2024年03月28日

高齢者就業への期待と課題(中国)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

文字サイズ

1――現役の期間と老後の期間がそれほど変わらないという事態
 
中国にも長寿時代が到来している。長生き自体は喜ばしいことかもしれないが、その一方で長期化する老後に向けて、医療、介護、生活維持といった負担が増大するという長寿リスク(長生きリスク)に備える必要があるという側面もある。

2021年時点での平均寿命は78.2歳(男性75.5歳、女性81.2歳)であったが、2001年の平均寿命が72.6歳(男性70.2歳、女性75.3歳)であることを考えると、20年間で5.6歳(男性5.3歳、女性5.9歳)延びている。ただし、地域によって平均寿命に格差があり、平均寿命が長い地域である北京市(2021年)の場合は82.5歳(男性80.0歳、女性85.0歳)1、上海市は84.1歳(男性81.8歳、女性86.6歳)2と80歳を超えている。現行の法定退職年齢は男性が60歳、女性が50歳(非管理職)、55歳(管理職)と男女で年齢差があり、実質的にはそれよりも早くリタイアするケースも多い。このままでは北京市や上海市など大都市では現役期間と老後の期間の長さがそれほど変わらないといった事態も考えらえる。

日本でも長寿化が進んでいるが、何歳まで収入を伴う仕事をしたいかについて60歳以上を対象にした調査によると、「(80歳を超えても)働けるうちはいつまでも」との回答は全体の84.6%を占めている3。日本と中国はほぼ同じ速いペースで高齢化が進んでいるが、老後における就労・就業意向には大きな隔たりがある。中国では2023年時点で60歳以上の高齢者はおよそ3億人(総人口の2割)、2035年には4億人(総人口の3割)まで膨れ上がると推算されている。多くの高齢者が長生きリスクにどう備えるか、どうより良く生きていくかといった問題のみならず、厳しい年金財政、更には労働人口の減少への対処といった視点からも、高齢者の就労・就業が今後重要になってくる可能性は高い。
 
1 北京市老齢事業発展報告(2021)
http://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://wjw.beijing.gov.cn/wjwh/ztzl/lnr/lljkzc/lllnfzbg/202209/P020220928402196139821.pdf、2024年3月14日取得。
2 上海市衛生健康委員会「2021上海衛生健康状況報告」。
3 内閣府「令和元年度 高齢者の経済生活に関する調査結果(概要版)」
http://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www8.cao.go.jp/kourei/ishiki/r01/gaiyo/pdf/sec_2_2.pdf

2――60歳以上の高齢者の主な収入源


2――60歳以上の高齢者の主な収入源は、都市は「年金」、農村部は「子どもなどからの仕送り」が最も多い。都市で仕事による収入を柱としているのは1割未満。

 
国勢調査によると、中国では都市と農村において老後の主な収入源は大きく異なる。都市では公的年金が69.8%と最も多く、およそ7割を占めた(図表1)。次いで子どもなどからの仕送りが17.3%を占め、仕事による収入は7.3%と1割にも満たない状況にある。一方、農村部では子どもなどの仕送りが41.9%と最も多く、次いで、仕事(農業)による収入が33.6%と3割を占めた。都市においては公的年金への依存度が高い一方、農村ではわずか1割ほどにとどまっている。

中国では加入する公的年金制度は都市部と農村部で峻別されている。都市の会社員が加入している都市職工年金は賦課方式を採用しており、年金支給額は前年の在職職員の平均給与の4割ほどに相当するよう基準が設けられている。中国建国翌年の1950年に前身の制度が導入され、現在の制度には1997年に移行している。加入者の多くは長期にわたって制度に加入、保険料を納付しており、公的年金は老後の生活を支える主な収入源となっている。
図表1 60歳以上の高齢者の主な収入源(都市/農村)
一方、農村部住民(都市の非就労者を含む)が加入する都市・農村住民年金は積立方式を採用している。農村部が現在の制度に移行したのは2009年で、2011年には都市の非就労者も同様の制度が適用されるなど制度が整備されたのは最近である。加えて、保険料は自身が納付できる金額を選択できるため、保険料は低額となるケースが多い。新たな制度に移行して加入者は急増したが、保険料納付期間は短く、現行では給付された年金の多くが基礎年金で占められているため、総じて受給額は多くない4。そもそも農村部については農耕によって老後の生活も支えるといった考え方や、制度移行時の農村部住民の平均所得などからも都市部のような制度の導入は困難であったという背景もある。

