い利回りを享受しようと試みても、為替予約で為替変動リスクをヘッジすると、ヘッジコストの影響により運用利回りの妙味が薄れてしまうということである。
図表2:為替予約(1年)を用いたときのヘッジコスト(年間)の推移/図表3:主要国における10年国債利回りの推移/図表4:主要国の10年国債を為替予約(1年)でヘッジした時の運用利回りの推移
よって、為替予約等を用いて為替変動リスクのヘッジも含めて対外証券投資を行う場合、為替レートの円高方向の動きによる対外証券投資の評価損失を避けるという意味では問題なく機能するが、運用利回りも含めて追求するのであれば、少なくとも現状は、ヘッジコストの影響を無視するのが難しい環境下にあるということである。それゆえ、場合によっては、追加的に何かしらのリスクをとる必要が出てくる。例えば、先ほどの主要国の10年国債の事例から考えると、一般債やエマージング債のようなクレジットリスクをとりにいく、デュレーションを長期化して金利リスクをとりにいく、為替変動リスクのヘッジを部分的なものにとどめて為替変動リスクをとりにいく、などの方法も併せて検討する余地があるということである。
 
 
2 実際には、先物為替レートは、直物為替レートの水準や内外金利差だけではなく、異なる2通貨の需給や調達コストの差異なども反映して決定される。例えば、国内投資家が対外投資を行う等の理由により、多額の米ドル調達を行うような環境下にあれば、先物為替レートは、国内投資家にとってさらに円高の水準で確定することになる。実際に、現在は内外金利差よりも異なる2通貨の需給や調達コストの差異の影響の方が大きい環境下にある。詳細については、「為替スワップ取引を用いた時のヘッジコストの考え方」(ニッセイ基礎研究所 年金ストラテジー2016年4月号)等を参照のこと。
3 ヘッジ対象となる国債を為替予約(1年)用いてヘッジを繰り返す場合、内外金利差等が変動するために、将来のヘッジコストも変動する。よって、同水準のヘッジコストにて繰り返しヘッジ取引が可能とは限らないことに注意されたい。
 
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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

(2016年04月22日「基礎研レター」)

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