2016年03月31日

まちづくりレポート|多摩に広がる共感コミュニティ

社会研究部 都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任 塩澤 誠一郎

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

(4)西調布一番街つくるまちプロジェクト
西調布一番街つくるまちプロジェクト 京王線西調布駅北口すぐに、西調布一番街商店街がある(調布市上石原)。駅前から旧甲州街道に続く延長100m程の間に30数軒が軒を連ねている。近年、利用客が減り、テナントの空室率も高く、入居する人も高齢化していた中で、2014年に「西調布一番街つくるまちプロジェクト」7が始動した。このプロジェクトは、商店街に多くのテナント物件を所有するオーナーが、商店街を再活性化し、自分たちが育った街を面白くしたいという思いで、株式会社ブルースタジオ8に相談を持ちかけたことをきっかけとして始まった。

西調布一番街は、夕刻から営業する飲食店が多く、日中開いている店が少ない。調布駅周辺の中心商業地に近く、商売は難しいが、かといってアパートにしてしまうと商店街が死んでしまう。賃料相場からすると建て替えるメリットも少なかった。オーナーとブルースタジオは、このような状況の西調布一番街を再活性化するためには、人々がここを訪れるための何らかの強い動機が必要だと考えて、何度もミーティングを繰り返し、最終的に、「まちぐるみのアトリエ」という構想に至った。

調布からアクセスしやすい距離に美術大学やアート系専門学校がある。そうした地の利を生かして、比較的若いアーティストやアーティストの卵が、商店街に開かれたアトリエで日中活動し、相場より低い賃料でオーナーがその活動を応援する。アトリエの活動を通じて、昼間商店街を訪れる人を増やすという構想だ。

2棟のテナントに4室のアトリエを設け、家賃は相場の3分の1に設定、2014年10月から入居者の募集を開始した。応募要件は、何らかの作品を「つくる人」で、日中アトリエで活動できる人だ。活動する際はアトリエを開いておくことが原則で、商店街の人や、アトリエを訪れる人などと普通にコミュニケーションできる人、むしろ積極的にまちの人と関わりを持とうとするマインドを持った人を求めた。最終的に24組の応募があり、書類選考で10組に絞り、面接選考を経て5組を選定した。この5組が入居して、2015年2月、アトリエがオープンした。

このプロジェクトを担当し、それをきっかけに自らもアトリエの上階に暮らして、アトリエ入居者の管理人的立場でプロジェクトを支えるのは、ブルースタジオの谷田恭平(たにだ きょうへい)さんだ。谷田さんは、「募集を始めるまで応募があるかドキドキしていたが、集まったらこんなにいるんだと思った。結構な発見だった。今となっては、もっとたくさんいると思う」と話してくれた。応募者数が予想を上回った理由は、応募者が、低い家賃に魅力を感じたこともあろうが、何よりも、まちの人との関係の中で作品づくりをしていくことに共感を覚えたからではないだろうか。

入居した「つくる人」達は、作品の制作場所としてアトリエを用いているばかりではない。子ども向けのワークショップを行ったり、映画の上映会をしたり、作品の展示販売をしたり、造形教室を行ったりしている。この他、すべてのアトリエが参加する、「西調布一番街つくるまちプロジェクト」としてのイベント等も実施している。プロジェクトに共感した入居者が、それぞれが持つアートを生み出す力を生かして、思い思いの方法で、オーナーの思いに応えようとしているのだ。

こうした活動を通して、映画制作の打ち合わせ中に、フラッとアトリエに入ってくる人が現れたり、商店街のお年寄りがアトリエを訪れて入居者とおしゃべりをしていくようになった。自転車圏内から子ども連れでワークショップに参加するお母さん同士のつながりも生まれた。

谷田さんは、オープンから1年経過したまちの変化を「まちに違う表情が出た」と表現した。今までは、なじみ客が多く、なんとなく閉じた雰囲気があったそうだが、小さい子ども連れの若いお母さん達が商店街を通るようになって、少し風通しがよくなったと感じているという。

自前のイベントだけでなく、プロジェクトとして他地域のイベントに呼ばれることが増えたのも変化の一つだ。入居者ぐるみでイベントに参加することで、西調布一番街のプロモーションになり、商店街に人が来てくれる手応えを感じつつある。

