2016年03月18日

アジア新興国・地域の経済見通し~公共投資や景気刺激策が支えとなるも、輸出回復が遅れて景気は横ばいに

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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(経済見通し:公共投資や景気刺激策が支えとなるも輸出回復が遅れて景気は横ばいに)
アジア新興7ヵ国・地域の景気の先行きは、16年が横ばい、17年に持ち直すと予想する。
景気伸び悩みの主因としては、先進国経済の回復が鈍く、中国経済の減速や資源国経済の低迷が続くと見られ、輸出回復の時期を16年後半から17年に遅らせたことが挙げられる。輸出の回復が遅れる一方、輸入は底堅い内需を受けて拡大すると見られ、外需には下押し圧力が働くだろう。
また内需は引き続き景気の下支えとなるだろう。16年は資源安による消費押上げ効果が徐々に一巡していくものの、先行きの資源価格の上昇幅が限定的で低インフレ環境が続くと見込まれ、金融政策は緩和的水準で維持されるだろう。また昨年に本稿対象国・地域が相次ぎ打ち出した景気刺激策は、今後も景気下振れリスクが高まる局面で追加の対策が打ち出されるだろう。
しかし、輸出の持ち直しが遅れるなかでは、企業の設備投資意欲や雇用・所得環境の改善が進まず、民間部門が自律的な回復軌道に入るとは見込みにくい。従って、公共投資や景気刺激策による景気の下支えにも限界が生じると見られ、成長率が低下する国も出てくるだろう。
アジア新興7ヵ国・地域の実質GDP成長率は15年の前年比5.5%増から、16年が5.6%増、17年が5.8%増と小幅に上昇すると予想する。
(図表8)アジア新興国・地域の実質GDP成長率 国・地域別に見ると、韓国・台湾は最大の貿易取引相手である中国経済の減速を受けて16年以降も輸出の停滞が続くと予想される。従って、輸出主導経済の韓国・台湾では企業が投資を抑制し、個人消費も厳しい雇用所得環境を受けて伸び悩むだろう。これまで実施した景気刺激策の効果が剥落すれば内需の冷え込みは避けられず、政府は追加的な対策を打ち出していくものと見られる。結果、景気回復が遅れ、低めの成長が続きそうだ(図表8)。
次にASEAN4を見ると、マレーシアは昨年実施したGST導入の影響で1-3月期まで低成長が続くだろう。その後は回復局面に入るも資源価格の上昇幅が限定的で関連産業の投資縮小や雇用調整は続くと見られるほか、政府の財政支援も見込めず、16年の成長率は前年比4.4%増に低下すると予想する。タイは、政府の中長期開発計画の着手によって内需が底堅く推移するだろうが、輸出と民間部門の回復は鈍く、公共投資では景気が支えきれない状況に陥り、追加の景気対策を打ち出すだろう。16年の成長率は同2.6%増と小幅の低下を予想する。インドネシアは、これまで経済を苦しめた高インフレ・高金利が足元で好転しており、民間部門は持ち直しに向かうだろう。しかし、公共部門は昨年対比で鈍化すると見られ、景気は横ばいを予想する。フィリピンは、GDPの7割を占める民間消費が雇用所得環境の改善や底堅い海外送金の流入、大統領選挙に伴う政党の選挙関連支出を受けて好調を維持するだろう。また大型予算で積み増しされたインフラ整備の進展で公共投資も拡大し、力強い成長が続くだろう。
インドは、インフレ率の安定と追加の金融緩和、そして来年度予算で盛り込まれた公務員給与の大幅引上げによって堅調な個人消費が見込まれるほか、公共投資も景気の支えとなるだろう。しかし、モディ政権の改革期待の後退で昨年ほどの資本流入は見込みにくく、また輸出は中東経済の悪化で回復が見込めず、16年度の成長率は7%台半ばで横ばいの推移を予想する。
先行きの下方リスクとしては、米中経済の下振れをはじめ、資源国の通貨・財政危機によるアジア新興国への波及、日欧金融政策による金融市場の混乱、中東における地政学的リスクの高まりなどが引き続き懸念される。
 

2.各国・地域経済の見通し

2.各国・地域経済の見通し

(図表9)韓国の実質GDP成長率(需要側) 2-1.韓国
韓国経済は14年4月の船舶事故で自粛ムードが広がって以降、中東呼吸器症候群(MERS)の感染拡大もあり5期連続で景気減速した。昨年は中国経済の減速や円安ウォン高などによって輸出の停滞が続いたが、年後半には政府の景気刺激策2や中央銀行による金融緩和、8月の個別消費税の引下げ、そして10月には「コリア・ブラックフライデー」の初開催などにより内需が回復し、実質GDP成長率は2期連続で上昇している。
しかし、一連の景気刺激策はあくまで一時的な措置に過ぎず、年明けには政策効果が剥落して一部の経済指標が悪化した。これを受けて政府は2月初に追加の景気対策として1-3月期における約21兆ウォンの政府支出拡大と乗用車に対する個別消費税引下げ措置の延長を打ち出している。今後も政策総動員で景気の急速な冷え込みを回避するものと見られる。
昨年末には中韓FTAが発効し、年明けからは円高ウォン安が進み、韓国企業の輸出競争力は持ち直しつつあるものの、海外経済は先進国の回復が鈍く、中国や資源国は低迷すると見られ、肝心の輸出の回復は緩慢なものとなるだろう。輸出主導経済の同国にとって輸出の伸び悩みは、企業の投資意欲の抑制に繋がり、雇用・所得の鈍化によって個人消費が伸び悩むなど悪循環に陥る恐れがあるだけに、不安定な景気動向が続きそうだ。
結果、16年の成長率は前年比2.5%増と小幅に低下し、17年は海外経済の回復を受けて同3.1%増まで上昇すると予想する(図表9)。
 
