2024年04月16日

Googleの運用型広告訴訟-米国司法省等から競争法違反との訴え

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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(3) 媒体社のシングルフォーミング化 GoogleがDFP媒体社サービス買収するよりも前、媒体社は、競合するアドテクを利用する際にもGoogleの提供する閲覧者の識別子12を利用できていた。この閲覧者の識別子について、DPF媒体社サービス買収以降、Googleが暗号化した。このことにより競合するアドテクは、Googleの持つ閲覧者と広告主をマッチングする能力を利用することができなくなった13

媒体社は需要が特定のソースからしか得られない場合には、そのサービスと提携せざるを得なくなる。Google Ads広告主サービスのみを利用する(=シングルフォーミングである)広告主は、AdX広告取引所のみしか利用できず、その結果、媒体社はDFP媒体社サービスを利用せざるを得ない。ちなみに近時では、Googleは限られた範囲でのみ他の広告取引所への入札を認めている。
 
12 閲覧者の性別や年齢層、居住地域、閲覧履歴などの情報が識別子に紐づいている。
13 前掲注1 p39
(4) Google Ads広告主サービスから他の広告取引所への入札 上記(3)の通り、DFP媒体社サービスの仕組みとして、他の広告取引所からの入札を限定的に可能にしたが、広告主がGoogle Ads広告主サービスから競合する広告取引所への入札を行おうとする場合においては、GoogleはAdX広告取引所で利用した入札ターゲットをどのように設定するかのデータを、競合する広告取引所は利用できない。また、重要なポイントとして、DFP媒体社サービスには競合する広告取引所からは1つの入札額しか提出できないのに対して、Adx広告取引所からは二つの入札額を提出できる14(この意味については後述)。

これらの排他的な行動の結果、Google Ads広告主サービスの費用の95%はAdX広告取引所を通じて流れることとなった。
 
14 前掲注1 p42
(5) 媒体社へのDFP媒体社サービスの利用強制 広告主に対するGoogle Ads広告主サービスにおける制限は上述(4)の通りであるが、Googleは媒体社にもDFP媒体社サービスの利用を強制した。その手段としてはAdX広告取引所からリアルタイムの入札を得るためには、DFP媒体社サービスを使用することを義務付けることであった15(この点については3章以下参照)。

Googleは広告在庫のリアルタイム競争の重要性を認識し、特定の時点における閲覧者の特性に基づいて価格を決定することで、競合する媒体社サービスを利用して、AdX広告取引所に接続することを阻止した。GoogleのDFP媒体社サービスは2015年には媒体社サービス市場で90%のシェアを獲得することになった16
 
15 前掲注1 p43
16 前掲注1 p45

3――ウォーターフォール方式とGoogleの対応

3――ウォーターフォール方式とGoogleの対応

1|ウォーターフォール方式の入札
従来(少なくとも2018年まで)は、DFP媒体社サービスを介して複数の広告取引所に在庫を販売したい媒体社はウォーターフォール方式の入札方法をとることとされてきた17。この方式は広告取引所市場におけるGoogleの優位性を確立するのに重要な役割を果たしてきた。

この方式ではDPF媒体社サービスは過去の平均入札価格に基づいて、各広告取引所を順位付けする。まず閲覧者がウェブページを開いたときに、媒体社サービスは最も順位の高い広告取引所に入札依頼を行う。そして、その広告取引所に、媒体社が設定した下限価格(フロアプライス)よりも高い価格で入札を行う広告主がいた場合、その広告主が落札し、広告を掲出することができる。もし下限価格未満の入札しかない場合は、次の広告取引所に入札依頼を行うこととなる(図表5)。
【図表5】ウォーターフォール方式の入札
 
17 前掲注1 p47
2ダイナミックアロケーション
GoogleがAdX広告取引所を改修したときに、Googleはシステムを一から作り直して、「ダイナミックアロケーション(動的割当て)」を導入した。ダイナミックアロケーションは以下のような特徴を持ち、Googleに優位性を与えてきた18
 
18 前掲注1 p49
(1) 第一に、DFP媒体社サービスは、AdX広告取引所をファーストルック(最初に見る)することとした。言い換えれば、DFP媒体社サービスによってAdX広告取引所がウォーターフォールの最上位に位置付けられた。そして後述の通り、AdX広告取引所は、価値のある広告(インプレッション)を獲得するため、競合する広告取引所が支払う「静的な」過去の平均入札価格を参考にして、それらよりもわずかに高い価格を提案することができた19(下記(2)を参照。図表6)。
【図表6】ファーストルック
 
19 前掲注1 P50。なお、入札はあくまで広告主サービスが行うが、AdX広告取引所はこのように入札価格の調整を行うので、AdX広告取引所が入札しているようにも見えることに注意が必要である。
(2) 第二に、非常に重要な点として、DFP媒体社サービスは、ウォーターフォール中での競合する広告取引所の提示した、過去の最も高い平均入札価格をAdX広告取引所と共有した。このことには二つの利点がある。まず、AdX広告取引所を通じて、広告主は落札可能な入札価格の下限(フロアプライス)、すなわち競合する媒体社サービスの最高平均入札価格を見ることができる。その結果、自社の入札価格をそれ以上に設定することで落札することができ、かつ落札した広告主は競合する媒体社サービスが提示した最高入札価格をフロアプライスとして、その金額を払えばよいということになる。