商店街に思いがあるオーナーと、オーナーが取り組むプロジェクトに共感する入居者の取り組みがまた、それに共感する利用者を増やし、商店街に人が来る状況を作り出そうとしているのである。
 
西調布一番街つくるまちプロジェクト
 
7 西調布一番街つくるまちプロジェクトhttp://tsukurumachi.tumblr.com/
8 東京都中野区 一級建築士事務所 http://www.bluestudio.jp/
(5)キョテン107
キョテン107 「キョテン107」は、JR中央線日野駅に程近い店舗併用マンションの1階にある(日野市日野本町)。約29m2のコミュニティスペースは平日5日、概ね午前10時から午後6時までオープンしている。レンタルスペースとして貸し出しもしており、9:00~12:00、13:00~17:00、18:00~22:00という枠を、1枠2,000円、2枠3,000円、3枠4,000円という低価格で借りることができる。

スペースを運営するのは、「ひのプロ」といい、正式名称は、「日野宿通り周辺『賑わいのあるまちづくり』プロジェクト実行委員会」という。この名称からも分かるとおり、実は、日野市の事業から生まれた取組である。

2013年に日野市は、空き店舗を活用して、日野宿通り周辺活性化のための拠点づくりを行う事業に取り組み始めた。拠点づくりに現在の場所を活用することになり、事業を推進する実行委員会を立ち上げ、市の補助金を用いて拠点づくりや賑わいを創出する事業などを実施することにした。

市の事業に取り組む公的な団体というと、堅苦しいイメージを抱くが、「ひのプロ」の運営に携わる中心メンバーは若い人が多く、そこに堅苦しさは無い。

市内で材木店を営む、実行委員会代表の宮崎寬康(みやざき ひろやす)さんが、これまでの商店街の取り組みには無い新しいアイデアを求めて声を掛け、それに賛同して集まった人が主なメンバーだ。

それだけに、若い店舗経営者、市内にキャンパスを持つ実践女子大学の教職員や学生、フリーで働く人、会社員など、メンバーは実に多彩だ。事業を担当する市役所職員も加わっている。「キョテン107」での活動が始まってから惹きつけられるように参加した人もいて、今では人数にすると30人近くになるという。

「キョテン107」は、2014年11月にプレオープンし、2015年4月に正式オープンした。これまでに、「ひのプロ」として実施したり、開催に協力したりしたイベントがいくつかある。市内のパン屋に声をかけて開催した「パンフェス」、実践女子大学の学生と日野駅周辺の飲食店のコラボレーションメニューを提供した「七夕ビアガーデン」、日野産の野菜を使った限定メニューを味わえるはしご酒イベント「ひのうバル」などだ。

この内容を見ると、商店街の賑わいづくりを目的にした取り組みであることが理解できる。だが、一見、賑わいづくりとは関係ないように思えるイベントも実施している。例えば、毎月開催している「プロジェクターの日」というイベントがある。

「キョテン107」にあるプロジェクターの使い道を考えるワークショップから始まったこのイベントは、毎月テーマを決めて、ゲストスピーカーを招き、プロジェクターも使いながら参加者と交流する機会になっている。

これまでに実施したテーマは、スケートボード、ショートムービー、ゾンビ映画、茶道、プロレス、文房具などと、これだけみるととても趣味的でマニアックであるが、その内容に興味を持って参加した人と新たなつながりができ、そこから新たな活動が生まれるという効果が現れているという。

コミュニティスペースには、プロフィールボックスという四角い箱を棚状に重ねた場所があり、こちらも一箱月額500円で貸し出している。実践女子大学生活環境学科の高田典夫(たかた のりお)教授が設計し、市内の木工業者が製作し設置した。設置して貸し出しを始めただけでなく、「プロフィールBOXを楽しむ日」というイベントを不定期で開催し、読書会、偏愛マップ9づくり、親子参加の読み聞かせ、駅ヨコ広場を使った古本市といったイベントを実施している。

これらのイベントは、参加者同士交流しながら、コミュニケーションツールとしてのプロフィールボックスの楽しみ方を追求する格好の機会となっている。

「キョテン107」の管理人をしている野村智子(のむら ともこ)さんは、プロフィールボックスについて次のように話してくれた。「ひとり一箱を借りて、それぞれ好きなものを置いたりして、自由に使ってもらいたい。当初は入居条件などを設けていたが、オープンして一年経ち、ここが面白そうな場所だと認識してくれる人が増え、特段の制約を設けなくても、共感した人が面白く使ってくれるようになってきた」

