2017年06月16日

【アジア・新興国】東南アジア・インドの経済見通し~輸出の好調と投資の復調で回復が続く

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1.東南アジア・インド経済の概況と見通し

(経済概況:輸出の回復と底堅い消費を支えに緩やかな成長が持続)
東南アジア5カ国およびインド経済は、輸出の回復と底堅い消費を支えに緩やかな成長が続いている(図表1)。2014年に原油価格が急落した後、世界経済が低調で輸出と投資の低迷が続いたが、低インフレ環境と安定した雇用・所得環境を背景に民間消費が堅調に推移したほか、拡張的な財政政策と緩和的な金融政策が下支えとなり、景気は緩やかな成長が続いてきた。

しかし、16年以降は資源価格が底打ちし、中国経済も底堅い推移を続けるなか、年後半には輸出の増勢が強まり、冷え込んだ民間投資は一部で持ち直しの兆しが見られる。一方で民間消費は農業生産の改善による農業所得の増加を受けて底堅さを維持しつつも、資源高による物価上昇が家計の実質所得の重石となって鈍化しつつある。各国の成長率の水準に大きな動きはないものの、需要構造は変化してきている。

4-5月の製造業購買担当者指数(PMI)は総じて上昇傾向にあり、4月以降も景気回復の動きが見られる。(図表2)。昨年、景気が好調だったインドやフィリピン、ベトナムに対し、軟調だったマレーシア、インドネシア、タイが持ち直しており、これら6カ国間の景気格差は縮小傾向にある。
(図表1)実質GDP成長率(図表2)製造業購買担当者指数(PMI)
(図表3)消費者物価上昇率 (物価:食品価格の安定と資源高の一巡でやや低下)
消費者物価上昇率(以下、インフレ率)はエネルギー価格を中心に上昇傾向が続いている。

エネルギー価格は16年に原油価格が上昇したことから国内のガソリン価格や電気料金、ガス料金などが値上げされ、物価の上昇要因になっている。先行きの原油価格(WTI先物価格)は、足元の46ドルから17年末に53ドル、18年末には56ドルと、緩やかな上昇を見込んでいる(当研究所予測)。エネルギー価格の物価の押上げ効果は続くだろうが、17年1-3月にピークを迎え、今後は徐々に落ち着いたものになるだろう。

また天候の回復で農業生産が改善した影響により、足元では食品価格の上昇が鈍化しつつある。17年内は食品価格の安定が物価の安定の寄与しそうだ。

しかし、景気回復と通貨安による輸入インフレは物価上昇要因となるだろう。現在のところ内需に過熱感はなく、コアインフレ率は総じて安定した推移が続いているが、今後は輸出と投資の回復が続く中で徐々に上向くだろう。またアジア新興国通貨は16年からの資源高や世界経済の回復を背景に新興国へのマネーの流入が続いたことから総じて堅調に推移してきたが、今後は欧米で金融政策を正常化する動きが進むことから資金の流れが変わる展開が予想される。FRBは17年末にかけて1回の利上げとバランスシート縮小の開始、18年にも3回の利上げを実施し、またECBは18年から資産買い入れ規模の縮小を始めるものと見込まれる。ドルとユーロに対する需要が高まるなか、東南アジアおよびインドの通貨は軟調に推移するだろう。

結果として、17年内のインフレ率は横ばい~鈍化傾向となるだろうが、18年に入ると企業業績の回復が賃金と雇用環境へと反映されるなかでコアインフレ率が上昇するほか、輸入インフレが再び強まり、物価は再び上昇すると予想する(図表3)。
(図表4)政策金利の推移 (金融政策:年内は中立維持)
東南アジア5カ国およびインドの金融政策は、低インフレ環境と海外経済の回復傾向が続いたことから米国の利上げペースが早まるなかでも緩和的な金融政策を維持してきた(図表4)。もっとも年明け以降、各国中銀は先行きのインフレリスクや米国の金融引き締めを懸念して政策金利を据え置いており、政策スタンスは緩和から中立に変化してきている。

