2016年04月07日

“健康経営”の時代-人材確保のリスクマネジメント

基礎研REPORT(冊子版) 2016年4月号

土堤内 昭雄

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今年1月、経済産業省は東京証券取引所と共同で「健康経営銘柄2016」25社を公表した。「健康経営」は、『従業員等の健康管理を経営的な視点で考え戦略的に実践すること』であり、従業員の活力や生産性の向上など組織の活性化をもたらし、中長期的な業績や企業価値の向上を実現すると共に、投資家の評価の対象となることが期待されている。健康経営銘柄は、同省の「平成27年度健康経営度調査」をもとに業種区分毎に選定され、財務面のパフォーマンス等も勘案されている。

今、健康経営が注目される理由は、高血圧症や糖尿病などの生活習慣病および統合失調症やうつ病などのメンタルヘルス不調の人が増加し、企業経営に大きな影響を与えているからだ。昨年12月には、労働安全衛生法が改正され、50名以上の事業所における年1回の「ストレスチェック」が義務化された。また、日本は少子高齢化の進展により一層の労働力人口の減少が懸念される上に、2014年一人当たりGDPがOECD34カ国中で20位と低迷しており、生産性の低下が深刻になっているのだ。

企業にとって健康経営のメリットは生産性の向上、人材確保、医療費の削減などだが、取り組まなかった場合、従業員の健康被害等によりブラック企業とのレッテルを貼られて大きく企業価値を毀損するリスクもある。一方、従業員に対する保健指導、残業・長時間労働の抑制、カウンセラーや相談室の設置、健康増進インセンティブの付与、健康管理担当役員の配置などの取り組みが、投資家の好感を呼び、株価の上昇をもたらしたり、低利融資を受けられたりするなどの間接効果も期待される。

先日、私は「健康経営銘柄2016」に選ばれたT社の実践報告を聞いた。T社は「健康経営」を重要な経営課題とし、従業員の自発的な健康増進にトップダウンで取り組んでいる。その理由は、従業員の心身の健康状態が一人ひとりの生産性に大きな影響を与え、その総和である企業業績全体を左右するからである。特に従業員規模の大きな大企業では、わずかな従業員の生産性向上も重要な経営課題になるのだ。

健康経営の効果が発揮されるには長い時間がかかり、成果が見えづらい点もある。しかし、健康経営を実践するには、絶え間ない経営資源の投入が必要であり、そのためにはマネジメントシステムにおける成果の可視化が不可欠だという。

「健康経営」とは、従業員が病気にならないよう予防することが中心だが、同時に多くの罹患従業員が心身の治療を続けながら就業できる環境と組織づくりを行うことも「健康経営」の一環だ。日本人の死因の第1位は悪性新生物「がん」で、2015年の死亡数は37万人だ。年間罹患数(新たにがんと診断される数)は98万例に上るが、現在では「がん10年相対生存率」は58.2%に達し、日本社会には「がん」を治療しながら企業等で就業する人が約32万人存在するのだ(厚生労働省2008年調査)。

日本は人口減少時代を迎え、2030年には約800万人の就業者が減少するとの推計もある*1。今後、急速な労働力不足に陥らないためには、少しでも少子化に歯止めをかけると共に、現在の労働力人口が就業を維持できる環境を整え、就業者の生産性向上を図ることが喫緊の課題だ。「健康経営」とは、従業員の健康を守ると同時に、「仕事と治療の両立」や「介護離職ゼロ」の実現を目指した人口減少時代における人材確保のリスクマネジメントに他ならないのである。

健康経営は、企業にとっては生産性の向上による企業業績のアップが図られると同時に、従業員やその家族には健康で幸せな人生をもたらすことが期待される。前述のT社の実践報告会のなかで経営トップが語った『健康経営の目指す姿は、従業員の健康寿命を延ばし、退職後も“働いてよかった”と思える会社であることだ』という言葉が強く印象に残っている。
 

 
  1 厚生労働省「平成27年度雇用政策研究会報告書」(平成27年12月1日)
  「健康経営」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
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土堤内 昭雄

研究・専門分野

(2016年04月07日「基礎研マンスリー」)

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