後者については、AdX広告取引所ではセカンドプライスオークションを実施していることによるものである20。これは広告枠を最高価格で入札した広告主が落札するが、支払う金額は2番目に高い価格、すなわち競合する広告取引所の最高平均入札価格とするという仕組みによるものである(図表7)。
【図表7】DFP媒体社サービスとAdX広告取引所の情報共有・セカンドプライスオークション
 
20 競合する広告取引所の入札がなければ、AdX広告取引所の入札した2番目に高い価格を支払うこととなる。
(3) 第三に、Googleは、AdX広告取引所を通じたGoogle Ads広告主サービスの提示価格の設定について、特定の閲覧者が特定のウェブページを見ることの価値を社内入札によって決定していたことである。この価格は、競合する広告取引所のように過去の平均価格ではなく、ユーザーやユーザーの人物像といったデータに基づいて動的に算定されている。つまり価値の高い広告枠には高い価格で、低い広告枠には低い価格で、入札することができる。

このような仕組みをDFP媒体社サービスはAdX広告取引所にのみ認め、競合する広告取引所には認めなかった。競合する広告取引所は過去の平均入札価格を利用したウォーターフォール方式入札に参加するしかなかった。

つまり、DFP媒体社サービスはAdX広告取引所に特権的な地位を与え、より価値の高い広告枠についてAdX広告取引所による入札が独占的に落札できるようにしていた。

4――Googleによる競合社の排除と顧客利益の阻害

4――Googleによる競合社の排除と顧客利益の阻害

1|総論
Google Ads広告主サービスは、表向き各広告主の設定した価格と予算の制限の中で、広告主に代わって在庫(広告枠)を購入する。しかしGoogleは媒体社サービスを支配するというGoogleの長期的な目標に資する方法を選んだ21。Google Ads広告主サービスの広告主はキャンペーンの予算その他のパラメータを設定するが、それ以外は広告主にとってはブラックボックスである。Googleはその支配力を利用して200万の広告主により高い広告料を支払わせることを意図したシステムを設計した。Google Ads広告主サービスで事実上、唯一利用が可能なDFP媒体社サービスへの支払いを増やし、DPF媒体社サービスとAdX広告取引所をより不可欠なものとする(あわせてGoogleの取り分を増加させる)。このことにより、競合する媒体社サービスの競争力を封じ込め、DFP媒体社サービスを独占的なプラットフォームに押し上げた22

長い間、Googleは媒体社サービスでの支配力が確保されたことを受け、ひそかにGoogleが価値の高い在庫を獲得できるようにする一方で、競争力が低いと予想される在庫に対して、想定される手数料よりもはるかに高い手数料(たとえば50%)を課すことで自社の利益率を維持した23。このことで媒体社がGoogleから離れないのは、媒体社サービスには前述した通り、粘着性があるからである。
 
21 前掲注1 p55
22 前掲注1 p56
23 前掲注1 p57
2|二つの入札により広告主の利益を害する
少なくとも2019年後半まで、AdX広告取引所はセカンドプライスオークションを実施していた。一般に競合する広告主サービスは広告費の高騰を避けるため、一つの入札価格のみを提示していた。ところがGoogle Ads広告主サービスは広告主には知らせずに2つの価格の入札を行っていた。これは高い方の価格を入れることで落札し、低い方の価格を実際に支払うというものであった24(図表8)。

なお、複数の広告取引所の入札があった場合であって、競合する媒体社サービスの過去の平均価格がAdX広告取引所の提示した2つめ(低い方)の価格より高い場合は、競合する媒体社サービスの最高入札価格を支払うこととなる。
【図表8】セカンドプライスオークション
この低い方の入札は、特に競合する広告取引所がいなかった場合に、結果として広告主が支払う広告費を押し上げることとなり25、Google Ads広告主サービスの広告主は損をしたことになった。これは広告主の利益を害する行為であるが、媒体社サービス市場を支配する目的のために行われた。

このような二つの入札を行なっていなければどうなるかをGoogle自体が分析している。その結果、Googleから媒体社に対する支払われる利益のかさ上げ分30%~40%が消えうせた。つまりその分、広告主が余分に支払っていたことになる。しかし、GoogleはDFP媒体社サービスとAdX広告主サービスに媒体社を囲い込むことを優先した26
 
24 前掲注1 p57
25 後述の通り、Googleは自社の手数料を多くとるために、2つ目の入札価格を引き上げるからである。
26 前掲注1 p60
3|手数料の操作により価値の高い広告枠を確保
上述の通り、Googleはアドテクを独占することで競合他社も含む価格情報を取得していた。また、2013年1月に広告主からの手数料の徴収を固定14%から平均14%とすることとした。これをダイナミック・レベニュー・シェアと呼んでいる27。これにより他の広告取引所と競合する入札では手数料を14%より安く(=入札価格を高く)する。その代わりに、他と競合しない入札では手数料を14%より高く(=入札価格を低く)することでGoogleはその損失を補った。

さらには広告主の提示額を上回る金額をGoogleが提示して獲得する(=Googleにマイナスの手数料=損失を生じさせる)ことまで行った(図表9)。
【図表9】プロジェクト・バーナンキ
一方で、他と競合しない広告枠では50%以上の手数料を広告主から徴収することでGoogleの損失を埋め合わせた。つまり広告主の購入費用は変わらないが、媒体社への広告代は減少する。これをGoogleは「プロジェクト・バーナンキ」と呼んでいた。プロジェクト・バーナンキは、重要な顧客である媒体社に大きな利益を与えることとなった。
 
27 前掲注1 p61
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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