2016年05月11日

社員のセカンドキャリア徹底支援!「健康経営」があなたの会社を強くする-ジェロントロジーからの提案

基礎研REPORT(冊子版) 2016年5月号

生活研究部 上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任 前田 展弘

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1―― 注目が集まる「健康経営」

「健康経営(従業員に対する健康増進を重要視した経営)」という言葉を近年よく見聞きするようになった。健康経営は、1980年代に米国の経営心理学者のロバート・ローゼン氏が提唱した思想「健康な従業員こそが収益性の高い会社をつくる」が概念の基盤となっている。企業にとっては健康経営に取組むことで、「単に医療費という経費の節減のみならず、生産性の向上、従業員の創造性の向上等の効果が期待され、また健康経営銘柄として評価されるなどにより企業イメージの向上にもつながる」等の効果が期待されている。本稿では、筆者が専攻するジェロントロジー(高齢社会総合研究学)と健康経営との接点を踏まえて、ジェロントロジーの視点から“従業員の退職後までを視野に入れた健康経営”の必要性について私見を述べてみたい。
健康経営とジェロントロジーの接点イメージ

2――現役世代と高齢者の健康~50代の将来不安の高まり

ジェロントロジーは、「個人と社会のエイジング(加齢・高齢化)に伴う課題の解決」を志向する学問(研究)である。健康経営との接点を考えると、国民(従業員)の「健康寿命の延伸」に貢献するという目的が共通する。健康経営は「現役世代」の健康を、ジェロントロジーはリタイアした「高齢者」の健康について注目している部分の違いはあるが、相互の関係性は深いと思われる。少なくとも高齢者の健康状態は、老後になってからの生活習慣もさることながら、現役時代の生活習慣や健康状態、職場の影響を受けていることが多い。他方、退職後のことが現役層の健康に影響を及ぼすことがある。

何かといえば、将来に対する「不安」である。不安が多いことは“精神的”な健康を悪化させる。不安がない(少ない)こと、将来に希望を見出せることが、精神的に望ましく健康にも良いと考えることは異論のないところであろう。

しかしながら、多くの従業員は将来不安を抱えている。特に顕著なのが50代である。内閣府が毎年実施する「国民生活に関する世論調査」の結果を見ると[図表2]、「現在の生活に対する満足度」は50代が最も低く、「日常生活での悩みや不安を抱いている人の割合」も50代が最も高い。その悩みや不安の原因で最も多いのが「老後の生活設計」、つまり「将来に対する不安」である。一般的な社会調査の結果であり、企業に勤めている従業員の状況としてそのまま当てはまるかどうかは検証が必要ではあるが、退職時期が現実的に近づいてくるなか、老後生活に対する不安が高まることはむしろ従業員に限った場合のほうが顕著と推察する。さらに近年では役職定年の早期化の動きも見られ、当該層のモラルダウンが起きていることもよく見聞きする。健康経営として、特定の年代に焦点を当てることが適切かどうかは検討を要するが、仕事も熟練し、脂の乗り切った当該層の多くが、将来不安を抱えながら仕事を続けているであろう事実は、健康経営としても見過ごせないことと考える。
国民生活に関する世論調査結果(内閣府・平成26年)

3――退職後を見据えた新たな健康経営の取組視点

ではどのような取り組みが必要だろうか。将来不安の払拭に向けては、定年制を廃止する、雇用年齢を引き上げるといったことも解決の一案にはなるが、実状を鑑みれば現実的ではない。そこで提案したいことは次の2つである。

1|リタイアメント研修の見直し

一つは、セカンドキャリアの“開発”に重きを置いた「リタイアメント研修」の充実である。大企業を中心に多くの企業は50代前後の従業員を対象に、退職前研修あるいはライフプラン研修といった名称のもと、退職後を見据えた研修が行われている。しかし、多くの退職者や中高年の方々からは、「企業で行われた研修は、年金や社会保険の話が中心で、実際のセカンドライフづくりには参考にならなかった」といった声をよく聞く。図表3は、過去10年間(2001~2010年度)における110団体(民間56・官公庁54)の事例について、「プログラムのテーマとその採用率(研修のテーマとして採用された割合)」を集計したものになるが、確かにそうした声がうなずける。採用率の上位をみると、経済(お金)、健康、年金・退職金、諸制度説明、社会保障制度が並んでいる。これらのことも重要ではあるが、実際のセカンドキャリアにつながるような話は少ない。まだまだ活躍できるし、長い老後生活を新たなキャリアで支えたいと考える人は少なくない。そうしたニーズに応えるには、例えば、起業の方法をレクチャーし支援する、農業や福祉などこれまでとは違うキャリアづくりの可能性を示した上で実際に指南する、海外での活躍の可能性を示し支援する、さらにきめ細かな取り組みを考えれば、従業員個々の自宅のある地域の求人情報や高齢者の活躍機会に関する情報を提供するといったことが考えられないだろうか。


