コラム
2014年12月16日

銀行に「逆ざや」?-銀行の「逆ざや」、生保の「逆ざや」-

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今となっては妄想か幼少期の実体験かの区別すらつかなくなっているが、近所の地方銀行勤務者のお宅を「銀行マンのお宅」と尊称していた(?)という思い出がある。当時の田舎町では、地元地銀の行員、国鉄職員、県庁勤務者の3者を、エリートサラリーマン=特別な存在として見ていたように思う。就職して東京近辺に住むようになり、こうした感覚は薄れてしまっていたが、今でも地方における地銀の存在感は似たようなものなのだろうと思う。

このところ税引き後利益で見た地銀の業績は好決算が続いている。しかしこうした好業績は、景気回復を受けて不良債権処理費用が大幅減少したことと、株高により投信販売の手数料収入が好調であったこと等によるもので、銀行の本業たる融資等から得られる利益は減少傾向が続いているらしい。この12月8日に東京商工リサーチが発表した銀行114行の総資金利ざやに関する調査結果を見ると、2013年度、74行(65%)で総資金利ざやが対前年度減少しており、8行(7%)は資金利益が調達コストを下回る「逆ざや」に陥っていたという。
   金融緩和で超低金利状態が長く続いている。銀行はゼロに近い金利で預金を預かるので、調達コストは極限まで下がっている。しかし預金で預かったお金を運用する側の融資にも超低金利が波及してきた。企業の資金需要が落ち込む中、銀行が従来のテリトリーである県境を越えて激しい貸付競争(低利貸し競争)を繰り広げるようになり、貸出利率もゼロに近づいてきた。その結果、融資による運用成果も縮小し、調達レートと運用レートの差(利ざや)が縮小した。融資の量を増やせば利益が増えるという、従来の考え方では銀行経営がやっていけなくなっているということらしい。

地方の人口減少もあって将来の経営環境は厳しいと、金融庁は地銀の再編を促している。すでに、遠距離をものともしない北海道銀行(北海道)と北陸銀行(富山)の北前船を思わせるような経営統合(ほくほくフィナンシャル)、福岡(福岡銀行)、熊本(熊本銀行)、長崎(親和銀行)、3県にわたる広域経営統合(ふくおかフィナンシャル)などが存在する。この10月には、東京都民銀行(東京)と八千代銀行(東京)の経営統合(東京TYフィナンシャル)が発足した。11月には、横浜銀行(神奈川)と東日本銀行(東京)、肥後銀行(熊本)と鹿児島銀行(鹿児島)という二組が、経営統合の交渉を進めていることを相次いで発表した。こうした統合の裏側には利ざやがとれなくなっているという事情もあるのだろう。

翻って生保業界を顧みれば、生保業界は90年代後半に、契約者に保証した利回り(予定利率)を資産運用利回りが下回る「逆ざや」に陥り、いくつかの中小生保会社が「逆ざや」の圧力に耐えきれず破綻するという経験をしてきた。
   この時代は、バブル崩壊後の危機を乗り越えるべく、国策として超低金利政策が実施されていた時期であった。この超低金利政策は予定利率という高めのハードルを持つ生保にたいへんな困難をもたらした。生保の立場から見れば、銀行や企業を守るために生保が犠牲になっているというように思えないこともなかった。
   「生保だって、銀行や一般企業がばたばた倒産したら困るでしょ」。 その当時、以上のような感想を某銀行の企画担当者に訴えたときに、彼から聞かされた言葉だ。「あっ、この人たちには危機感も何もないんだ」とぐっとつまった覚えがある。
   生命保険契約の契約期間は長い。生保会社はいったん高い予定利率を保証して契約すれば満期までの長きにわたってその約束を守り続けなければならない。それに対し、銀行の預金は期間が短い。市中金利が下がれば調達金利(預金金利)もすぐに下がる。「金利がゼロに近づけば調達コストも下がる。銀行はいいよなあ」と、当時は、銀行を「逆ざや」が襲うなんて考えも及ばずにうらやんでいたものだ。
   それから15年。生保会社は新規販売契約の予定利率を引き下げ、あわせて資産運用で利回りを上げる努力を続けてきた。高い予定利率を保証していた既存の契約は少しずつ満期を迎えていった。その結果、近年になってようやく、生保業界は「逆ざや」状態を脱しつつあると言える状況になってきた。その間、超低金利政策は変わることなく維持され続け、ついにはその影響は銀行にまで波及してきたわけだ。

預金と融資という基本的な業務で利益を稼げなくなるという状況は、銀行にとって非常に深刻な事態であろう。預金で集めた資金を融資に充てることにより資金余剰部門から資金不足部門に資金を融通する。こうした銀行の金融仲介機能が機能不全に陥ってしまう。生保の「逆ざや」問題は、実は運用関係の損益(利差益)についてだけの話であった。別途、保障という本業中の本業に関連する危険差益については、その当時もプラスが維持されていた。こうしたことを考えれば、現在の銀行の方が、当時の生保よりも困難な状況にあるのかもしれない。この状況を打破するため、資金運用の対象に株式やJリート(不動産投資信託)、外貨建て投資などを組み込む場合、その程度が大きくなれば、やっていることは銀行と機関投資家である生保であまり変わらないことになる。地域経済の要であり続けるためにも、ここは何とか、本業たる融資や中小企業向けの各種サービスを磨き上げて利ざやを増やし、銀行らしさを極めてもらいたい。とは思うのだが、この超低金利環境下で思ったように動けないことは、生保会社のこの15年の苦闘の経験からもよくわかるところである。生き残り、勝ち残りのために経営統合に踏み切るのも一つの手だろう。各業界とも、本丸の収益があやしくなった時に再編が多発している。

また銀行が総体としての業績を維持する方法としては、いわゆる収益の複線化、すなわち投資信託や生命保険・個人年金等の販売による手数料収入(役務取引等収益)の増加を図り、資金利益と並び立つ収益源とすることが一番手っ取り早い。そうこうの理由で、多くの銀行はこれからも投資信託や生命保険・個人年金の販売にいっそうの力を注ぐことになるのだろう。
   そして、この動きは、生保会社の収益構造を変えることにもなる。銀行の生保・個人年金販売力が強力であることは経験的に実感済み。昨今の生保決算においては銀行窓販にどれだけ力を注いだかで、各生保会社の決算状況に違いが出るという状況も現れている。生保会社にとって、銀行の「逆ざや」は対岸の火事と傍観していればいいと言った類いのものではない。

できる限り早く、日本経済が本来のあるべき姿を取り戻し、活力ある金融制度が築かれることを、そして、それまでの間、消費者、銀行、生保が、この超低金利という難局をしたたかに乗り切っていけることを、新年を迎えるに当たっての願いとしたいと思う。

(2014年12月16日「研究員の眼」)

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