高齢者の主な収入源は都市と農村で大きく異なり、都市より農村の方が「仕事(農業)による収入」の構成割合が多い状態にある。では、中国における高齢者の就業の状況はどのようになっているのであろうか。
 
4 例えば、上海市(2022年第一四半期)の場合、都市職工年金の1人あたりの平均受給月額は4,515元、都市・農村住民年金の場合は1,478元となっており、制度間の受給格差は3倍に相当する。また、2022年の上海市の都市部の平均消費額は48,111元(月額平均4,009元)、農村部は27,430元(月額平均2,286元)となっている。消費額からも農村部では年金で生活をまかなうことが難しい点がうかがえる。
(出典1)上海市人力資源社会保障局「2022年1季度本市社会保険基本情況」、https://rsj.sh.gov.cn/tsbxxpl_17347/20220525/t0035_1407123.html#:~:text=%E2%80%94%E2%80%94%E5%BE%85%E9%81%87%E6%B0%B4%E5%B9%B3%20%E6%9C%AC%E5%B8%82%E5%9F%8E%E4%B9%A1,%E6%9C%88%E5%85%BB%E8%80%81%E9%87%911478%E5%85%83%E3%80%82%E3%80%81%E3%80%81 2024年3月18日取得。
(出典2)上海市統計局「2022年居民人均可支配収入及消費支出」、
https://tjj.sh.gov.cn/ydsj71/20230118/5d288f12efbc4c9298d7babbf1b1b7a7.html 2024年3月18日取得。

3――この20年で女性の就業率は低下


3――この20年で女性の就業率
5は低下
 
中国における就業率を2000年、2010年、2020年の10年毎に変化をみた場合、男女とも就業率は総じて低下している。この20年間で男女とも16-29歳の低下が顕著であるが、これは高校、大学、大学院などへの進学率の上昇が影響していると考えられる(図表2)。
図表2 中国における男女別・5歳年齢区分別の就業率(2000年・2010年・2020年)
前掲のように、中国においては都市の企業就労者の定年退職年齢は男性が60歳、女性が50歳または55歳と年齢の設定が早く、男女で退職年齢が異なるという特徴がある。この20年間について、男性は30歳以降54歳までの就業率は80%を超え、定年退職直前の55-59歳についても70%を超えるなど大幅な低下は見られない。ただし、2020年の定年退職年齢以降の60-64歳の就業率は42.5%、65-69歳は33.9%となっており、2010年と比較すると10ポイント以上低下している。

女性についても16-29歳は男性と同様に進学率の向上などから就業率が低下している。加えて、この20年間で就業率が大幅に低下している。2000年の時点で、30-49歳までは80%前後の高い就業率を維持していたが、2020年では70%前後となっており、全体として10ポイントほど低下している。経済の高度成長、所得の増加、都市化の進展によって女性の就業率はむしろ低下した。また、男性と同様に、定年退職年齢に達すると就業率が大きく低下するのも特徴の1つである。女性の場合は男性よりも定年退職年齢が早く、2020年の場合は50歳を含む50-54歳の就業率は51.5%、次の定年退職年齢である55歳を含む55-59歳では36.6%まで低下している。
 
5 ここでの就業率は16歳以上の人口に占める就業者の割合を指す。就業者は従業者と休業者を合計したものとなる。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【高齢者就業への期待と課題(中国)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

高齢者就業への期待と課題(中国)のレポート Topへ