2 韓国銀行(中央銀行)は15年6月に政策金利を0.25%引き下げ、昨年8月からの利下げ幅を合計1%とした。また政府が7月に決定した総額21.7兆ウォンの景気対策(11.8兆ウォンの補正予算) ではMERS・干ばつ対策や生活支援、投資促進策が盛り込まれた。
(図表10)台湾の実質GDP成長率(需要側) 2-2.台湾
台湾経済は、昨年4-6月期から輸出不振に陥り、年後半はマイナス成長に陥った。最大の輸出先である中国では生産過剰問題や国内のサプライチェーン構築などにより、台湾の輸出が大きく減少している。特に主力のIT関連製品では世界需要の伸び悩みや中国企業の台頭といった逆風に晒され、企業は在庫調整を進めるために生産規模を縮小している。こうした景気の冷え込みに対して、中央銀行は9月と12月に0.125%の利下げを実施したほか、政府は8月に短期的な景気刺激策、11月には省エネ製品や通信機器、ネットショッピング、国内旅行に対して補助金支給を行う民間消費刺激策を打ち出している。これにより10-12月期は一段の景気下振れを回避したものの、企業の設備投資意欲は乏しく、雇用・所得の鈍化で個人消費が伸び悩むなど輸出主導経済の悪循環を払拭するには至っていない。
16年は先進国経済の回復が鈍く、中国経済は減速すると見られ、台湾経済は引き続き厳しい外部環境に晒されるだろう。また輸出の伸び悩みは景気循環的な要因だけではなく、製造業の海外移転など構造的要因による影響も大きいと見られ、海外経済が回復しても輸出の持ち直しは限定的となる可能性もある。また企業は引き続き在庫調整を進める必要があるほか、「房地合一課税」3を背景とする不動産市況の低迷による逆資産効果が懸念され、消費や投資の回復には今暫く時間が必要だ。
民間消費刺激策は2月で終了したが、4月には電気料金の平均9.6%の引下げを予定しており、16年度予算では公共事業費と科学技術振興費を積み増している。今後は5月にスタートする民進党政権の経済政策次第となるが、景気回復の必須要件である輸出が回復するまでは政府部門が景気の下支え役に徹さざるを得ないだろう。インフレ率は低水準が続くと見られ、景気の下振れ懸念が高まれば追加の景気刺激策が打ち出されると予想する。
結果、16年の成長率は前年比1.3%増と小幅の上昇に止まり、17年は海外経済の回復で同2.6%増まで上昇すると予想する(図表10)。
 
3 不動産投機抑制を目的として、所有期間が2年以内の投機的な不動産取引に対する所得課税を強化する制度を16年1月に施行した。
(図表11)マレーシアの実質GDP成長率(需要側) 2-3.マレーシア
昨年のマレーシア経済は、14年後半から続いた資源価格の下落に昨年4月に導入した物品・サービス税(GST)やリンギ安に伴う物価上昇が加わり、内需に底堅さが見られなくなっている。輸出はリンギ安によって価格競争力が改善した電気・電子製品を中心に年後半から拡大したものの、景気を支えるには力不足であった。政府は15年9月に景気対策を打ち出したものの、株価下支え策および通貨防衛策としての色彩が強く、目立った効果は表れず、15年10-12月期の実質GDP成長率は前年同期比4.5%増と4期連続の減速となった。
16年は、1-3月期まではGST導入による景気の下押しが残るために低成長となり、その後は持ち直しに向かうものの、好材料が乏しく、低調な景気が続きそうだ。資源価格は上昇幅が限定的で関連産業の投資縮小や雇用調整は今後も続くと見られ、また財政面の景気の押上げが見込みにくい。同国は政府債務が法定基準のGDP比55%まで膨張しており、財政健全化を余儀なくされている。1月に見直した16年度予算案では、原油一段安や景気減速による歳入減に伴い、財政再建路線を維持するために経常支出と開発支出を揃って抑制しており、政府消費と公共投資は鈍化すると見られる。
もっとも昨年リンギ安を引き起こした1MDBの債務問題やナジブ首相の不正資金疑惑は概ね解消済みであり、足元では米国の利上げペースも後退したためにリンギ安圧力は後退している。従って、先行きの物価は安定的に推移すると見られ、個人消費の一段の冷え込みは回避されるだろう。一方でリンギの安定化は輸出の鈍化にも繋がるため、輸出型製造業の回復による景気の下支えも見込みにくくなる。
 結果、16年の成長率は前年比4.4%増と低下し、17年は海外経済の回復による輸出の拡大、そしてTPP締結による投資需要の増加を追い風に同4.7%増まで上昇すると予想する(図表11)。
 
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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