2016年01月08日

病院の待ち時間の状況-紹介状の義務化は、大病院の待ち時間を短縮できるか?

基礎研REPORT(冊子版) 2016年1月号

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

日本では、患者がどの病院でも自由に診療を受けることができる。これは、フリーアクセスと言われ、日本の医療システムの大きな特徴となっている。このフリーアクセスは、実態として、大病院での外来患者の長い待ち時間につながっており、問題視されている。

近年、高齢化が進むに連れて、患者数が増え、大病院を中心に医療インフラが逼迫している。これに伴い、医療施設の機能分化が必要となっている。即ち、大病院は、急性期医療として、資源を集中投下し、専門分化を図ることが求められる。一方、一般診療所等には、地域包括ケアシステムの枠組みの中で長期療養として、総合的に地域医療を支える役割が期待される。

医療施設の機能分化が進めば、アクセスの制限が必要となる。原則として、患者は、まずかかりつけ医の診療を受ける。病状が重篤な場合等には、かかりつけ医が大病院等を紹介する。その際、紹介状が手交される。従来も、紹介状の仕組みはあるが、アクセスの制限にはあまり機能してこなかった。

本稿では、外来患者の現状を踏まえ、アクセスの制限について考える。

2――外来患者の現状

1|外来患者数は、病院で減少

日本では、2011年に、1日590万人の患者が医療施設を訪れた。このうち、一般診療所(病床数20床未満)では、患者数はほぼ横這いで推移している。病院では、100床以上500床未満の中病院で、減少が大きい。20床以上100床未満の小病院や、500床以上の大病院では、減少は小幅となっている。
1日あたり外来患者数の推移
2|1病院あたりの外来患者数も減少

1施設あたりの外来患者数は、一般診療所のみ、ほぼ横這いで推移している。中病院は、徐々に減少している。小病院、大病院も、中病院に比べると小さいが、やはり減少している。
1施設の1日あたり外来患者数
3|外来患者の初診割合は2割程度

外来患者に占める初診患者の割合は、一般診療所では21%、病院では14%程度となっている。外来患者の大多数は再来患者が占める状況が続いている。
外来患者の初診割合の推移

3――外来患者の待ち時間の実態

1|外来の待ち時間は改善していない

2000年代以降、外来の待ち時間は改善していない。2014年には、約3割の患者が、1時間以上待っている。近年、長い待ち時間は常態化している。
外来患者のうち、待ち時間が1時間以上に及ぶ人の割合
2|大規模病院では、待ち時間に不満

外来患者が病院に抱く印象を見てみる。全体的には、満足が圧倒的に多い。しかし、診察までの待ち時間では、満足と不満が拮抗する。特に、特定機能病院や大病院といった大規模病院では、不満が満足を上回っている。
受診した病院に対する外来患者の印象(2014年)

4――待ち時間の問題に対する対処法

待ち時間の問題への対処法として、まず、短縮することが基本となる。ただそれだけではなく、患者の不満の軽減も、併せて検討が必要となる。
1|短縮の方策は見出されていない

従来、多くの医療関係者等が、待ち時間への対処を検討・実施してきた。中には一定の効果を挙げたものもある。

しかし、待ち時間は改善しておらず、短縮の決定的な方策は見出されていない。これは、医療の中心にある、医師の診察において、時間の予測が困難なためと考えられる。医療機器等の性能は向上しているが、最終的に、医療は、医師と患者、即ち人と人の間で行われる。診療の際、例えば、患者の病状が通常と異なる場合や、簡単には病原が特定できない場合もある。誤診をすると、患者の命に関わる場合もある。つまり、医療は流れ作業のようには進められない。医師は、十分に時間をかけて診察を行う必要がある。
待ち時間の短縮策の例
2|待ち時間の質の向上により、ある程度、患者の不満の軽減は可能

各種方策により、待ち時間の質を高めることが考えられる。患者の主な不満は、自分の待ち位置がわからない点にある。ICTの活用等により、待ち状況を通知することで、不満は緩和される。また、待合環境の整備や、待ち時間の有効活用により、患者の待たされ感を、軽減することも可能となろう。
待ち時間の質の向上策の例

