2023年09月01日

デリスキングの行方-EUの政策と中国との関係はどう変わりつつあるのか?-(前編)

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

文字サイズ

1――はじめに

デリスキング(リスク軽減)は、今年5月のG7広島サミットで合意した中国に関するG7共通の方針である。欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員会委員長が、訪中を控えた今年3月30日のEUの対中国政策に関する講演1で用いたキーワードであり、デカップリング(切り離し)を否定するものだ。G7広島首脳コミュニケでは、EUがデリスキングの文言を主導し、G7での合意のために、米国が歩み寄ったとされる2

G7とEUと中国は、2022年時点で世界のGDPのおよそ7割を占め3、過去40年余りのグローバル化をリードしてきた。グローバルな貿易、直接投資、資本移動に関する先行研究は、デカップリングは、西側と中国ばかりでなく、世界経済、とりわけグローバル化の恩恵を享受してきた新興国・途上国にマイナスの影響を及ぼす結果となっている4。G7がデカップリングを否定し、デリスキングを掲げたことは、グローバル化の恩恵と安全保障の強化の両立に向けた歓迎すべき動きと考えて良いのだろうか。

デリスキングへの理解を深めることを目的とする本稿は前編と後編からなる。今回は「前編」として、G7の合意内容を確認した上で、EUを中心とする最近の政策の動きと、デリスキングの目標達成を巡るリスクについて整理する。デカップリング、デリスキングの進捗状況については、統計データや企業アンケートなど様々な角度から分析が試みられている。これらを踏まえた中国と西側との関係変化については「後編」として稿を改めて論じる予定である。
 
1 Speech by President von der Leyen on EU-China relations to the Mercator Institute for China Studies and the European Policy Centre, 30 March 2023
2 日本経済新聞電子版「対中国「リスク管理」新時代 「切り離し」論と一線 G7後の岸田外交①de-risking(リスク低減)」2023年5月29日;薬師寺(2023)p.90
3 IMF世界経済データベース(2023年4月)の名目ドル・ベースの値に基づき算出
4 Gies and Bekkers (2022)は、世界貿易を通じた影響に着目し、多部門多地域一般均衡モデルから東西間のデカップリングによる世界経済の損失はドラスティックなもので、特に豊かな地域から技術のスピルオーバーの恩恵を受け難くなる低所得地域への影響が大きいとの結論を得ている。IMF (2023a)では直接投資に着目し、「米国ブロック」と「中国ブロック」、「非同盟諸国(インド、インドネシア、中南米・カリブ諸国)」に断片化した場合、断片化がない場合に比べて、世界のGDPが長期的に2%失われると試算している。先進国からの投資の流入が減少するため「中国ブロック」の影響がより大きいが、中国との結びつきが強いため、「米国ブロック」の日韓やドイツなどEU欧州も米国以上に影響を受ける。IMF (2023b)は、金融の分断に着目し、地政学的緊張が証券投資と銀行を介したクロスボーダーな資本フローの急激な逆回転の原因となるリスクを指摘している。資本フローを通じた影響も、先進国よりも、新興国の方が大きい。

2――デリスキングとは何か?

2――デリスキングとは何か?

1|G7の合意
5月20日に採択された「G7広島首脳コミュニケ」は、英文で40ページ、仮訳で39ページにわたり、その前文で、「デカップリングではなく、多様化、パートナーシップの深化及びデリスキングに基づく経済的強靭性及び経済安全保障への我々のアプローチにおいて協調する」方針が示された。

但し、前文の記載では、中国は名指ししておらず、中国を特定した記述は、「地域情勢」という終盤の項の第51段落、第52段落にある。デカップリングの否定とデリスキングに関する記述は第51段落にある。ここでは、デリスキングは「多様化」と、デカップリングは「内向き指向」とセットで用いられている。デリスキングは開放的で、保護主義とは一線を画するものと位置付けている。「中国を害すること」、「中国の経済的進歩及び発展を妨げようとする」目的はないことも明確にし、「建設的かつ安定的な関係」と気候変動、生物多様性、天然資源の保全、脆弱な国の債務の持続可能性と資金需要、国際保健、マクロ経済の安定などの「グローバルな課題で協力」する姿勢も示している。

