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- 緩やかな回復シナリオに死角はないか?
2015年12月03日
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欧州連合(EU)の欧州委員会が11月5日「秋季経済予測」を公表し、前回予測からおよそ半年ぶりに、EU・ユーロ圏及び各加盟国の予測を改定した。
この半年間、域内外では前回予測時には想定されていなかったような様々な動きがあった。6~7月にはギリシャ支援に「空白期間」が生じ、ギリシャは一時的な銀行の営業停止に追い込まれた。シリア等からの難民流入の勢いは夏場以降に一段と加速し、難民受け入れ姿勢を巡る域内諸国間の摩擦が表面化した。さらに、9月末には欧州最大の自動車メーカーであるフォルクス・ワーゲン(VW)の排ガス不正問題が発覚、「一人勝ち」を続けてきたドイツ経済や、好調な欧州域内の自動車需要に水を差すおそれが出てきた。さらに、域外では、中国における株価の急落や人民元政策の変更をきっかけに、中国経済の急減速への懸念が高まり、新興国への不安も拡大した。
こうした半年間の内外情勢の変化に比べると、欧州委員会の経済予測の修正幅は控えめであり、従来の緩やかな回復シナリオを維持した(図表1)。
ユーロ圏の実質GDPは、15年が前年比1.6%、16年が1.8%。前回予測と比べて、15年は上方、16年は下方に修正されたが、いずれも修正幅は0.1ポイントだ。今回、初めて公表された17年の実質GDPも、同1.9%と回復基調が続く予測だ。インフレ率の見通しは、特に16年について前回の1.5%から1.0%に大きく下方修正したが、主な要因は原油の国際価格の低下であり、内需の下支え要因になると評価した。
この半年間、域内外では前回予測時には想定されていなかったような様々な動きがあった。6~7月にはギリシャ支援に「空白期間」が生じ、ギリシャは一時的な銀行の営業停止に追い込まれた。シリア等からの難民流入の勢いは夏場以降に一段と加速し、難民受け入れ姿勢を巡る域内諸国間の摩擦が表面化した。さらに、9月末には欧州最大の自動車メーカーであるフォルクス・ワーゲン(VW)の排ガス不正問題が発覚、「一人勝ち」を続けてきたドイツ経済や、好調な欧州域内の自動車需要に水を差すおそれが出てきた。さらに、域外では、中国における株価の急落や人民元政策の変更をきっかけに、中国経済の急減速への懸念が高まり、新興国への不安も拡大した。
こうした半年間の内外情勢の変化に比べると、欧州委員会の経済予測の修正幅は控えめであり、従来の緩やかな回復シナリオを維持した(図表1)。
ユーロ圏の実質GDPは、15年が前年比1.6%、16年が1.8%。前回予測と比べて、15年は上方、16年は下方に修正されたが、いずれも修正幅は0.1ポイントだ。今回、初めて公表された17年の実質GDPも、同1.9%と回復基調が続く予測だ。インフレ率の見通しは、特に16年について前回の1.5%から1.0%に大きく下方修正したが、主な要因は原油の国際価格の低下であり、内需の下支え要因になると評価した。
域内の様々なショックや外部環境の悪化にも関わらず、今回大きな修正が行われなかったのはなぜか。ユーロ安と原油安の追い風が成長を下支える一方、中国経済は軟着陸し、新興国経済は16年初からの回復を予測、外部からの逆風は一時的と見ていることが主な理由だ。
域内のショックのうち、ギリシャの混乱の影響が限定的であったことは、すでに経済データでも確認されている。そもそも、ユーロ圏の名目GDPに占めるギリシャのシェアは1.8%(2014年時点)に過ぎない。今回の危機は、欧州中央銀行(ECB)の月600億ユーロの国債等の買い入れが分厚い防火壁となり、「域内他国への伝播」が起きなかった。欧州委員会は、今回の予測で、ギリシャの実質GDPは、15年はマイナス1.4%、16年はマイナス1.3%と順調な回復を予測していた半年前から大きく下方修正したが、財政脆弱国とされるその他の南欧は上方修正した。
難民流入のマクロ経済への効果について、今回初めて暫定的な試算を公表した。試算によれば、EU28カ国に15~17年にEU市民と同等のスキルを持つ移民が300万人流入する場合は、GDPを基本シナリオよりも0.2%から0.3%押し上げる。移民のスキルが低い場合や流入規模が少ない場合は、効果が小さくなる。欧州委員会は、試算結果はあくまでも一つの目安であり、流動的な要素が大きいことを強調している。難民を最も多く受け入れるドイツでは、難民対策のための補正予算などを組み対応を迫られているが、利払い負担の軽減もあり、財政収支の黒字の見通しは維持された。
