2016年03月15日

韓国における給付付き税額控除制度の現状と日本へのインプリケーション―軽減税率より給付付き税額控除?―

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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以上のような結果から見ると、韓国政府が勤労奨励税制を導入したのは、近年の経済のグローバル化、産業構造の変化、そして労働力の非正規化の進行などにより所得格差が拡大し勤労貧困層が大きく増加したことが原因だと考えられる。特に「次上位階層5」として言われている勤労貧困層は、国民基礎生活保障制度6のような公的扶助制度や老齢、疾病、失業等の際に利用できる公的社会保険制度の適用から除外されているケースが多く、貧困から抜け出せない状況に置かれている。2002年時点での次上位階層の社会保険加入率は、国民年金36.7%、雇用保険27.7%、労災保険59.7%、健康保険98.2%で健康保険を除けば、次上位階層の相当数が公的な社会安全網から排除されていることが分かる7。このように次上位階層の公的社会保険加入率が低い理由は、彼らの多くが社会保険の適用対象ではない非正規労働者として働いているからである。そこで、韓国政府は勤労とリンクした給付を通じて勤労インセンティブを高めることにより、勤労貧困層が貧困から脱出して少しでも経済的に自立できるような環境を作るとともに、まだ十分に整えられていない社会安全網を拡大することを目指しアジアでは初の勤労奨励税制を導入した。
 すなわち、勤労奨励税制の施行により、韓国における社会安全網は、既存の公的社会保険や公的扶助制度である国民基礎生活保障制度から構成された2階建ての社会安全網から3階建てに変わり、所得保障システムが以前より少し手厚くなった(図表5)。
 
図表5 勤労奨励税制実施前後の社会安全網の構成
 
5 所得が最低生計費の120%以下かつ公的扶助制度である国民基礎生活保障制度の給付対象から除外された所得階層。
6 日本の生活保護制度に当たる。
7 ジョソンジュ・その他(2008)「韓国の勤労奨励税制(EITC)と女性の:実証分析と政策課題政策課題」51頁、韓国女性政策研究院
 

3――韓国における勤労奨励税制の導入過程や概要

3――韓国における勤労奨励税制の導入過程や概要

1勤労奨励税制の導入過程や変化  
韓国における勤労奨励税制は2003年に盧武鉉大統領の政権引受委員会がEITCの導入を提示したことをきっかけに導入が推進され、2006年12月26日に勤労奨励税制関連法規(租税特例制限法第100条の2及び第100条の13)を制定してから、2008年1月1日から施行(給付の支給は2009年9月から)している8(図表6)。
 
図表6 韓国における勤労奨励税制の導入過程や沿革
勤労奨励税制は、導入以降、数回にわたり改正案が発表され、適用対象を段階的に拡大している。例えば、2011年の改正案では世帯基準が変わり、扶養する子どもがいない世帯(有配偶者世帯)にも勤労奨励税制が適用されることになった。また、2012年の改正案により2013年からは配偶者や扶養する子どもがいない60歳以上の高年齢者一人世帯も適用対象になった。さらに、2013年の改正案により2015年から勤労奨励金が引き上げられ、子ども奨励金が新設された。その主な内容は図表7を参照していただきたい。
図表7 韓国におけるEITCの主な変化
 
8 韓国におけるEITC制度の仕組みは基本的にアメリカの制度を参考としている。
2|勤労奨励税制の目的
韓国における勤労奨励税制は、低い所得が原因で経済的自立が難しい労働者や事業者(専門職は除外、2015年度から支給)世帯に対して世帯員数や年間給与総額等から算定された勤労奨励金を支給することにより、働くインセンティブを高めるとともに実質所得を支援する制度である。勤労奨励金の年間最大給付額は施行初期の120万ウォンから現在は210万ウォンまで拡大された9
図表8は既存の国民基礎生活保障制度との違いを示している。国民基礎生活保障制度とは、日本の生活保護制度に当たる公的扶助制度で、2000年10月に従来の韓国における生活保護制度の問題点を改善する目的で導入された制度である10
 
図表8 国民基礎生活保障制度と勤労奨励税制の比較
 
9 施行初期には、世帯の所得が最低生計費の120%以下の人で、国民基礎生活保障制度の受給から除外された階層、いわゆる「次上位階層」が主な対象者で、前年度の年間総所得が 1,700万ウォン未満である労働者世帯に年間最大120万ウォンまでが支給された。
10 金明中(2004)「IMF体制以降の韓国の社会経済の変化と公的・私的社会支出の動向」-特集:IMF体制後の韓国の社会政策-『海外社会保障研究』No.146
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

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