デリスキングの具体的な内容としてまず明記されているのは「経済的な強靭性のための戦略」であり、「自国の経済の活力に投資するため、個別に又は共同で措置をとる」、「重要なサプライチェーンにおける過度な依存を低減する」ことである。次に、中国との持続可能な経済関係と国際貿易体制強化のための条件として、これまでも問題視してきた「公平な競争条件」、「非市場的政策及び慣行」、「不当な技術移転やデータ開示などの悪意のある慣行」に触れている。さらに、「経済的威圧に対する強靱性」の促進、「国家安全保障を脅かすために使用され得る先端技術を、貿易及び投資を不当に制限することなく保護する」ことを明記している5

デリスキングは、中国と建設的で安定的な関係を保ち、グローバルな課題で協力しつつ、引き続き競争条件の公平化を求め、経済的な相互依存関係の武器化や経済的威圧、安全保障上のリスクを低減するものと読み解くことができる。経済的に大きな犠牲を払うことになるデカップリングに発展しないよう、経済安全保障上、機微な技術に対象を絞り、同盟国・同志国と連携し、グローバル化の恩恵を享受しつつ、相互依存関係が原因となるリスクを削減する戦略と言い換えることもできよう。

経済面でのデリスキングの政策は、基本的に補助金等を活用して戦略産業を強化する産業政策と技術の流出により安全保障上のリスクが高まることを防ぐための規制の組み合わせであり、同盟国・同志国との政策協調とパートナーの拡大によって効果を高めることでできる。

うち、同盟国・同四国との政策協調の枠組みとしては、米EU間の貿易技術評議会(TTC)、日米間の日米商務・産業パートナーシップ(JUCIP)、日EU間のハイレベル経済対話(HLED)、米国主導のインド太平洋経済枠組み(IPEF)などを通じた協調が図られている6

中国との競争を意識した産業政策、規制強化は、米国がリードし、日本、EUが追随する形になっている(図表1)。特に、米国の動向と中国による対抗措置については、網羅的にカバーした文献7もあるため、以下、本稿では、比較分析には踏み込まず、デリスキングの方針表明と前後してEUが打ち出した政策に焦点を絞る。
図表1 西側による対中国デリスキングのツール
 
5 経済的強靭性及び経済安全保障に関しては「G7首脳声明」を採択しており、「経済的威圧に対する調整プラットフォームの立ち上げ」、重要・新興技術の流出防止のための対外投資によるリスクに対処するために設計された適切な措置の重要性について確認している。首脳コミュニケは、本文に記載したデリスキングに関する内容のほか、第51段落では、「東シナ海及び南シナ海情勢」、「台湾海峡の平和と安定」、「チベット、新疆ウイグル自治区を含む中国の人権状況」への懸念を表明し、「英中共同声明及び基本法の履行」、「ウィーン条約に基づく行動」、「民主的制度の健全性及び経済的繁栄を損なうことを目的とした干渉行為」の停止、「ロシアのウクライナへの軍事的侵略の即時停止への圧力」を求めている。第52段落は南シナ海に海洋権益に関するものである。
6 TTCに関しては伊藤(2023)をご参照下さい。
7 米国の中国に対する規制等の強化と中国における制度的な枠組みの整備の動きについては、ジェトロ「特集:新たな局面を迎える安全保障貿易管理」においてアップデートし紹介されている。関(2023)では米国における様々な領域での規制と産業政策の強化、同盟国との連携を強める動きと、中国における体制整備の動きについてカバーしている。
2|EUの政策
(1) EUの方針
G7首脳コミュニケのデリスキングの内容は、フォンデアライエン欧州委員会委員長の講演と多くの部分が重なる。講演では、中国の変化について、第1に中国が「改革開放」の時代を転換し、新たな安全保障と管理の時代に移行しつつある、第2に安全保障と管理が、自由市場と開かれた貿易の論理に優先している、第3に中国共産党の明確な目標は中国を中心とする国際秩序への変更にあるとの3つの結論を示した上で、まずは外交的な手段を活用し、次に経済のデリスキングを行うとした。

