2016年02月05日

「マイナス金利導入」の為替への影響 ~金融市場の動き(2月号)

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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1.為替: 「マイナス金利導入」の為替への影響

1月29日に日銀がマイナス金利導入を決定した。しかし、その後のドル円相場は一旦円安ドル高に振れたものの、2日しか持たず、その後の円高進行によって、マイナス金利導入後の円安は完全にリセットされてしまった。過去の緩和(2013年の異次元緩和導入、14年の量的緩和拡大を指す、以下同じ)決定の後は、長期にわたって円安ドル高基調となったが(表紙図表参照)、今回は完全に様相が異なっている。マイナス金利導入の為替への影響と今後の相場展開を考えてみたい(マイナス金利政策自体の評価は5-6ページに記載)。
(マイナス金利は明らかに円安材料)
日米2年国債利回りと金利差 まず、マイナス金利がドル円に与える影響を考えると、明らかに円安材料だと筆者は思う。それは、マイナス金利導入によって、本邦市場金利に低下余地が生まれたためだ。金利は通貨の価値に影響する。本邦金利はマイナス金利決定後にマイナス幅を有意に広げており、円を保有することの魅力減退に繋がっている。
ドル円相場で考えた場合でも、本邦金利の低下は日米金利差拡大に繋がるため、円安ドル高要因となる。実際、金融政策を反映しやすい2年国債利回りで見ると、マイナス金利決定以降、日米金利差がやや拡大している。
 
(円安が進まなかった理由(1):マイナス金利の弱み)
日経平均株価と銀行株化 それではなぜ円安が進まなかったのだろうか?まずはマイナス金利導入には弱みがあるためだ。一つは影響が読みにくい点だ。過去の緩和は量的緩和の急激な拡大という従来路線の延長であり、わかりやすかったうえに副作用への懸念も高まりにくかった。今回のマイナス金利導入は日銀としては新たな試みであるうえ、海外での事例も限られており、効果が不透明なうえに副作用への懸念も高まりやすい。
マイナス金利政策は簡単に言うと「金融機関(特に銀行)の収益を犠牲にして緩和効果を得る」ものであるため、懸念されている副作用も金融機関絡みのものが多い。具体的には、銀行による各種手数料引き上げ、貸出金利へのコスト分の上乗せ、金融機関のリスク許容度の低下による投融資の萎縮などだ。これらは現在起きているわけではなく、今回の枠組みは金融機関に過度の影響を与えない工夫もみられるが、完全には否定できないシナリオだ。もし、副作用が大きくなると、実体経済に悪影響が出るうえ世論や政治の反発が高まり、さらなるマイナス金利の拡大は難しくなる(打ち止め感が出てしまう)。

また、マイナス金利が銀行の株価押し下げに働くことも、円安の勢いを削ぐ要因になっている。リスク回避通貨である円は、株価が上がればリスク選好によって売られやすくなる傾向があるのだが、今回の決定後は、銀行株が大きく下落し、日本株上昇の重石となった。
さらに、マイナス金利が異次元緩和の円滑な運営自体に悪影響を与える可能性もある。これまでは銀行が日銀の国債買入れに応じた後、日銀当座預金に積んでおけば0.1%の金利収入を得ることが出来たが、これからは少なくとも0.0%、下手をすれば▲0.1%のマイナス金利が適用されてしまう1 。収益悪化を危惧した銀行が日銀の買入れに応じなくなり、マネタリーベースの積み上げが順調に進まなくなるリスクがある。この場合は日銀の金融政策に対する信認が低下するだろう。
 
これらマイナス金利がもたらす副作用への懸念が高まっていることが、マイナス金利が円安材料として従来の緩和策ほど評価されない要因になっていると考えられる。
 
1 日銀がマクロ加算額を設定することによって0.0%と▲0.1%の金額が決まる
(円安が進まなかった理由(2):吹き荒れる海外発の逆風)
ドル円レートとVIX指数 マイナス金利が円安に繋がっていない理由はまだある。それは海外発の逆風があまりに強いことだ。
一つは世界的なリスク回避地合いだ。年初から中国不安や原油価格下落への警戒が強まり、市場が一気にリスク回避に傾いた。最近は中国不安、原油価格ともにやや落ち着きを見せているが、根本的な解決に至ったわけではないため、警戒感は続いている。米国株式市場の警戒感を示すVIX指数(別名、恐怖指数)は、平時であれば15以下なのだが、年明け以降はこれを大きく上回おり、現在も20を超えている。リスク回避局面では高金利通貨の金利が低下することで円の相対的な魅力が高まるため、円が買われやすくなる。また、リスク回避局面では、円キャリー取引(低金利の円を売り、高金利通貨を買うことで利鞘を稼ぐもの)の解消に伴う円買いが入ることも円高圧力になる。
 
米雇用者数増減とISM景況指数 
FF金利先物とFOMC参加者の政策金利見通し
そして、もう一つの海外発逆風はドル安圧力の急速な高まりだ。最近の米経済指標は雇用こそ強いが、その他は冴えないものが目立っている。今月発表されたISM景況指数も、製造業が4ヵ月連続の50割れ、これまで堅調であった非製造業も直近で大きく低下している。NY連銀のダドリー総裁などFRB高官から利上げに消極的とも取れる発言が増えていることも相まって、市場の追加利上げ観測は後退の一途を辿っている。12月のFRBメンバーの見通しでは、今年4回の利上げが示唆されているが、現在、先物市場が織り込む利上げは年1回にも達していない。目先3月の利上げ予想確率もわずか10%だ。この追加利上げ観測の後退がドル安圧力となって、円高ドル安が加速した。
 
つまり、マイナス金利導入後、円安が進まずむしろ円高ぎみになっているのは、(1)マイナス金利の円安効果が従来ほどではないうえ、(2)海外発の円高(リスク回避)・ドル安(追加利上げ期待後退)圧力が高まったためとみられる。
 
(円安の条件と今後の展開)
米国の利上げとドル円の関係 今後のドル円為替相場を考えるうえで重要になるのは、「一体どういう条件が揃ったら円安ドル高になるのか?」という点だ。筆者が考える条件は、「日米金融政策の方向性の違いが意識されて日米金利差が拡大すること」、さらに「市場がリスク回避地合いにならないこと」だ。両者が揃ってはじめて円安ドル高基調に乗る。
現在のところ、中国経済の減速や原油安が世界的な危機に発展する可能性は低いと見られ、いずれリスク回避地合いは後退すると見ている。金融政策に関しても、米国はそれなりに堅調な景気のもとで時期を計って段階的な利上げを実施していく一方で、日銀は年内に再び追加緩和に踏み切らざるを得ないと思われるため、日米金融政策の違いも次第に鮮明化するはずだ。そうなることで条件が揃い、円安ドル高の流れが復活すると見ている。

ただし、その時期はしばらく先となり、120円台の回復は少なくとも3月FOMC(利上げ見送りと予想)が開催される3月中旬以降になると予想している。それまでは円高リスクに注意が必要な状況が続く。理由は、中国不安や原油安への警戒がまだ続くと思われるためだ。また、こうした状況においては、米利上げが市場のリスク回避地合いに繋がりやすい。米利上げによって市場参加者のリスク許容度が低下するためだ。年初からのリスク回避局面も、12月の米利上げに伴ってリスク許容度が低下していたところに、中国不安や原油安というリスク要因への警戒が高まり共鳴したとみられる。従って、今後もリスク要因に改善がみられないうちに米利上げ観測が高まると、円安ではなくリスク回避の円高が発生しやすい点には注意が必要だ。
 
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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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