2|退職従業員に対する働きかけ

もう一つは、退職した従業員に対する取り組みの充実である。退職した後もアクティブに活動し続けられることを現役時代から展望できることが、現役層にもポジティブな影響をもたらすと考えるものである。

多くの企業は自社の退職者組織・団体があり、その中での退職者同士の交流が行われている。多くは交流会、懇親会が継続的に行われているくらいであろう。自社の価値観や文化を共有した退職者は自社の最も近い応援団であることに違いはなく、そうした退職者を交流会だけでのつながりに止めておくことは企業にとって非常にもったいない。高齢化の進展とともに、今後ますます活動できる退職者は増えていく。経営として退職者という貴重な資源を有効活用する観点からも、退職者との関わりを再考すべきときが来ているように考える。例えば、高齢者向けの商品サービスの開発を行うのであれば、退職者はモニターとして協力してもらえるだろうし、営業が必要なときには率先して自社の商品サービスをPRしてもらえるに違いない。このように退職後も新たな役割が期待されることは、退職者にとってはセカンドライフの充実につながる。現役層にとっても退職後をポジティブに展望できるようになるであろう。現役層のためにも、退職者を活かす新たな仕掛けを考案し展開していくことも健康経営として重要なことと考える。
セミナーのテーマ別時間配分と採用率

4――セカンドキャリアの開発支援を健康経営に

以上、僅かな視点に止まるが、退職後までを視野に入れた取り組みの重要性については、経営や人事に精通する複数の識者が指摘している。例えば、花田氏はハーバードメディカルスク-ルの研究報告書の内容を引用しながら、「これから先、いくつになっても自分が前向きに生きられるか」という自信や、前向きに生きることに対する気持ちの強さが、毎日を健康に生きる工夫や努力の習慣化等に影響しており、そのためにも健康経営として前向きに生きるための「開発」が重要であると述べている。また人事コンサルタントの平康氏も、筆者と同様にリタイアメント研修を「出て行かせる」ための研修から「新しく始めるため」に力点を置いた研修に変えるべきと述べている。

経営にとって、退職後のことは関係ない、何かすれば世の中から「肩たたき」として批判されると考えられていたかもしれないが、従業員のセカンドキャリアの「開発」を経営が支援することを否定する従業員はいないであろうし、世の中からみても“従業員に優しい企業”として逆に称賛されるに違いない。新たな健康経営の取組視点として一考いただければ幸いである。
 

 
  1 田中滋 他編著「会社と社会を幸せにする健康経営」(勁草書房、2010年10月)より引用
  4 平康慶浩(セレクションアンドバリエーション(株)代表取締役社長)。WEB労政時報「Point of view(第44回)」から引用
 
   「健康経営」は、特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標である。
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生活研究部   上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任

前田 展弘 (まえだ のぶひろ)

研究・専門分野
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)、超高齢社会・市場、QOL(Quality of Life)、ライフデザイン

経歴
  • 2004年     :ニッセイ基礎研究所入社

    2006~2008年度 :東京大学ジェロントロジー寄付研究部門 協力研究員

    2009年度~   :東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員
    (2022年度~  :東京大学未来ビジョン研究センター・客員研究員)

    2021年度~   :慶応義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター・訪問研究員

    内閣官房「一億総活躍社会(意見交換会)」招聘(2015年度)

    財務省財務総合政策研究所「高齢社会における選択と集中に関する研究会」委員(2013年度)、「企業の投資戦略に関する研究会」招聘(2016年度)

    東京都「東京のグランドデザイン検討委員会」招聘(2015年度)

    神奈川県「かながわ人生100歳時代ネットワーク/生涯現役マルチライフ推進プロジェクト」代表(2017年度~)

    生協総研「2050研究会(2050年未来社会構想)」委員(2013-14、16-18年度)

    全労済協会「2025年の生活保障と日本社会の構想研究会」委員(2014-15年度)

    一般社団法人未来社会共創センター 理事(全体事業統括担当、2020年度~)

    一般社団法人定年後研究所 理事(2018-19年度)

    【資格】 高齢社会エキスパート(総合)※特別認定者、MBA 他

(2016年05月11日「基礎研マンスリー」)

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