2017年01月18日

ますます巨大化する米国の大手医療保険会社~国民に医療保障を届ける唯一無二の存在へ-オバマケアの帰趨に左右されない強さ-

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7|合従連衡の動きと連邦当局との対立
医療保険会社は厳しさを増す経営環境を乗り切る1手段として経営統合による効率化、巨大化と寡占化を選択した。

表7は2007年から2015年にかけて大手医療保険会社・HMO会社が行ったM&A案件の買収者としての案件数トップ10である。大手医療保険会社がこぞって効率化、地域統合、異業種への進出等に活発に取り組んできたことが分かる。
表7 2007年~2015年の医療保険ヘルスケアM&Aの買収者順位
2015年7月には時をほぼ同じくして、業界第2位アンセムによる第5位シグナの買収合意、第3位エトナによる第4位ヒューマナの買収合意が発表された。ともに2016年中の完了が計画されていた2件の大型買収が予定通り完了すれば、米国のヘルスケア・医療保険業界では、第1位のユナイテッドヘルスケアと2つの新統合会社によるビッグスリー体制が確立するはずであった。

こうした形での業界再編により、大手医療保険会社は、以下を成し遂げるはずであった。

・オバマケアによる環境激変への対応策としての規模の拡大と経営の効率化、事業の多角化
・M&Aにより規模を拡大する病院、製薬会社等、医療プロバイダー側のプレーヤーに対する交渉力の維持・強化
・今後の成長分野であるメディケア、メディケイドでのシェア拡大
表8 2014年の業績数値を基にした業界ビッグスリー態勢のイメージ
買収は連邦競争政策当局からの承認と州の保険監督当局からの承認が得られなければ成立しない。このうち連邦司法省の対応は厳しいものであった。

司法省は2つの買収合意の競争と消費者保護への悪影響に対する懸念を表明し、2つの合併が発表されてちょうど1年を経過した2016年7月21日にこれらの阻止を求める訴訟を提起した。

司法省の主張は「合併会社の業務範囲や規模は前例がないほど大規模なものになるため、保険料が上がり、給付が減り、医療の質が低下し、医療保険制度のイノベーションが遅れる恐れがある」というものである。また、これらの買収によりエクスチェンジでの保険料率引き下げ競争がなくなってしまうという懸念も指摘した。

これに対し医療保険会社側も反論を行っており、主張はぶつかりあっている。ただし、アンセムに買収されることになっているシグナだけはこの1年の間に買収への懐疑的な態度を強めるようになっており、トーンの異なった対応を行っている。

医療プロバーダー側である米国医療協会(AMA)は、「大手医療保険会社の統合は受け入れ難い」、「買収は競争を減らす可能性が大きい。AMAは司法省の訴訟を強く支持する」との声明を発表している。一方、医療保険会社の業界団体AHIP(米国医療保険プラン)は「買収は大きなメリットをもたらす。司法省に対して、医療プロバイダーの競争制限的な合併と、競争が制限される中で価格が決まるために高騰している薬剤費にも焦点を当てるよう要求した」との声明を出している。

アンセムによるシグナ買収案件の審理は2016年11月21日、エトナによるヒューマナ買収案件の審理は12月5日に開始された。2017年1月20日のトランプ大統領就任の前に結審する可能性も指摘されている。その場合にはまもなく結論が出されそうである。

なお報道によれば、7月上旬、エトナは司法省に対して、「買収を訴訟で妨げるなら、オバマケア市場からの完全撤退もありうる」との警告を発したという。当局との正面衝突をも辞さない大手医療保険会社の強さを垣間見ることができる。
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松岡 博司

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