2017年07月03日

日銀短観(6月調査)~景況感は幅広く改善、先行きは慎重さが残る

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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1.全体評価:景況感は幅広く改善、先行きは慎重さが残る

日銀短観6月調査では、注目度の高い大企業製造業の業況判断D.I.が17と前回3月調査比で5ポイント上昇し、3四半期連続で景況感の改善が示された。大企業非製造業の業況判断D.I.も23と前回比3ポイント上昇し、2四半期連続の改善となった。
 
前回3月調査では、輸出の回復や円安の持続を受けて大企業製造業で2四半期連続の改善となったほか、非製造業でも消費の持ち直しなどから、6四半期ぶりに景況感が持ち直していた。

17年1-3月期の実質GDP(国内総生産)成長率は前期比年率で1.0%(2次速報値)となり、5四半期連続で(0%台後半とされる)潜在成長率を上回るプラス成長となった。その後、4月以降の経済指標も総じて堅調に推移している。4-5月の輸出(数量指数)は伸びこそ鈍化したものの、世界経済の回復やITサイクルの好転を受けて高い水準を維持している。消費面では、個人消費の総合的な動きを示す4月の消費活動指数(実質)に改善がみられるほか、5月の新車販売台数(軽自動車を含む)は、前年比12.4%増と7カ月連続で増加を維持。個人消費は力強さにこそ欠けるものの、雇用所得環境の改善を受けて持ち直している。結果として、4-5月の鉱工業生産指数は1-3月平均を2%強上回っている。また、円相場は、前回調査以降、やや円高に振れる場面もあったが、概ね安定した推移を辿っている。
 
今回、大企業製造業では良好な輸出環境や為替の安定、消費の持ち直しを受けた生産回復により、景況感が改善した。非製造業も消費の持ち直しが景況感の改善に繋がったほか、大都市圏での再開発事業や16年度第2次補正予算の執行、五輪需要等が建設領域の支援材料になった。

中小企業の業況判断D.I.は、製造業が前回比2ポイント上昇の7、非製造業は3ポイント上昇の7となった。大企業同様、中小企業でも堅調な内外需要を受けて、製造業・非製造業ともに景況感の改善が示された。
 
一方、先行きの景況感については、企業規模や製造・非製造業を問わず、慎重な見方が示された。引き続き海外情勢の不透明感が根強いことが影響したとみられる。仏大統領選を無難に通過したことで欧州の政治リスクは後退したが、ロシアゲート疑惑の渦中にあるトランプ政権の先行き不透明感は強い。また、難航が予想される英国のEU離脱や出口の見えない北朝鮮情勢など地政学リスクへの警戒も根強く残っているとみられる。また、国内に関しても、人手不足に加え、今後物価の上昇が予想されることから、消費等に悪影響が出る懸念が台頭したとみられる。
 
なお、事前の市場予想との対比では、注目度の高い大企業製造業については、足元(QUICK集計15、当社予想も15)、先行き(QUICK集計14、当社予想は15)ともに市場予想を上回った。大企業非製造業は、足元(QUICK集計23、当社予想は22)は予想と一致したものの、先行き(QUICK集計21、当社予想は19)は予想を下回った。
 
2016年度の設備投資実績(全規模全産業)は、前年度比0.4%増と前回調査時点(0.4%増)から横ばいとなった。辛うじて前年度比増加を維持したものの、実績の伸び率としては2011年度(0.0%)以来の低水準となった。昨年度は、欧米政治の混乱や上期の円高進行などから事業環境の不透明感が強まり、企業で様子見姿勢が広がったためとみられる。

2017年度の設備投資計画(全規模全産業)は、2016年度実績比で2.9%増と前回調査時点の1.3%減から上方修正された。例年6月調査では、計画が固まってくることで大幅に上方修正される傾向が極めて強い。前回調査で、近年の3月調査での伸び率をかなり上回る計画が示されたことで発射台が高かっただけに、今回調査でも近年の同時期の中で比較的高い伸び率となったが、比較対象となる16年度の実績が低いことがプラスに働いている面もある。従って、実勢としては底堅いものの、未だ力強さには欠けるとの評価が妥当だろう。企業収益の改善は設備投資の追い風ながら、海外情勢をめぐる不透明感が強い状況が続いており、現段階において投資を大きく積極化する動きは限られている模様。
 