こうしたイベントなどは、関わるメンバーがそれぞれにやりたいことを提案し、その運営も、それぞれができる範囲で、力を出し合って進めているという。イベントに興味を持つ人が参加し、参加した人が、また新たな企画を提案する。その状況を野村さんは、「入れ替わり立ち替わり誰かが提案したり、実行してみたりということの積み重ね」と表現する。

宮崎さんは、その積み重ねの中から、「だんだんコミュニティができてきた。楽しい雰囲気が生まれ、さらにいろんな人が来るようになった」と、この間の成長を振り返る。

「キョテン107」の隣で飲食店を営む、高田慶太(たかだ けいた)さんは、「個性的な方が集まって、いろいろなことを学べる場で、人のつながりができた。そこからいろんな事が発生する」と話す。

市内でアンティークショップを営む高畑勝(たかはた まさる)さんは、「だんだん面白い人が増えてくると、そういう人に会うだけでも参加するメリットを感じられる」と話し、実践女子大学食生活科学科の木川眞美(きがわ まみ)准教授は、「自分の世界が広がる感覚がある」と言う。さらに木川さんは、「この場所が人と人を繋ぐ機能を果たしてきている」と評価する。宮崎さんも、「つながりのキョテン」と表現した。

このように「キョテン107」は、メンバーに限らず、面白い企画を提案すれば、それを一緒に考えて、行動に移すことができる関係が生まれる場となっている。そして、実施したテーマに共感した人がつながり、小さなコミュニティが生まれ、それが発する楽しげな雰囲気に共感する人がさらにつながって新たな共感コミュニティを再生産する。「キョテン107」はそのような場所なのだ。

以前は、創業支援スペースとして貸し出すことを考えていた時期もあったというが、野村さんは、「創業したい人を応援する場というよりも、やりたいことがある人が使える場のほうが日常的に面白いことが起きそうだし、面白い人たちにも会えそうだと思った」と運営に関わる自分のスタンスを率直に話してくれた。

他のメンバーもここへの関わり方は様々であり、また思い思いの方法で利用している。例えば、高畑さんは、レンタルスペースを自らレンタルして商品の展示販売と展示テーマに合わせたイベントを定期的に開催している。木川さんも、大学を離れたこの場所で、市民向けの食育に関連するワークショップを毎月開催している。高田教授の研究室に所属する修士課程の吉武千晶(よしたけ ちあき)さんは、店番もしながら、「キョテン107」のロゴやイベントチラシなど、デザインワーク全般を手がけ、大学生活だけでは出会うことのない人とかかわる貴重な機会を得た。

高田教授は、このようなメンバーのかかわり方について、「みんな考えていることはバラバラ。同じ方向は向いていない。ただし大きなところでは共有しているものがある」と分析し、野村さんも、「みんな違うことを考えているけど、一緒におもしろがる人はたくさんいる。それぞれ違うことが分かっているから、一緒におもしろがれる」と話す。

メンバーが「キョテン107」に関わる目的はそれぞれで、取り組む方法も様々でありながら、そこから生まれる人とのつながりや新たな発見、それらを楽しむ雰囲気といったことすべてが、「キョテン107」を通して、まちの賑わいづくりへとつながっていく。メンバーが根本のところで共有しているものとは、そのことではないだろうか。
 
キョテン107
 
9 紙に自分が好きなものを書き出したもの。初対面同士が偏愛マップを交換すると、それだけで話が盛り上がるコミュニケーションツールとして有効だとされている。
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

社会研究部   都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任

塩澤 誠一郎 (しおざわ せいいちろう)

研究・専門分野
都市・地域計画、土地・住宅政策、文化施設開発

経歴
  • 【職歴】
     1994年 (株)住宅・都市問題研究所入社
     2004年 ニッセイ基礎研究所
     2020年より現職
     ・技術士(建設部門、都市及び地方計画)

    【加入団体等】
     ・我孫子市都市計画審議会委員
     ・日本建築学会
     ・日本都市計画学会

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【まちづくりレポート|多摩に広がる共感コミュニティ】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

まちづくりレポート|多摩に広がる共感コミュニティのレポート Topへ