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デリスキングの行方-EUの政策と中国との関係はどう変わりつつあるのか?-(前編)
経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり
CRMAは、今後、需要の急増が見込まれるCRMの供給の安定化と持続可能性の向上のためのEU共通の枠組みを構築する規則案である。供給途絶のリスクに各国が個別に対応することで、単一市場内に障壁が出現することを防ぐ、言い換えれば、域内の協調の枠組みを構築する狙いがある。CRMAの内容は大きく輸入依存度を低減するためのEUの生産力強化と、少数の輸入先に依存する状態を改めるための調達先の多様化に分けることができる。対象は、EUが政治的な優先事項に据える「デジタル移行とグリーン移行、防衛、宇宙など戦略的重要性が高く、世界的需給不均衡が予想される原材料(戦略的原材料(SRM))」と「EU経済全体にとって重要であり供給の混乱のリスクが高い原材料(重要原材料(CRM))」である。規則案では、SRMとして16の、CRMとして34を指定し、このリストは少なくとも4年毎に見直すとしている。
EUの生産能力の強化は、バリューチェーンの各段階での強化を目指し、具体的な数値目標として、2030年時点で、「採掘」は域内の年間消費量の最低10%、「加工」は同40%、「リサイクル原料の活用」で同15%の域内シェアを目指す。調達先の多様化に関しては、SRMは各段階について、1つの域外国への依存は65%以下を数値目標とする。
探査や開発を通じた能力増強の支援策としては、「戦略的プロジェクト」を選定し、行政手続きの迅速化や、資金調達の最善の選択肢の提供、オフテイク契約(長期供給契約)の促進などでプロジェクトの円滑な推進を支える。資金調達面では民間資金だけでは不十分で、公的支援が必要な場合は、TCTFの適用対象となり得る。
さらに、供給網の強靭性向上策として、欧州委員会が供給網のリスクの監視と加盟国による備蓄の調整を行う。SRMを原材料に戦略的技術を製造する大企業に対しては、監査を実施する。域内の事業者や加盟国が自主的に参加できる共同購入の枠組みについても既定する。
CRMAでは、域外のパートナーとの連携も、極めて重要な柱となる。欧州委員会の政策文書17では、米国などの同盟国・同志国とともにCRMの消費国と供給国の連携を図る「CRMクラブ」の創設、EUと相手国の産業と原材料のバリューチェーンの統合を促進する戦略的パートナーシップの拡大、域外国における「戦略的プロジェクト」の推進のため、21年12月に打ち出したグローバルなソフトとハード両面のインフラ投資支援のための戦略「グローバル・ゲートウェイ」を活用する方針などが示されている。
17 European Commission, Communication from the Commission To the European Parliament, the Council, the European Economic and Social Committee and the Committee of the Regions, A Secure and Sustainable Supply of Critical Raw Materials in support of the twin transition COM(2023) 165 final, 16 March 2023
18 Department of the Treasury “Provisions Pertaining to U.S. Investments in Certain National Security Technologies and Products in Countries of Concern” 08/14/2023
デリスキングは安全保障上のリスクとなる領域以外の分野で貿易・投資関係を維持するものである。そのためには、EUにとって長年の課題である対中国での相互の市場アクセスの不均衡や中国国内市場における差別的待遇、法律、政策の予見可能性の低さなどの問題の改善が重要になってくる。
競争条件の公平化は、EU側の一方的な規制で対応できるものではなく、中国側の取り組みを必要とする。20年3月にEUと中国が大枠合意した包括投資協定(CAI)による改善が期待されていたが、人権問題を契機に凍結されたまま現在に至っている19。フォンデアライエン委員長は、今年3月の講演で、CAIについて、「不均衡な関係のリバランスを目的とするものだが、過去3年間の変化に照らした再評価が必要になっている」と述べている。大枠合意の内容のままの発効はない見通しである。
19 CAIの合意内容と凍結の経緯は伊藤(2022)で解説した。
3――デリスキングの目標達成を巡るリスク
以下では、5つの視点から、デリスキングの目標達成を巡るリスクについてまとめた。