今回の短観では、企業景況感の改善が確認されたほか、企業の強い人手不足感が引き続き示され、日銀の先行きの景気回復・物価上昇シナリオをサポートする材料になるだろう。

ただし、この結果が日銀の金融政策に直接与える影響は限定的になる。もともと残された追加緩和の余地が小さいうえ、米大統領選後の円高是正と原油価格持ち直しが波及することで物価上昇率は持ち直しに向かうとみられ、当面、日銀が追加緩和を迫られる可能性は低下している。一方で目標である物価上昇率2%達成は見通せず、金融政策の正常化に入れる段階にも全くない。黒田総裁も認めているとおり、デフレマインドが根強く残っており、物価上昇の勢いは鈍い。

日銀は、今回の短観の内容も含めて経済・物価情勢を注視しながら、粘り強く現行金融政策を継続するだろう。
 

2.業況判断D.I.:堅調な内外需要を受けて、幅広く改善

2.業況判断D.I.:堅調な内外需要を受けて、幅広く改善

全規模全産業の業況判断D.I.は12(前回比2ポイント上昇)、先行きは8(現状比4ポイント低下)となった。規模別、製造・非製造業別の状況は以下のとおり。

(大企業)
大企業製造業の業況判断D.I.は17と前回調査から5ポイント改善した。業種別では、全16業種中、改善が13業種と悪化の3業種を大きく上回った。

6月上旬にかけて原油価格が安定的に推移した石油・石炭(19ポイント改善)、機械向けや建設向け需要が底堅い鉄鋼(11ポイント改善)、窯業・土石(同)、非鉄金属(同)のほか、内外需要の回復を受けた業務用機械(11ポイント改善)、生産用機械(6ポイント改善)、電気機械(6ポイント改善)など幅広い改善がみられた。一方、主力の米国・中国市場に減速感がみられる自動車(2ポイント悪化)は小幅ながら悪化した。

先行きについては、悪化が9業種と改善の4業種を上回り、全体の景況感は現状比2ポイント悪化した。鉄鋼や機械系業種では引き続き改善がみられるが、足元で大幅な改善がみられた石油・石炭(25ポイント悪化)、窯業・土石(15ポイント悪化)、非鉄金属(14ポイント悪化)などで悪化が目立つ。また、自動車(5ポイント悪化)も先行きにかけて悪化が示されている。
 
大企業非製造業のD.I.は23と前回から3ポイント改善した。業種別では、全12業種中、改善が7業種と悪化の4業種を上回った(横ばいが1業種)。

消費の持ち直しを受けて、対個人サービス(5ポイント改善)、小売(5ポイント改善)、卸売(2ポイント改善)、運輸・郵便(7ポイント改善)で改善がみられたほか、16年度第2次補正予算の執行や東京五輪需要・大都市圏での再開発の追い風を受ける建設(5ポイント改善)が全体を牽引した。

先行きについては、悪化が9業種と改善の2業種を大きく上回り、全体では5ポイントの悪化となった。

人手不足への警戒が強い建設(8ポイント悪化)、不動産(7ポイント悪化)、運輸・郵便(11ポイント悪化)で大幅な悪化がみられるほか、対個人サービス(10ポイント悪化)、宿泊・飲食サービスといった個人消費関連業種でも先行きへの懸念がみられる。
(図表1) 業況判断DI
(図表2) 業況判断DI(大企業)
(中小企業)
中小企業製造業の業況判断D.I.は7と前回から2ポイント改善した。業種別では全16業種中、改善が10業種と、悪化の6業種を上回った。業種別では、はん用機械(11ポイント改善)、食料品(9ポイント改善)、繊維(7ポイント改善)などで改善が目立ったが、大企業と比べて牽引役となる業種が少なかった。自動車(4ポイント悪化)は大企業同様悪化している。

先行きについては、悪化が8業種と改善の7業種を上回り(横ばいが1業種)、全体では1ポイントの悪化となった。造船需要が低迷している造船・重機等(16ポイント悪化)や海外市場に不安を抱える自動車(5ポイント悪化)などで大幅な悪化が見込まれている。
 
中小企業非製造業のD.I.は7と前回比3ポイント改善した。業種別では全12業種中、改善が9業種と悪化の3業種を大きく上回った。宿泊・飲食サービス(10ポイント改善)、卸売(6ポイント改善)、対個人サービス(5ポイント改善)など消費関連での改善が目立つ。

先行きは、小幅改善の小売(1ポイント改善)を除く11業種が悪化し、全体では5ポイントの悪化となった。とりわけ建設(9ポイント悪化)、宿泊・飲食サービス(同)などで大幅な悪化が見込まれている。
(図表3) 大企業と中小企業の差(全産業)
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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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