経済のデリスキングには4本の柱があり、1本目は自らの経済と産業の競争力と強靭性の向上、2本目は既に法制化された手段の活用、3本目は新たな手段の開発、4本目が域外のパートナーとの連携である。1本目は主に産業政策、2本目と3本目が規制の活用である。

EUは6月29~30日開催の首脳会議でも、従来からの中国の「パートナーであり、競争相手であり、体制上のライバル」という位置づけと、「多面的なアプローチ」を行うこと、デリスキングの方針を再確認している8
 
8 European Council, European Council meeting (29 and 30 June 2023) – Conclusions, 30 June 2023。合意文書では、他に、「ルールに基づく国際秩序、バランスのとれた関与、相互主義を尊重する建設的で安定した関係を追求する」ことへの共通の関心、「競争条件の公平性を確保し、バランスがとれ、互恵的な貿易・経済関係を追求する」方針。「供給網を含む重要な依存関係と脆弱性の削減、必要かつ適切な分野でのデリスキングと多様化」などの方針が確認された。
(2)産業政策
(新しい産業政策と補助金の活用)
EUは、20年3月の「新しい産業戦略」9で「地政学的な地殻変動による国際競争に対応した欧州の産業の競争力と戦略的自立性の向上」を掲げ、EUが掲げる「グリーン化、デジタル化、循環型経済への移行」に不可欠な技術・産業の支援を強化するようになった。「新しい産業戦略」は、公表後のコロナ禍の拡大によって供給網の脆弱性が露呈したことで、21年5月に強靭性を強調する方向へと改定された10

EUは、基本条約で、加盟国による補助金はEUの単一市場(以下、域内市場)における競争を歪めものとして原則禁止しているが、2019年以降、EU条約が認める「欧州共同利益重要プロジェクト(IPCEI)」として複数国による補助金活用を認める事例が増えている11。コロナ対策(20年3月19日~23年末)、エネルギー危機対策(22年3月23日~)など、相次ぐ危機への対応の必要性から、補助金規則の適用除外を認める期間も長期化している。
 
9 Communication from the Commission (2020) “A New Industrial Strategy for Europe”  COM(2020) 102 final, 10.3.2020.
10 European Commission "Updating the 2020 New Industrial Strategy: Building a stronger Single Market for Europe’s recovery " COM(2021) 350 final, 5.5.2021)。
11 リスボン条約版ではEU運営条約第107条3項に記載されているIPCEIは、1957年以降、条約に記載されていたが、2017年以前までは累計で2件の承認しかなかった。2019年以降、バッテリー、水素、マイクロエレクトロニクスの6つの計画が認可され、補助金の認可額は合計267億ユーロ、予想される総投資金額は500億ユーロとなっている(European Commission, Important Projects of Common European Interest (IPCEI))。
(欧州半導体法とグリーン・ディール産業計画)
デジタル分野では、EUは21年3月に公表した2030年に向けたデジタル戦略「デジタル・コンパス」12で、半導体の域内生産シェアを2030年まで現在の10%から、20%以上に引き上げる方針を掲げた。今年7月に成立した「欧州半導体法(22年2月提案)」は、域内の半導体エコシステムを強化し、強靭性を高め、確実な供給と域外依存を減らすことを目的とする。(1)半導体の研究開発や生産を支援する「欧州半導体イニシアチブ」、(2)半導体の生産施設の誘致に向けた優遇措置、(3)半導体サプライチェーンの監視と危機対応が3本柱を構成する13。官民投資で430億ユーロの動員を目指す。