5―海外における患者の待機問題

海外で、患者が医療を待つ問題について見ておきたい。イギリス、オーストラリア、カナダ、スウェーデンなどでは、待ち時間ではなく、待ち期間が問題となる。これらの国では、日本のように患者が病院で長時間待たされる代わりに、予約段階で、専門医の診療や手術を受けるまでに、何ヵ月も待たされることが一般的である。これは「待機問題」と言われ、医療の主要問題となっている。特に、医療制度を税方式で運営する国では、医療サービスの供給が配給制のように非効率となるため、待機問題が生じやすいとされる。

この問題に対して、イギリスでは、総合医の紹介から最長でも18週以内に専門医の診療を受けられるよう、政府が目標を立てている。目標の達成状況は、毎月、地域ごとに公表されている。その結果、待ち期間は短縮し、患者の満足度は向上している模様である。
白内障の入院患者が専門医診療から手術までに要した日数

6――大病院外来の紹介状義務化は、待ち時間にどのような影響を与えるか

保険外併用療養制度のうちの選定療養には、大病院の初診や再来が列挙されている。これは、病床数が200以上の病院が対象で、病院の判断で、紹介状のない患者の初診や再来に、特別の料金を徴収できる。しかし、2013年7月時点で、実際に特別の料金を徴収している病院は、初診では45%(徴収可能な2,656病院中1,191病院)、再来では4%(同110病院)に留まっている。徴収した特別の料金の平均額は、初診2,130円、再来1,006円であった

2016年4月より、紹介状が義務化される。これにより、外来の機能分化を進め、大病院での専門医療の質を向上させる狙いがある。現在、中央社会保険医療協議会は、具体的な基準を議論している。例えば、対象の大病院の定義をどうするか。初診と再来の、特別の料金をどの水準にするか。救急医療など、紹介状なしでも特別料金を課されないための要件をどう設けるか。といった点である。紹介状の義務化により、大病院の外来患者数が減少し、待ち時間が短縮される可能性はある。しかし、医療関係者からは、既に特別の料金を設定した大病院では、設定前後で外来患者数に顕著な減少は見られなかった、との指摘もなされている。紹介状の義務化が、待ち時間に与える影響は、現時点では、未知数と言える。

7――おわりに(私見)

医療の待ち時間は、根の深い問題である。今後、医療機器等の性能向上により、短縮が図られるだろう。そのための努力は、続ける必要がある。しかし、待ち時間の短縮を優先して、医療の質が低下するならば本末転倒である。

従来、日本ではフリーアクセスが医療の前提となってきた。だが、単に、「いつでも、好きなところで受診可能」とするやり方は、医療現場に混乱をもたらしかねない。2013年の社会保障制度改革国民会議の報告書では、「フリーアクセスを(中略)『必要な時に必要な医療にアクセスできる』という意味に理解し(中略)、この意味でのフリーアクセスを守るためには、緩やかなゲートキーパー機能を備えた『かかりつけ医』の普及は必須(後略)」としている。地域包括ケアシステムを進めるためには、かかりつけ医によるプライマリケアと、大病院等での専門医療とに、医療施設の機能分化を進めることが必須である。大病院外来の紹介状の義務化も含めて、病院の機能分化を進め、医療制度全体の効率を高めていくことが必要と考えられる。
 

 
  1 本稿は、「日本の医療-制度と政策」島崎謙治(東京大学出版会, 2011年)を参考にしている。
  2 厳密には、医療施設の開業日1日あたりの患者数。
  3 高度医療の提供能力を有するなど、医療法の要件を満たす医療施設が厚生労働大臣の承認の上で称するもの。2015年6月現在、84医療施設が該当。
  4 もちろん患者の緊急性が高い場合には、優先的に救急医療が行われる。
  5 待機問題の緩和に向けてウォークインセンターが設置され、24時間・予約なしで、受診可能となっている。
  6 将来の保険導入を前提としていない療養。
  7 「療養の範囲の適正化・負担の公平の確保について」(社会保障審議会医療保険部会,平成26年10月15日,資料1)による。
  8 「外来医療(その3)」(中医協, 平成27年11月18日, 総-6)による。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2016年01月08日「基礎研マンスリー」)

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