(1)EUの政策への制約
( 制度上の制約 )
EUとしての産業政策と規制を通じたデリスキング政策の推進にあたっては、加盟国と超国家機関であるEUが権限を分け合っていることからくる固有の制約がある。欧州委員会が法案を作成し、政府の代表からなる閣僚理事会と比例代表制による直接選挙で選ばれる欧州議会が関与するEUの政策形成のプロセスは複雑である。米国に比べて、EUの政策がスピード感を欠く一因と考えられる。
EUでは、通商政策や競争政策は、EUが単独で権限を持つ領域だが、安全保障はEUの権限の範囲外である。単一市場のルールに関わる権限は、加盟国と共有しており、EUが権限を行使した段階で加盟国は権限を失う。図表2で紹介した一連の規制は、欧州委員会による当初提案よりも後退する傾向が見られるのは、EUの権限拡大に対する加盟国の抵抗の表れと見られている。
産業政策の共通財源の不足という制約もある。EUでは、財政主権は各国が有しており、EUとしての予算を備えるが、その規模は、各国財政に比べて小さく、且つ、多年次財政枠組みの下で運営されている。地政学的なリスクの高まり、米国の動きに対応した、EUの産業政策の強化に合わせて、EUの共通財源を拡張するような弾力的な運営は困難である。コロナ禍対応では、EU債の発行で財源を調達し、グリーン移行とデジタル移行のための改革と投資等を後押しする復興基金「次世代EU」を2021~27年の多年次財政枠組みと合わせて時限的な枠組みとして構築する画期的な動きが見られた。フォンデアライエン委員長は22年9月にEUの産業の未来のために「主権基金」の構想を打ち出し、域内市場担当のブルトン欧州委員が財源をEU債で資金調達する可能性に言及している20。フォンデアライエン委員長は、「欧州グリーン・ディール産業計画」の公表に先立つ23年1月の「世界経済フォーラム」の講演21でも主権基金構想に触れたが、中期的な目標と位置づけてもいる。2024年春には欧州議会の選挙が実施され、欧州委員会の体制も替わる。フォンデアライエン委員長の続投の可否も現時点では不明だが、主権基金は、実現するとしても次の多年時財政枠組みの期間になるように思われる。「グリーン・ディール産業計画」は、現段階では、「欧州戦略技術プラットフォーム(STEP)」という枠組みの下で、 既存のEU基金の戦略的な技術領域への活用を促進するに留まっている。
米国との比較ではスピードだけでなく、規模感でも見劣りするのは、共通財源の不足と制約も関わっている。
20 A European Sovereignty Fund for an industry “Made in Europe” Blog of Commissioner Thierry Breton, 15 September 2022
21 Special Address by President von der Leyen at the World Economic Forum, 17 January 2023
政策形成にあたって、EU加盟国間での対中観やリスク認識の違いも阻害要因となる。EU加盟国の中国に対する見方は厳しくはなっているものの、ウクライナを侵攻し、現実に安全保障上の脅威となったロシアに比べると融和的である。欧州外交評議会(ECFR)が23年4月に実施した11のEU加盟国に中国、ロシア、米国の欧州にとっての位置づけを聞いた調査22からも明らかである。同調査では、「利益と価値を共有する盟友(以下、盟友)」、「戦略的に協力すべき必要なパートナー(同、必要なパートナー)」、「競争相手」、「敵」、「わからない」の5つから選択する。中国については、「必要なパートナー」を選んだ割合が11カ国平均で43%と最も多く、次いで「競争相手」が24%、「敵」が11%、「盟友」が4%と最も低い。これに対して、ロシアの位置づけは、ウクライナ侵攻前の2021年調査では「競争相手」ないし「敵」と答えた割合が36%だったが、63%と過半を大きく上回るようになっている。
中国に対する認識が、ロシアに対する認識よりも融和的という点は全体に共通するが、加盟国間の温度差は大きい。スウェーデン、ドイツ、フランスなどでは中国を「競争相手」ないし「敵」とみなす割合が「必要なパートナー」を上回る。他方、ブルガリア、ハンガリー、スペインなどは、中国に対してより融和的である。ポーランドは、ロシアに対しては強硬姿勢だが、中国に対しては、より融和的である。
22 Puglierin and Zerka (2023)
03-3512-1832
- ・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職
・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
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