グリーン分野では23年2月に政策文書「グリーン・ディール産業計画」が示された。新たな産業政策への策定に動かしたのは、ウクライナを侵攻したロシアによるガスの武器化でグリーン移行の重要性が増したこと、中国に依存するクリーン技術や重要な原材料武器化のリスクの低減への意識が高まったこと、さらに米国のインフレ抑制法(IRA)が大胆なグリーン技術へのインセンティブを盛り込んだことがある。

欧州委員会は、「グリーン・ディール産業計画」の下、23年3月に「ネットゼロ産業法案(NZIA)」と「重要な原材料法案(CRMA)」を提案している14。両法案はともに、欧州議会と閣僚理事会等での議論を経て承認されれば各国内での立法手続きなく一律で加盟国に適用される「規則」として提案されている。EU運営条約114条の域内市場の確立・運営のための法規制の調和のための措置との位置づけである。
 
12 European Commission “2030 Digital Compass: the European way for the Digital Decade” COM(2021) 118 final , 9.3.2021
13EU、域内の半導体生産拠点への支援策の半導体法案で政治合意、支援予算の増額なし」ジェトロ『ビジネス短信』2023年04月20日
14 両法案の概要、法案提案後の欧州議会と閣僚理事会における手続きの進捗状況はEuropean Parliament Legislative Train Schedule のNet-zero industry actEuropean critical raw materials act で確認できる。
(ネットゼロ産業法案(NZIA))
NZIAでは、脱炭素化に向けた2030年目標の実現と、EUの産業競争力の強化、質の高い雇用の創出、エネルギー面での自立を後押しするものである。具体的には、太陽光・太陽熱エネルギー、陸上風力・洋上風力、バッテリー・蓄電、ヒートポンプ・地熱エネルギー、電解装置・燃料電池、持続可能なバイオガス・バイオメタン、CO2回収・貯留(CCS)、電力グリッドの8つを「戦略的ネットゼロ技術」とし、これらについて2030年までに域内需要の最低40%相当の自給率の達成を目標とする。CO2回収加速のための目標も設定する。ガバナンスの仕組みは、CO2削減、競争力、供給の安定に貢献し、商業化に近い技術を含むという条件を満たす「ネットゼロ戦略計画(NZSPs)」を加盟国が特定し、欧州委員会が進捗状況の監視と効果の評価を行う。

ネットゼロ産業への投資促進のための手段として、許認可手続き迅速化、民間資金動員のための調整、NZSPs支援のための加盟国とEU予算の活用、公共調達・入札の活用などを行う15。ネットゼロ技術の普及に必要な労働力を確保するための教育・訓練のための「欧州ネットゼロ産業アカデミー」の設立、欧州委員会と加盟国間の協議と情報交換、国境を超える企業間の交流促進の枠組みとなる「ネットゼロ欧州プラットフォーム」の設立、実証実験を促進するための「規制のサンドボックス」の設立などもカバーされている。

加盟国によるNZSPsへの支援のため、22年3月にエネルギー危機対応のために導入し、その後、修正、延長してきた「国家補助の一時的・危機移行枠組み(TCTF)」の適用条件を「グリーン・ディール産業計画」に合わせる形で修正し、25年末まで、加盟国は、戦略的機器の製造、関連する重要な原材料の製造・リサイクルのための投資の支援を認める。欧州委員会の8月25日付の資料16によれば、TCTFの枠組みで認められた加盟国の支援の圧倒的多数は23年末までを期限とするウクライナ危機に関連するエネルギー分野への補助金だが、グリーン移行に関わるものもイタリア、ドイツ、スペインなどの6件が認可されている。
 
15「持続可能性と強靭性」の基準を設け、EU域外国原産の機器の利用割合が高い入札を不利な取り扱いとする。但し、国内技術と外国技術のコストの差が10%以上の場合は適用されないことから、あまり大きな意味を持たない可能性がある。
16 European Commission List of Member State measures approved under temporary crisis transition framework, 25 August 2023より
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【デリスキングの行方-EUの政策と中国との関係はどう変わりつつあるのか?-(前編)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

デリスキングの行方-EUの政策と中国との関係はどう変わりつつあるのか?-(前編)のレポート Topへ