17年内はインフレ率が落ち着いて推移するものの、欧米の金融政策の正常化や中国経済の減速など新興国からの資本流出圧力が高まるリスクを警戒して、各国中銀は慎重姿勢を続け、政策金利を据え置くだろう。なお、フィリピンについては力強い内需を受けてコアインフレ率も上昇傾向にあり、年後半に政策金利を小幅に引き上げるものと予想する。

18年は景気回復と輸入インフレで物価上昇が続くなか、インドやインドネシア、マレーシアでも金融政策スタンスを引き締め方向に転換すると予想する。
(図表5)実質GDP成長率 (経済見通し:輸出拡大と投資の復調で緩やかに成長)
東南アジア5カ国およびインド経済の先行きは、輸出拡大が続くなかで投資が持ち直しに向かい、緩やかな成長が続くと予想する。1-3月期はフィリピンが昨年の選挙特需の剥落、インドが高額紙幣の廃止など各国固有の要因による景気減速が目立ったが、今後はこうした景気の下押し要因が和らぐなかで成長率は若干上向くだろう(図表5)。

外需は、堅調な先進国経済や資源国経済の持ち直しにより世界景気の拡大が続くなか、半導体需要の急増を受けてアジア域内でサプライチェーンが構築されている電気電子機器の輸出が今後も拡大することから、輸出の好調は続きそうだ。またアジア地域で進む中国からの生産拠点の移転や外国人観光客の増加も輸出をサポートするだろう。もっとも足元で底堅さを見せる中国経済が再び減速し始め、半導体需要も一巡するなかで、輸出の伸びは年末にかけて鈍化するだろう。一方、輸入も輸出製品用の原材料・部品や設備投資・建設投資向けの資本財の輸入を中心に拡大するだろう。結果、17年の純輸出の成長率寄与度は16年に比べて若干改善すると予想する。
内需は引き続き底堅い成長となるだろう。民間消費は、今後も継続的な賃金上昇と良好な雇用環境を背景に中間所得層が増加することから底堅く推移するが、足元の物価上昇の影響で実質所得が目減りすることから民間消費の伸びは16年と比べて若干鈍化するだろう。また民間投資は、輸出の拡大と資源価格の上昇が続くなかで企業業績が改善し、先行き不透明感も払拭されるなかで徐々に持ち直していくだろう。もっとも過剰設備を抱える一部の国では稼働率が低迷し、不良債権問題にも改善が見られないことから、投資の回復のペースは国によって差が出てくるだろう。

公共部門はインフラ整備の進展が見込まれるものの、財政余力の乏しさや景気の回復傾向から政府消費は伸び悩むと予想する。また緩和的な金融政策が中立化していることから政策面での景気押上げ効果は昨年より期待しにくい。
(図表6)対米貿易リスクと中国減速リスク 先行きの下方リスクについては、欧州の政治リスクがピークを過ぎたことから海外リスクが以前より和らいだものの、引き続き注意する必要があるだろう。米国の保護貿易主義の動きについては、米国のTPP離脱によって今後の増加が期待されたベトナムやマレーシアへの直接投資の流入が弱まるほか、対米貿易黒字を抱えるアジア新興国に対する貿易摩擦是正に向けたトランプ政権の圧力によって純輸出が悪化する可能性が高い。GDPに占める輸出と投資の割合が大きいアジア新興国にとって負の影響は大きいだろう(図表6)。また、このことは投資収支と経常収支の悪化を通じてアジア通貨の下落圧力ともなるだろう。

このほかFRBの着実な利上げとバランスシート縮小の開始、ECBのテーパリング開始、中国の景気減速と不動産バブルの崩壊など、国際金融市場がリスクオフに転じる展開も予想され、海外要因に左右されやすいアジア新興国にとっては注意が必要だ。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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