2024年04月16日

Googleの運用型広告訴訟-米国司法省等から競争法違反との訴え

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

2023年1月24日に米国司法省およびカリフォルニア州など7州は、Googleを相手方として、バージニア州東部地区連邦地裁に訴訟を提起した1。Googleといえばウェブ検索サービスが有名であるが、実際にはウェブ上の運用型広告2サービスをほぼ独占している状況にあり、今回の米国司法省等の訴訟はこのGoogleの運用型広告サービス市場における私的独占行為を競争法上問題とするものである。

運用型広告では、ウェブ閲覧者がウェブページを開くと、ページ上の広告枠に広告が表示される。この広告が表示されるにあたっては、まずウェブページを運営する媒体社(Publisher)のサービス(Publisher Ad Server)が広告取引所(Ad exchange)経由で入札依頼を行い、これに対して広告主(Advertiser)のサービス(Ad buying tools)が入札する。最も好条件を提示した広告主が落札することで、その広告主の広告がウェブページの広告枠に表示される。このシステム全体をアドテクと呼び、入札の手順をReal Time Bidding(リアルタイム入札)という(図表1)。
【図表1】Real Time Bidding
このような取引がコンマ数秒の間に行われるため、閲覧者には最初からその広告がウェブページに掲載されているように見える。なお、媒体社が有する広告枠のことを在庫(Inventory)といい、広告主が入札する予定のことを需要(Demand)という。広告が掲出された際、Googleは広告取引所での手数料を20%徴収し、かつGoogleのアドテク全体で約35%の手数料を徴収している3

ここで、広告枠を販売する媒体社向けのサービス(以下、媒体社サービスという)、広告枠を購入する広告主向けのサービス(以下、広告主サービスという)、およびこれらを繋ぐ広告取引所のサービス(これらすべてのサービスを総称してアドテクという)のすべてをGoogleがほぼ独占していることから、競争法上の問題があると米国司法省等は主張している。

この訴状は様々な側面を検討しているので、内容が複雑である。そのため、最初に要点を言うと、広告枠を売るGoogleの媒体社サービスが、Googleの有する広告取引所に対して、競合する広告取引所の情報を連携することによって、常にGoogleの広告取引所が広告枠を買い取れるように仕組んだということである。これは例えていえば、工事の発注者が、特定の入札者に対して、競合する他の入札者の情報を教えることで、その特定の入札者が常に落札しているようなものである。

常に落札が可能なGoogleの広告主サービスには多くて優良な買主(広告主)を集めることができ、そしてその結果、多くて優良な広告主からの入札を得たいGoogleの媒体社サービスに多くの媒体社を集めるということ通じて独占を勝ち取ったということがどうなのかが、訴状の主眼である。

なお、本稿では訴状に沿って記載しており、Google側の反論の記載はない。また、訴状のうち、主要な部分に限って記載しているのでご留意いただきたい。
 
1 Case 1:23-cv-00108。
2 運用型広告とは広告主が価格や各種パラメータを設定・修正し、広告主が自社広告を文字通り「運用」する広告のことである。
3 前掲注1 p23。これらコストは最終的には広告主の支払う広告費の負担となる。

2――Googleのアドテク支配の経緯

2――Googleのアドテク支配の経緯

1|Googleによるアドテクの構築・買収
Googleは自社の検索サービスおよび検索広告(検索結果ページに表示される広告)の強みを踏まえ、2000年に運用型広告業に参入した。最初は広告主のためのサービスであるGoogle Ads(当初はAdwordsと呼称)を開始した(図表2)4。以下ではこのサービスをGoogle Ads広告主サービスと表記する。
【図表2】広告主のためのサービス導入
Google Ads広告主サービスは、当初は広告主がGoogleの検索結果ページ等自社運営の広告を購入するだけのものであったが、2003年に第三者のページの広告販売代理(広告主サービス)も行うことができるようにした。なお、現在ではGoogle Ads広告主サービスは200万以上の広告主を代表するまでに成長した。

Google広告主サービスにおいて、Google以外の第三者の広告在庫に対する十分な購入依頼を得られなかったことから、2006年にGoogle独自の媒体社サービスを立ち上げ、Google Adsと媒体社サービスと統合しようとした。しかしこの媒体社サービスは結局人気を得ることができなかった。

そこで2007年、Googleは既存の媒体社サービスであるダブルクリック(DoubleClick for Publishers、以下DFP媒体社サービスという)を買収した。DFP媒体社サービスは、買収当時、媒体社サービス市場でのシェアを60%有しており、かつAdXという広告取引所のサービス(以下、AdX広告取引所)も有していた5(図表3)。