ユーロ圏の経済は、内外の変調にも関わらず、回復が続いているものの、世界金融危機とそれに続く財政危機の後遺症から長期停滞を脱し切れておらず、まだ脆弱だ。個人消費の回復は、雇用・所得環境の改善を伴っていることは確かだが、失業率は、ユーロ圏全体でも10.8%(15年9月時点)と高く、労働市場の「緩み」は依然大きい。欧州委員会予測では17年時点でもユーロ圏の失業率は10%を超えたままだ。投資の回復にも不安が残る。投資は、欧州委員会が15年時点でマイナス1.8%と推計する潜在GDPと実際のGDPのギャップの縮小と同時に、世界金融危機前に比べ半分程度に落込んでいる潜在成長率の引き上げに必要とされる。今回の予測では、企業業績の改善や緩和的な金融環境を背景に投資の勢いは徐々に強まると予測するが、外部環境の想定以上の悪化やユーロ危機の後遺症が長引き、投資回復が期待外れに終わるリスクも指摘している。
VWの問題は、経済データへの影響が表れ始めたばかりで、今回の予測には十分反映されていない。しかし、問題は、クリーン・ディーゼル車からガソリン車に広がる気配を示しており、本国ドイツや中東欧などVW車の製造工場が立地する国々の生産や雇用、輸出さらに投資マインドに及ぼす影響への警戒を怠れない。
ユーロ安、原油安という外的な「追い風」が止んだ後、ユーロ圏が自律的で持続的な回復の軌道に乗ることができるのか。鍵を握るのは投資だが、内外情勢が不透明な中で、力強さは期待し難い。
域内のショックのうち、ギリシャの混乱の影響が限定的であったことは、すでに経済データでも確認されている。そもそも、ユーロ圏の名目GDPに占めるギリシャのシェアは1.8%(2014年時点)に過ぎない。今回の危機は、欧州中央銀行(ECB)の月600億ユーロの国債等の買い入れが分厚い防火壁となり、「域内他国への伝播」が起きなかった。欧州委員会は、今回の予測で、ギリシャの実質GDPは、15年はマイナス1.4%、16年はマイナス1.3%と順調な回復を予測していた半年前から大きく下方修正したが、財政脆弱国とされるその他の南欧は上方修正した。
難民流入のマクロ経済への効果について、今回初めて暫定的な試算を公表した。試算によれば、EU28カ国に15~17年にEU市民と同等のスキルを持つ移民が300万人流入する場合は、GDPを基本シナリオよりも0.2%から0.3%押し上げる。移民のスキルが低い場合や流入規模が少ない場合は、効果が小さくなる。欧州委員会は、試算結果はあくまでも一つの目安であり、流動的な要素が大きいことを強調している。難民を最も多く受け入れるドイツでは、難民対策のための補正予算などを組み対応を迫られているが、利払い負担の軽減もあり、財政収支の黒字の見通しは維持された。
ユーロ圏の経済は、内外の変調にも関わらず、回復が続いているものの、世界金融危機とそれに続く財政危機の後遺症から長期停滞を脱し切れておらず、まだ脆弱だ。個人消費の回復は、雇用・所得環境の改善を伴っていることは確かだが、失業率は、ユーロ圏全体でも10.8%(15年9月時点)と高く、労働市場の「緩み」は依然大きい。欧州委員会予測では17年時点でもユーロ圏の失業率は10%を超えたままだ。投資の回復にも不安が残る。投資は、欧州委員会が15年時点でマイナス1.8%と推計する潜在GDPと実際のGDPのギャップの縮小と同時に、世界金融危機前に比べ半分程度に落込んでいる潜在成長率の引き上げに必要とされる。今回の予測では、企業業績の改善や緩和的な金融環境を背景に投資の勢いは徐々に強まると予測するが、外部環境の想定以上の悪化やユーロ危機の後遺症が長引き、投資回復が期待外れに終わるリスクも指摘している。
VWの問題は、経済データへの影響が表れ始めたばかりで、今回の予測には十分反映されていない。しかし、問題は、クリーン・ディーゼル車からガソリン車に広がる気配を示しており、本国ドイツや中東欧などVW車の製造工場が立地する国々の生産や雇用、輸出さらに投資マインドに及ぼす影響への警戒を怠れない。
ユーロ安、原油安という外的な「追い風」が止んだ後、ユーロ圏が自律的で持続的な回復の軌道に乗ることができるのか。鍵を握るのは投資だが、内外情勢が不透明な中で、力強さは期待し難い。
(2015年12月03日「ニッセイ年金ストラテジー」)
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経歴
- ・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職
・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
伊藤 さゆりのレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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2025/03/28 | トランプ2.0でEUは変わるか? | 伊藤 さゆり | 研究員の眼 |
2025/03/17 | 欧州経済見通し-緩慢な回復、取り巻く不確実性は大きい | 伊藤 さゆり | Weekly エコノミスト・レター |
2025/03/07 | 始動したトランプ2.0とEU-浮き彫りになった価値共同体の亀裂 | 伊藤 さゆり | 基礎研マンスリー |
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