アドテクは強力なネットワーク効果を有し、より多くのユーザーがいることで、さらにユーザーを引き付けることとなる。DFP媒体社サービスを他の事業者ではなく、Googleが買収したことによって、Google Ads広告主サービスの在庫を販売できなくなるという懸念を払拭するとともに、Googleの広告主サービスと媒体社サービスの双方の優位性をGoogleが獲得することを通じて、アドテク全体を支配し、競争を阻害している。

なお、GoogleのDFP買収にあたっては、連邦取引委員会(Federal Trade Commission、FTC)が審査を行った経緯がある。当時、DFP媒体社サービスは60%ものシェアを有していたが、いまだ市場支配力が認められず、かつDFP媒体社サービスの取引条件が悪ければ、媒体社がいつでも他の媒体社サービスに変更できるとの理由でGoogleによる買収をFTCが承認している6
【図表3】DFP媒体社サービス
ここで重要な点として訴状が指摘するのは、Googleは媒体社サービスに粘着性があることを知っていたことである。すなわち、特定の媒体社サービスの規格に合わせた一定のフォーマットで広告掲出の仕組みを作ると簡単に変えることができず、媒体社サービスの乗換は困難となる。したがってGoogleはDFP媒体社サービスの顧客である媒体社が離れることを気にせずに、自社に有利なようにサービス内容の変更等を行うことができた。つまり媒体社にとって不利ではあるが、Googleの有利になるような取引条件であってもGoogleは実行することができた7

また、Googleは2010年インバイト・メディアを買収し、自社システムに組み込むことで、デマンドサイドプラットフォームであるDisplay&Video360(DV360)を構築した。デマンドサイドプラットフォームは広告枠の買付けや広告の最適化を行うプラットフォームである8。DV360は、Google Ads広告主サービス類似の機能を持つが、より多くの媒体社サービスに広告を掲出できるサービスである。Google Ads広告主サービスよりも、多くの媒体社にアクセスできるメリットがあるが、操作が複雑なことから、Google Ads広告主サービスとすみわけができているようである。
 
4 前掲注1 p31
5 前掲注1 p32
6 前掲注1 p33
7 前掲注1 p34
8 前掲注1 p35
2|アドテクの支配力構築
Googleはアドテクのそれぞれの支配力を利用して、アドテク全体の支配的な地位を強化し、他のアドテク提供者の競争できる場所と方法を制限した。

(1) 総論 最も顕著なのはGoogleが、Google Ads広告主サービスの顧客である広告主に対して、事実上Googleの有するAdX広告取引所を通じてのみ購入することができることとしたことである。すなわち、Google Ads広告主サービスを利用した場合は、競合する広告取引所経由での広告枠購入ができないような仕組みになっている9

さらにGoogleは、事実上、GoogleのDFP媒体社サービスを利用する媒体社のみがAdX広告取引所を利用できることとした。すなわち、Google Ads広告主サービスに閉じ込められた多数で多額の広告費を支払う広告主からの広告を獲得するためには、AdX広告取引所に入札を出さなければならず、そのために媒体社がDFP媒体社サービスを利用せざるを得なくした(図表4)。この事実上の制限は一部例外を除き、Googleのシステム仕様上の問題で、実際上利用できないようにしているものである。具体的には、3章以降で順次説明する。
【図表4】Googleのアドテク利用制限
 
9 前掲注1 p35 本文で後述するが、たとえばAdX広告取引所以外への入札ではGoogleの持つ識別子(閲覧者の属性を判断できる情報)を利用できない。
(2) 広告主の閉じ込め 上述の通り、DPF媒体社サービス買収はGoogleの独占化への第一歩であった。すなわちDPF媒体社サービス購入後、Googleは、Google Ads広告主サービスを利用した広告主による在庫購入を、DFP媒体社サービスおよびAdX広告取引所というGoogleが支配するサービスからのみに事実上制限した。このような制限はGoogleが2009年9月にAdX2.0を提供開始した際に、仕様として組み込まれた。後述の通り、仮に競合する広告取引所が広告主に対して、より価値の高い在庫や、同じ価値の在庫をより安い価格で提供していても、広告主はほぼすべての在庫を購入できないようにした。このことは、Google自体の短期的利益とGoogle Ads広告主サービスを利用する広告主の利益を害することとなった10。結論として、Googleは広告主をGoogle Ads広告主サービスに閉じ込めた。

広告主にとっても、GoogleやYouTubeなどの価値の高い媒体社の広告枠がDFP媒体社サービスからAdX広告取引所経由で入札されるために、Google Ads広告主サービスそしてAdX広告取引所を利用せざる得ない。また、GoogleはChrome、Gmail、Google検索などから収集したデータなどに、Googleが媒体社のサイトを巡回(クロール)しながら抽出するデータを組み合わせて利用している。このことにより、これらのデータソースを利用しなければ売れ残ってしまうような在庫の販売が可能となり、Googleのアドテクにおける参入障壁を高め、巨大なネットワーク効果を生じさせている11
 
10 前掲注1 p37
11 前掲注1 p39
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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